8.美しき勇者
俺はずっと違和感を覚えていた。
そう、このゴブリンが棲むと言う洞窟に入ってから、体に重くのしかかるような気だるさが気になっていた。
(これはまるで、そう、地上に降りて来た時のよう……)
魔神界から下界に降りて来た時も、同じように体に感じる違和感はあった。一体何なのか? 考えながら歩く私に、前方にいたサヤカが声を上げる。
「エ、エリート様! いました、あそこに皆がいます!!」
そう彼女が指さした先の広間には、倒れた多くの騎士団員にゴブリン。同じく虫の息であるラーズリーにココロ。そして傷だらけのギガゴブリンと、黒く耳の長い異形のゴブリンの姿が目に入った。俺は瞬間、その正体に気付いた。
(魔王か。なるほどね)
洞窟入り口に多くの白馬が繋がれていた。騎士団員らがここに潜って戦ったのは間違いないし、俺の体の異常ももしかしたら魔王出現によるものかもしれない。
「エリート様、どうしたらよいでしょうか……」
サヤカが魔銃を構え、俺に尋ねる。俺は地面に倒れたままのココロを見つめる。あいつも奮闘したようだが、相手がギガゴブリンに魔王であるならば勝ち目はないだろう。とは言え勇者候補護衛が任務の俺にとっては、少なくともこの状況を見過ごすわけにはいかない。
「まあ、やるしかないかな」
ココロの救助はする。後はどうでもいい。そんな意味だった。だが彼女はそれをどう受け取ったのか知らないが、手にした魔銃をぶっ放しながら叫び突撃を始める。
「分かりました!! フレイムボム!!! ココロっ!! 今行きまーーーす!!!」
「お、おい、馬鹿!!」
誰が突撃しろと言った!? あんな中級魔法を幾らぶっ放したところでギガゴブリンすら討ち取ることは困難。しかも後方には魔王。マジで俺が居なかったら全滅だぜ、こいつら。
俺はある意味、余裕感を漂わせながらポケットに手を突っ込み倒れたココロに近付く。
「おい、ココロ。生きてるか?」
倒れた彼女を上から見下ろす。みずぼらしい服は血や泥で汚れ、ピンクの髪も無惨に乱れてしまっている。これが護衛対象か。顔は可愛らしいが、性格はあまりにも無鉄砲すぎる。
「あ、あなたは……、変質者の、魔族……」
回復してやろうとした俺の手が止まる。勘違いも甚だしい。いっそこのまま消炭にでもしてやろうかと思ったが、それでもこいつは護衛すべき対象。俺が静かに答える。
「いい加減その訳の分からない勘違いを正せ。有難く護られていろ」
「きゃああああ!!!」
そんな俺の耳にサヤカの悲鳴が響く。
まあ当然であろう。あの女は決して弱くはないが、相手はギガゴブリン。フレイムボム程度では太刀打ちできるはずもない。サヤカのフレイムボムの黒煙が漂う中、興奮しながらこちらに歩み寄るギガゴブリンに俺が言う。
「おい、お前。他はどうなってもいいが、この女には手を出すな」
「アガ!? ギ、ギザマ……」
ギガゴブリンの体から怒りの蒸気が発せられる。俺が無視して続ける。
「あと、後ろの魔王。お前もだ。こいつらは好きにして良いが、この女だけは触れるな。いいな?」
相手が魔王だろうが関係ない。人族が殺されようが知ったことではない。ただココロだけは護る。倒れたままのラーズリーが俺に気付いて言う。
「お、おまえ、何を言っている……、殺されるぞ。早く、逃げ、ろ……」
俺の言葉を聞いたゴブリン魔王が大きな頭に手をやり、笑いながら言う。
「くくくっ。私も多くの人族を殺してきたが、こんな愚か者は初めてだよ。私の恐ろしさに気付かないのか? 殺すなどと言うより、もっと絶望的な死をお前には贈ることにするよ」
俺はポケットに片手を入れたまま無表情で答える。
「勘違いするなよ、野良魔王の分際で。何も咎めないって言ってやってんだ。理解しろ、馬鹿」
さすがのゴブリン魔王も口調が変わって言う。
「殺せ!! すぐにあいつを殺すんだ!!!」
「グゴオオオオオ!!!!!」
命じられたギガゴブリンが棍棒を持ち突進。俺に向かって大きく振り上げる。
(……馬鹿が)
俺はそれを片手で受け止めようとした。神に対する暴言。少し仕置きをしてやろうかと思っていた。この時は。
ドン、ドオオオオオオオン!!!!
(え?)
俺は右手への激痛、そして全身が潰されるような重圧を受け、訳の分からないまま壁に激突していた。
「エ、エリート様ーーーーーっ!!!!」
目の前が真っ暗。目を開けているはずなのに暗闇が広がっている。
俺は何が起きているのか理解できなかった。だがすぐにそれがギガゴブリンによる攻撃だと気付いた。全身の燃えるような痛みを伴って。
「だから言ったのだ……」
ラーズリーが小さくつぶやく。無論そんな声が聞こえないまま、俺は自身の体の異常を感じ取っていた。
(また回復魔法が、使えない……)
回復魔法だけではない。魔力を感じられない。魔神であるこの俺が、その強力な力を発揮できない。
「……どうなって、やがる。ぐはっ!!」
臓器から逆流する血液。温かい感覚が食道を通り口から吐き出される。たった一撃。ギガゴブリンの棍棒で、俺は死の一歩手前まで追い詰められていた。
(これじゃ、まるでただの人族じゃないか……)
そう、冒険者でも騎士団員でもない。一般の人族。村に暮らすただの人。もはや感覚もなくなり、全く動けなくなった俺はそんなふうに思った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
そんな俺の耳に、ココロの雄叫びが響く。
真っ暗だった視界に、徐々にそのピンク髪の少女が立ち上がる姿が現れ始める。
「ココロ……」
ギガゴブリンの反撃を受け、地面に倒れていたサヤカが小さく言う。頼りにしていた新しい仲間の敗北。彼女の頭は混乱に次ぐ混乱でおかしくなりそうだった。
「勇者は、諦めないっ!!!」
ココロが叫ぶ。両手に構えた短剣。瀕死の体。腫れあがった顔。それでも彼女は諦めなかった。
(美しい、もんだ……)
俺は動かぬ体の中、そんなココロの姿を見て思った。あれが勇者。あれが人族の希望。その姿は確かに尊しく、美しいものだった。だが残念だがその実力は全然足りていなかった。
「はああああああ!!!!」
シュンシュンシュン!!!!!
どこにそんな力が残っていたかと驚くほどココロは機敏に、勇敢にギガゴブリンへと戦った。
ドオオオオオオオン!!!!
「ぎゃあああああああ!!!!」
だがこれが現実。相手は回復してもらったギガゴブリン。ココロの攻撃を全身に受けながら、巨大な棍棒で反撃。一撃で幼き勇者を沈めた。
「ごめん、みんな……、逃げて……」
ココロの言葉。それを聞いた皆が、目に涙を浮かべ、必死に戦ったその小さな英雄を称えた。
「ココロ……」
「くそっ、わらわも、わらわもまだ……」
比較的怪我の浅いサヤカがよろよろと立ち上がろうとする。副騎士団長ラーズリーもその意地にかけて顔を上げる。絶望的状況。それでもまだ諦めない気持ちは残っていた。
(……あれ?)
そんな中、激痛に苦しんでいた俺に変化が起こる。
「力が、戻っている……」
俺は自身に、いつも通りの力が漲っていることに気付いた。回復魔法をかけ、半身起き上がる。全くこの状況の理解はできない。できないのだがココロの状態を心配した俺は、すぐに解析魔法を唱えた。
(……え!?)
唖然とした。そして俺はその解析結果を見てすべてを理解した。
スキル【魔神無効】
近くにいる魔神の力を無効化する。ただしスキル保持者が意識を失っている場合はその限りではない。
魔神無効。そんな馬鹿げたスキルがあるのかと俺は思う一方、これまでココロがいる時に力が封じられていた理由を理解した。
(勇者候補で【魔神無効】を保有だと!? これでもし勇者になったら【魔王無効】まで持つことになるんだろ? おいおい、無敵じゃねえか……)
勇者になれば【魔神無効】のスキルは消えるかもしれない。ただ現状、仮にココロが軍を率いれば俺たち魔神を滅ぼすことすらできる。恐ろしい、恐ろしすぎる。だが思った。
「あーははははははっ!!!!」
俺は立ち上がり、大声で笑った。
この世界で魔神は強すぎる。だからこれぐらいのハンデがあっても面白いだろう。それにこのココロと言う女、心底気に入った。俺が傍にいる。ずっと傍にいる。そして……
(絶対、勇者なんかにはさせねえ!!!!)
魔王や魔神をも凌ぐ存在。そんなバケモノを作り出すわけにはいかない。俺は誓った。使命とかもうどうでもいい。この俺がココロを絶対勇者にはさせない、俺が護ってやる。そう決意した。
「ウガアアア!!! 貴様、マダ生きていたか!!!!!」
ギガゴブリンが俺の笑い声に気付き、大声を出し威嚇する。
「おい、まだ分からねえのか?」
「ゴロズーーーーーっ!!!!」
俺は突進するギガゴブリンを見て小さく言う。
「じゃあ、仕置きだ」
俺の目を見た、その後方にいたゴブリン魔王は全身に悪寒を感じた。




