69.神力開放
「んん、ん……、あれ……?」
ゆっくりと目を開けたココロは、その瞳に映る光景の理解に数秒時間を要した。見たことのない小屋。窓の外には鬱蒼と茂る森。更に両手足はロープで縛られ体の自由が利かない。確か昨晩はエリートの実家でサヤカと寝ていたはず。
混乱するココロに、その見知った青髪のポニーテールの少女が言う。
「起きたのね。ごめんね……」
「ニ、ニッカちゃん!?」
そうれは北部魔神のニッカ。一緒に魔神界へやって来た仲間。ココロが尋ねる。
「ね、ねえ、ここはどこ? どうして私は縛られているの!? エリートは? サヤ姉は?? みんなはどこ??」
早口になるココロ。とにかく今の状況が理解できない。ただ直感的に悪い状況だと言うことは分かった。ニッカが答える。
「ごめんね、ごめん。ココロ。ボクは……」
そこまで言ってから涙ぐみ、ニッカが両手で顔を押さえる。
「ニッカちゃん、ねえ、教えて。どうして私はここにいるの??」
「……」
黙り込むニッカ。ココロが言う。
「このロープ、解いて。ねえ、ニッカちゃん!」
「……ごめんね。ココロ、それはできないの」
「どうして……?」
何となくそれ回答は分かっていた。ただそれを知りたくない。知ってしまったら後に戻れなくなる気がしていた。ニッカが言う。
「ボクは、ボクはやっぱりウィル様が好き。ウィル様なしじゃ生きていられないの。だから、ごめんね……」
「ウィル様って、騎士団長さんのこと? どうしたの?? 何かあったの!?」
ニッカが涙目になって答える。
「ウィル様が殺されるの。魔神って本当に強いんだよ。人族の英雄なんて全く勝てないの。ココロを殺さなきゃ、ウィル様が殺されるの……、ううっ」
「私を、殺す……」
もう想像はついていた。拉致された。ロープで縛られた。そして自分は対魔神の最強兵器。私は彼らにとって危険極まりない存在。ココロが尋ねる。
「騎士団長さんは今どこにいるの?」
「……まだ下界にいるよ。でもいつでも殺されるんだ」
魔神の力を持ってすれば意識不明のまま眠る騎士団長を殺すなど簡単なこと。ココロが言う。
「ねえ、ニッカちゃん! 私を解いて。一緒に戦おう! エリートや私がいればこの世界を変えられるから!!」
「無理、そんなの無理。夢だよ、絶対に無理……」
そう涙を流しながら答えるニッカに、ココロがさらに言う。
「ううん、大丈夫! 諦めていちゃ何もできないよ。絶対に大丈夫、だから……」
「ウィル様が殺されちゃうんだよ!! ボクは、ボクはそんなこと……」
「ニッカちゃん……」
ココロのトーンが下がる。魔神界のことは知らない。ただ、彼女ら魔神にとって制圧目標である評議会と言うのはやはり特別な存在らしい。ニッカが言う。
「本当はココロを殺すように言われていたの。でも、やっぱりそれもできない。だからココロ、お願いだからここで静かにしていて……」
真っ赤な目でそう懇願するニッカ。ココロは自然と視線を床に落とした。
「神力開放」
追い込まれたはずのグラッドマンが、そう小さく口にした。
『神力開放』、それは魔神が持つ力を最大限にまで発揮する、いわば本気の戦闘モード突入の意味。特に口にする必要もないのだが、それでもここまでの戦いを神力を抑えて戦っていたことになる。
「マジかよ……」
正直驚いた。あれだけの力を神力を全開放せずに出していたとは。全身が白く光り始めたグラッドマンが言う。
「これやるとめっちゃ疲れるんだよ。やりたくないけどね~、まあでも仕方ない。君、マジで強いから」
魔神界最強にそう言われることはある意味誉あること。だが俺は倒さなきゃいけない。その最強を。グラッドマンが手刀を構えて言う。
「行くよ」
シュン!!!!
一直線に向けて俺に突撃。あっと言う間に肉薄する。
ガン!!!!
グラッドマンの速撃を俺がイシスの剣で受け止める。重い。先ほどよりずっと重く強力な一撃。
ガン、ガガガガがガガガガガガガン!!!!!
まるで嵐。目に見えない光速の刃を伴った神界の嵐が俺を襲う。グラッドマンが笑いながら言う。
「あははははっ!! どうした、どうした!? まだやれるでしょ、君ィ~!!」
(くっ……)
俺は全身をイシスの石化で強化。動きを封じ込められる代わりに、最大の防御力を優先する。
ドン!!!!!
「ぐああああ!!!!」
グラッドマンの回し蹴り。躱すことのできない俺はその直撃を受け真横へと勢いよく吹き飛ぶ。
「きゃはははは!! いいぞ! グラッドマンさん!!」
「混血などやっつけちまえ!!」
周囲にいた兵士の魔神たちが喜び騒ぎ出す。討伐対象は混血の謀反者。絶対的な魔神評議会と、最強の刺客グラッドマンと言う呪縛が、皆を盲目的に縛り上げる。
腕を組んだままその様子を見ていたルージュが下打ちながら言う。
「ちっ、何をしている? 本気でやれ」
グラッドマン優勢で盛り上がる一帯。ルージュのつぶやきはその騒めきでかき消される。
「ひとつ聞く。ココロは無事か?」
よろよろと立ち上がった俺が、余裕の表情でこちらを見るグラッドマンに尋ねる。
「知らないよ。僕は関係ないもん」
「……と言うことはやっぱりお前らの仕業だな? ニッカもそっち側なのか?」
俺の言葉にぽかんと口を開け、グラッドマンが答える。
「ニッカ? 誰それ? 知らないよ」
本当に知らなさそうだ。ただ、やはりこいつらは許せねえ。早く潰してココロの救出に行かなければならない。俺が後ろにいる大魔王ルージュに言う。
「おい、ルージュ。ここにいる奴ら全部潰して、今から評議会に殴り込み掛けるぞ。いいか?」
ルージュが笑いながら魔神どもを見て答える。
「何を言っている? 私はずっとそれを待っているぞ。早く戦いたくてうずうずしている」
俺とルージュの会話を聞いたグラッドマンがやはり笑いながら言う。
「ねえねえ、君たち。すっごく勘違いしてない? 負けるんだよ、僕らの前に負けて跪くんだよ? ねえ……」
「勘違いしてんのは、お前の方だ。ボケ」
俺がグラッドマンに向き合って言う。さすがにその言葉を聞いて、魔神界最強の刺客が怒りの表情となる。
「あー、うざっ。もういいよ、飽きた。君、ここで殺……」
「神力開放」
「え?」
俺が小さくつぶやいた言葉。それを聞いたグラッドマンの顔が青ざめる。
「お前だけじゃねえんだ。俺もまだ全開放していないんだよ」
「う、嘘だ……、そんなの……」
俺を包み込む白きオーラ。魔神がその力を最大限にまで発揮する際の現象。
(イシス、バルクホルム、もうしばらく耐えてくれよ)
(もちろんです!)
(ふん、初めから真面目にやれ!!)
俺は姿勢を低く取り、剣を構え、一気にグラッドマンへと突撃。
「ひぃ!?」
閃光。例えるならそんな表現。白き稲妻がグラッドマンに走り、爆音と共に砂煙を上げる。
ドオオオオオン!!!!
「え?」
「何が起こった!?」
魔神どもが静まり返る。目に見えない何か。それがグラッドマンを包み込み爆発。すぐに静寂が広がる。
「ぎゃあああ!!!! 痛てええ!!!!!」
皆が目を疑った。剣撃を防ごうとしただろうグラッドマンの右手が切断され、胸から腹にかけて大量の血が吹き上がっている。
ガッ……
俺は後ろから倒れそうになるグラッドマンの首を掴み、そのまま地面へと叩きつける。
ドン!!!!
「ぎゃっ!!」
勝負あり。急激にグラッドマンの覇気が消えていく。
「グラッドマンさん!!」
「みんな、助けに行くぞ!!!」
周りの魔神たちが一斉に走り出す。
「ぎゃははははっ!! ここからは私が相手だぁあああ!!」
ずっと我慢していた大魔王ルージュが奇声と共に走り出す。
ボフッ……
同時に俺から抜け出す黒い影。
「俺にもやらせろ!!!!!」
同じく我慢していたバルクホルムが俺から抜け出し魔神どもへと突撃する。
「ま、参った……、殺さないで、お願い……」
俺に首を抑えられたままのグラッドマンが弱々しい声で懇願する。彼にとっては生まれて初めての敗北。経験のない恐怖。俺が言う。
「ココロはどこだ?」
「し、知らない。本当に知らないんだよ……」
震え、涙声で答えるグラッドマン。俺への抹殺命令以外、本当に何も知らされていないようだ。立ち上がりながら俺が言う。
「こいつら全員ぶっ飛ばしてから、急いで評議会に殴り込みを掛けるぞ」
俺は楽しそうに魔神どもと戦うルージュとバルクホルムの元へと走り出した。




