66.初めての魔神界
「アーグレイ様、グラッドマンが帰還しました!」
魔神界。そしてこの世界を管理する魔神協議会が置かれる美しい白亜の建物。中に居た老長アーグレイらに配下の者が報告にやって来た。
「そうか! ようやく戻って来たか」
グラッドマン・ゴッドウェスティン。若いながらも魔神界最強の名を誇る評議会の最終兵器。『魔神殺しの剣』や、ゴーゼルのような裏の仕事人でも手に負えないような面倒な不良債権を一気に片づける。
「アーグレイ爺さん~、戻ったよ~!!」
厳粛な空気漂う評議会会議場。その空気を一瞬で変える若くて明るい声。椅子に座っていたアーグレイが立ち上がり、その赤髪の若者に答える。
「よく戻ったグラッドマン。今回の働きも見事だったぞ」
下界にて謀反魔神の懲罰を行ったグラッドマン。ここ数年立て続けに起こる魔神たちの謀反。その火消しにグラッドマンは大車輪の活躍を見せていた。グラッドマンが頭に手をやり笑顔で答える。
「いや~、全然大したことないですよ~。下界のご飯も美味しかったし、女の子も可愛かったし~」
「……まあ、良い」
唯一、アーグレイが気になるのが彼の軽さ。実力は折り紙付きなのだが、どうもその性格に心配が残る。アーグレイが言う。
「帰還早々悪いのだが、新しい依頼を受けて欲しい」
「え~、もう仕事? 帰って来たばっかだよ~」
「悪いと思っている。ただ、ちょっと面倒な案件でな。対象は混血の魔神、ゴーゼルが返り討ちに遭った」
それまで笑っていたグラッドマンの顔が一瞬真剣になる。すぐに再び頬を緩めて言う。
「えー、あのゴーゼルのオッサンが?? うそでしょ? そんな強い魔神、僕でも負けちゃうかも~」
「冗談を言うんじゃない。お前が負けるような相手がこの魔神界に居るはずないだろう。『魔神殺しの剣』を持った使いも敗北した。もうお前に頼るしかないのだ」
「それマジ? ゴーゼルのオッサンに、魔神殺しの剣も負けるって、ヤバいでしょ!? ……でも」
グラッドマンは不気味に笑い、そして言う。
「そんな悪い混血には、お仕置きが必要だね~」
「う、うむ。頼んだぞ。対象の名はエリート・ゴットラングウェイ。湖畔に住んでいた人族との混血魔神だ」
「知ってるよ。魔神界を汚す汚物でしょ? いい加減ああいうのは掃除しなきゃと思ってたんだ」
「では、頼む。同時に勇者を発現したココロ・ホワンシュガーの抹殺も遂行してくれ」
「了~」
そこへ新たな配下が報告にやって来る。
「アーグレイ様!! レザウェルが戻ってきました。緊急のご報告があるそうです!!」
アーグレイがその名を聞いてため息をつく。
「レザウェルか。あいつには心底がっかりさせられた。まあいい。通せ」
「はっ!」
配下が退出し、すぐに変わって銀髪、銀縁メガネのイケメンであるレザウェルが現れる。
「アーグレイ様!! ご報告があります!!」
慌てて報告をするレザウェル。グラッドマンや皆の冷たい視線の中、彼が言う。
「エリート・ゴットラングウェイの、奴らの隠された秘密が判明しました!!!」
レザウェルが持ち帰った重要秘密。それはある意味、魔神界にとって衝撃な報告であった。
「へえ~、ここが魔神界なんだ!」
俺とニッカの転移石を使い魔神界にやって来た一行。初めて見る別世界の光景にココロやキャロルが興奮気味に言う。
「すっごく空気が美味しい! なにここ? 超平和そうだね!!」
豊かな緑。温暖な気候。高度な魔法と能力に支えられた世界。暮らすと言う意味では最高の条件が揃っている。
そしてこの魔神界に主だった紛争はない。しかしながら魔神評議会の管理下にあるのだが、不満に思う魔神は少なくないはず。ニッカが俺に尋ねる。
「それで、これからどうするの?」
「そうだな。とりあえず俺の家に行くか、母親がいる。そこで準備などをしたい」
サヤカが言う。
「え? エリート様のお母様ですか?」
「え~、エリートのお母さん?? 会いたい会いたい!!」
キャロルも妙に反応する。
「別に見せもんじゃねえよ。さあ、行くぞ」
俺は湖畔にある実家へと皆を連れて歩き出した。
「あら~、いらっしゃい~!!」
予想通りと言うか、まあ想像通りに母親は笑顔で皆を迎えてくれた。キャロルが驚いた顔で言う。
「え、うそ!? エリートのお母さん!? 若っか~い!!」
まあ、魔神の年齢なんて人族には計り知れないだろうが、確かに母親は年齢に見合わないほど若くて美しい。ココロも驚いた顔で言う。
「うわー、綺麗~! 初めまして、ココロ・ホワンシュガーと言います!」
その名前を聞いた母親の顔が、一瞬真面目な顔に変化する。だがすぐに笑顔に戻って答える。
「いらっしゃい~! エリートがお世話になっているわね」
「初めまして、お母様。わたくし、御影石の精霊イシスと申します。お美しいお母様にお会いできて光栄でございます」
呼んでもいないのにイシスが勝手に出てきた。こんなことは初めてだ。
「あら~、可愛い子! エリートをよろしくね」
「はい、わたくしにお任せを」
イシスが一歩前に出て答える。俺は彼女がこんな性格だったのかと首を傾げながらその様子を見つめる。母親が大きなリビングに手を向けて言う。
「さあ、皆さん。こちらに来て寛いでくださいね! お茶でも入れるわ」
俺たちは母親の招きに応えてリビングへと移動する。
「うん、なるほどね」
俺たちは母親の淹れた紅茶と、焼き菓子を食べながら今後の作戦について話をした。母親には魔神評議会へ殴り込みをかける事を説明。他の皆には『護り』に任務を隠しつつ、辻褄が合うように話をした。母親が答える。
「通りで評議会の連中があなたのことを聞きに来たわけだ」
「やっぱり来たのか……」
覚悟はしていた。俺が謀反を起こすとなれば必ず母親の元へ連中がやって来る。上手く何も知らないと答えてくれたようだが、やはり迷惑をかけたことに胸を痛める。母親が言う。
「エリート、あなたの好きなように生きればいいわ。ただ、ここにいるみんなはあなたの行動や思いに共感して付いて来てくれているのよね。評議会に殴り込みをかけるのはいいけど、本当に大丈夫なの?」
当然魔神、そして母親ならその心配があるだろう。評議会は魔神界を管理するだけあり、強力な魔神によって守られている。そもそも一般の魔神には、評議会に反旗を翻すと言う概念すらない。俺だって下界に行かなければこんなことはしなかった。平穏な世界。ここで静かに暮らす方がよっぽど幸せだ。
「大丈夫。信じられないと思うが、こいつが居れば俺たちにも十分勝算はある」
俺はそう言ってソファーに座るココロの肩に手を置く。
「どういう事?」
そう尋ねる母親に俺が答える。
「ココロは魔神の力を無効化する能力がある。とんでもないスキルだ。これがあればどんな強い魔神でさえも『ただの村人』になる」
「え? 魔神を無効化……??」
驚く母親に俺が言う。
「そうだ。現に今、気だるくねえか?」
「う、うん。ずっと頭が重い感じがする」
「俺とニッカ、そしてあんたの三人だけそれを感じている。この状態なら評議会制圧だって不可能じゃねえ」
「ちょっと信じられないけど、それはすごいね……」
魔神界の常識を破壊するチートスキル。それを前にさすがの母親も驚きを隠せない。ずっと黙って焼き菓子を食べていたルージュが言う。
「そこからは私の出番だ。面白いことになりそうだ。くくくっ」
「いや、そこからは俺の出番だ! 魔神どもをぶっ殺してやる!!」
突然俺から出たバルクホルムが興奮気味に言う。奴にしてみれば随分久しぶりの魔神界。追放されたこの堕天使を連れて来ただけで、まあ、俺は死罪ものだろう。
「とりあえず今日はここで宿泊だ。明日の朝、魔神評議会に向けて出発する!」
「「了解~!」」
皆は俺の言葉に頷き、そして明日の為に早めに就寝した。
「エリート様、エリート様、大変です!!!!」
翌朝、俺はサヤカの大きな声で目を覚ました。部屋で就寝中だった俺。普段ならこんなことをサヤカがすることはない。
「どうした……?」
そう答えた俺にサヤカが青い顔をして言う。
「い、いないんです。ココロが、ココロがどこにいなくなっているんです!!」
ココロが消えた。
眠っていた俺の頭は一気に目を覚ました。




