72.戦いの最終幕
魔神評議会最強の刺客グラッドマン、そして幼馴染レザウェルを倒し、俺たちはようやく敵の本拠地である白亜の神殿近くへと辿り着いた。初めて見るその神々しい白き建物。遠目にもその威厳さは伝わる。
「美しい建物ですね……」
サヤカが言う。まあ、それが正直な感想であろう。確かに美しい。魔神界を象徴するような美しさと力強さを持つ。
「予定通り、夜になってから俺とルージュで忍び込んでココロの行方を探る。それ以外はここで待機。いいな? 何があっても絶対に打って出るなよ」
「いいわ。神様相手じゃ正直、私たちには勝ち目ないからね」
キャロルが言う。ココロなしじゃただの人族である彼女らには端から勝負にならない。やはり制圧にはココロが必要。一刻も早い救出が必要だ。
(今は時を待て……)
神殿の周りには評議会お抱えの兵士たちが守りについている。皆、相当な強者ばかりだ。焦りは禁物。俺たちは慎重に雑木林に身を隠し、時が来るのを待った。
「おい、ニッカ! 居るんだろ!! 開けろ、なんで鍵を閉めてるんだ!!」
その評議会本部から少し離れた場所にある森の中。ココロを監禁していた小屋に、評議会の兵士数名がやって来た。
目的は一向に抹殺報告がないニッカへの確認。評議会はニッカを内通者として取り込み、騎士団長ウィルソンの命と交換に、最も危険であるココロの抹殺を命じていた。ニッカが真っ青な顔になって言う。
「ど、どうしよう!? どうしてここがバレたの……」
彼女としては秘密にしておいた森の小屋。ただ評議会の情報網の中ではそんな行動は筒抜けであった。
「ふがっ、ふがふが……」
ニッカは布で口を縛られたココロを見つめる。状況は分かっているようで、必死に何かを訴えている。
「ちょっと静かにして! 君、自分で隠れられる?」
ニッカはココロを隠そうと思った。今殺しても自分の裏切りがバレる。そもそも殺すなんてできない。とりあえず彼女がここから居なくなってくれればいい。そう思った。ニッカが小声で言う。
「いい? 聞いて。今からこのロープを解く。そうしたら君はここから逃げて。どこでもいい。とにかく外の人にバレないように逃げて」
「ふがっ、ふがふがっ!!」
それを聞いたココロが思い切り首を振って拒否する。何か言いたそう。困ったニッカがココロに言う。
「どうして分からないの? このままじゃあ、ボクたち皆殺しだよ。お願いだから……」
「ふがっ、ニッカちゃん、ふがいて……!!」
何を言っているのか分からない。堪りかねたニッカが少しだけココロの猿ぐつわをずらす。
「ニッカちゃん、聞いて! 私がいればどんな魔神が来たって平気!! 私が全部倒してあげるから!!」
ニッカはすぐにそれが魔神無効と言うスキルのことだと分かった。それは何となく分かっている。だがウィルソンと言う人質を取られている彼女はすべてが怖かった。
「無理なの。絶対無理なの、評議会を倒すなんて」
「じゃあ、ここで二人で殺されるの!? 騎士団長に会う前にニッカちゃん、死んじゃってもいいの!?」
「え……?」
ニッカは何か金槌で頭を叩かれたようなショックを受けた。
(ボクが死ぬと、ウィル様に会えない……)
これまでずっとウィルソンの安全ばかりを考えていた。自分が死ぬ可能性についてなど考えにすら至らなかった。死んだらもう会えない。ニッカは初めてその単純な理屈を理解し戦慄した。
「ど、どうしよう……、ボク、ウィル様に会いたい……」
ガンガンガン!!!
「おい! ニッカ、開けろ!!!」
外の兵士たちの声が一段と大きくなる。青ざめるニッカ。ココロが言う。
「ニッカちゃん、このロープを解いて。私に任せて!!」
「ココロ……」
ニッカは初めてココロが人族の勇者であることを理解した。追い込まれた状況で相手に与える強い安心感。彼女なら何とかしてくれる。そう無条件に思わせる存在。
「どうするの……?」
弱々しい声でそう尋ねるニッカに、ココロが笑顔で答える。
「全部倒してあげる。こんな所で止まっていられない。私には待っている人がいるから!!」
ニッカがついに観念してココロのロープを解く。ココロは『ありがとう』と笑顔で答え、部屋にあった青き勇者の剣を掴み小屋のドアへと歩きだした。
(動きは、なしか……)
俺は評議会の入る白亜の神殿を遠目に見ながら、変化のない光景にどこか安堵していた。
夜、暗くなってからルージュと共に忍び込み、残っている奴らを拘束しココロの居場所を吐かせる。入ったことも、やったこともないある意味大胆な計画。だがなぜか妙な自信があった。それは後から思えば不安から来る根拠のない自信だったのかもしれない。
(!!)
突如体が震える。バルクホルムが脳内で言う。
(おい、囲まれているぞ)
俺が夜の森の中で息をひそめる皆に言う。
「全員、俺の元に来いっ!!!」
ドン、ドドドッドドオオオオン!!!!!
「きゃああ!!!」
気付いた時には真っ暗だった夜空が、いつの間にか炎で真っ赤に染まっていた。突如空から降り注ぐ溶岩。それはまるで滝のように俺たちが潜む森へと落ちて来る。
「魔力障壁!!!」
皆が俺の元へと駆け寄り、咄嗟に頭上に張ったシールドで防御。辛うじて灼熱の溶岩の直撃は避けられた。
ドン、ドドドドドオン……
(くそっ、バレてたか……)
俺は周りに飛び、森を焼き尽くす溶岩を見ながら今夜の襲撃が知られていたことを理解した。どうするか? まずはこの状況を打破するのが先決。右手を空に向け魔法を詠唱する。
「神風之雷雨!!」
ゴオオオオオオオオオオ!!!!!!
俺を中心に巻き起こる雷鳴を伴った嵐。それは周囲に豪雨となり広がり、溶岩によって燃え尽きた森の炎を徐々に鎮めていった。シュウシュウと煙を上げ焦げ臭いにおいが充満する一帯。俺はその奥に立つひとりの老人を見て思った。
(あれはアーグレイ。そうか、すべて知られていた訳か……)
魔神評議会への殴り込み。過去にそんな愚行を企てた奴はいない。ここでは強力な情報網がこの世界を監視し、誰一人とて謀反を起こす余地すら与えない。
焦げ臭い煙が消えると、俺たちは評議会の護衛に周囲を囲まれている現状を知った。アーグレイが言う。
「お前がエリート・ゴットラングウェイだな? 愚かな混血よ……」
純白の衣をまとった老人。ただ見た目とは違いその神力はただならぬものを感じる。
「そうだ。俺がエリートだ。お前がアーグレイだな?」
アーグレイが小さく首を振って答える。
「愚者に答える名などない。一応聞く。なぜ我々の命に背いた?」
溶岩の火事も終わり静まり返る一帯。皆の視線が俺に集まる。
「簡単なことよ。何の罪もない、ただ勇者を発現したと言うだけでそいつを殺さなきゃならない馬鹿げた命令など聞けねえってことだ」
「馬鹿げた、か。勇者の存在がこの世界全てを破壊することが理解できぬのか?」
「できねえね。みんなが話し合えばいい! ここに大魔王がいる。こいつとだって話し合えた。なんであんたみたいな頭のいい奴が分からねえんだ!?」
アーグレイが俺の隣に立つルージュを見て言う。
「魔王、いや、大魔王か。そいつら魔族は世界の理すら分からぬ愚者。自我を忘れて暴れるだけの下賤な存在とどうやって話をしろと? やはり混血の考えることなどその程度か」
「はあ? なんだあいつ! 魔族を馬鹿にしやがって!!」
ルージュが怒りを現す。分かってはいた。俺はもうこの神界の根本が間違っていると理解した。アーグレイが言う。
「エリート・ゴットラングウェイ。お前の重罪、もはや極刑は免れぬ。そしてこの神聖な魔神界に不法神域したそこの下賤な者たちよ。お前たちもこの場で処分とする!!」
「……ざけんなよ」
「なに?」
アーグレイが俺を睨みつけて言う。
「ふざけんなって言ってんだよ!! このクソジジイ!!!!」
「なっ、今、貴様、なんと……」
「クソジジって言ったんだよ!!! 分からねえのか、このクソジジイっ!!!」
周りが騒然とする。魔神界最高機関である魔神評議会。そのトップを務めるアーグレイに対し、常識を超えた暴言。信じられない光景に護衛官たちが唖然とする。アーグレイが顔を真っ赤にして言う。
「あいつらを消せ。灰も残らぬほどに殲滅せよ……」
「「はっ!!」」
最高司令官の言葉を聞き、魔神評議会を守護する護衛官たちが隊列を組む。ゴーゼルやグラッドマンとは違った隊として訓練された精鋭たち。評議会を、この世界の秩序を守るために存在する最強兵団。俺が言う。
「サヤカとキャロルは俺のシールド内にいろ。ルージュ、バルクホルム。手を抜くな、全力でぶつかれ」
「分かっている」
(承知!!)
俺が構えながらアーグレイに言う。
「見せてやるぜ、混血と馬鹿にした俺の力を!!」
魔神界への殴り込み。その最終幕がついに上がった。




