63.取り引き
「ウィル様……」
北部魔神ニッカ・ラースゴッドは、未だ目を覚まさない騎士団長ウィルソンをベッドの傍で見つめていた。美しい寝顔。痩せて衰弱しているが、彼の持つ気品さは一向に衰えない。自分が招いた惨状。何度も命を絶とうかと思ったけど、また彼と話ができる日を思い今は看病を続ける。
(!!)
そんな彼女の全身が一瞬震える。
(この感覚……、魔神!?)
ニッカは立ち上がり、病室の窓から外を覗く。変化なし。だが、何かいる。間違いなくいる。ウィルソン抹殺命令が下って数日、悩みながらも無視し続けた。どう考えても最愛の人をこの手で殺すなどできない。ならば話は簡単。自分が守る。そう、魔神界が与えた『護り』の使命。今度はその魔神界から愛する人を『護る』。
ニッカが細くなったウィルソンの手を握りつぶやく。
「ウィル様。ボクが必ずお守りします」
ニッカの目に涙が溜まる。彼女はそれを指で拭き取り、ウィルソンの手に軽くキスをしてから病室を駆け足で出た。
「下賤な人族の城か。なんと悪趣味な」
銀髪に銀縁メガネのイケメン。ゆっくりとシュガルツ王城屋上に降り立った彼は、あまり見たことのない人族の王城を見て言った。
「な、何者だ!!」
そこへ集まる城の警護兵。剣や槍を構え威嚇する。
「何者? いいだろう、教えてやる。私はレザウェル。レザウェル・ゴッドインスチュート。神だ」
それを聞いた兵士たちは唖然とし、笑いながら言う。
「おい、聞いたか? 神だってよ! 頭おかしい奴だぜ、きっと」
「おかしな奴だが不審者だ。魔族かもしれん。警備隊長に知らせろ!!」
兵士のひとりが報告へ駆け出す。残った兵士がレザウェルに剣を向け大声で言う。
「武器を捨てて降参しろ!! 大人しくすれば攻撃はしない」
レザウェルはふっと笑いながら答える。
「この武器を捨てろと? 笑止笑止。これは『魔神殺しの剣』と言ってな、貴様ら下賤な人族が決して見ることすらできない貴重な品。それを捨てろと言うのか?」
兵士のひとりが言う。
「捕まえろ!! 不審者め」
レザウェルが銀縁メガネに手をやり呆れた顔で言う。
「愚かな。貴様らでは私に触れることすらできない」
ドオオオオオン!!!!
「ぐああああ!!!!」
突然の爆発。吹き飛ばされる兵士。何が起きた!? 訳も分からないまま倒れた兵士が呻き声を上げる。
「うっ、うぐっ……」
レザウェルが首を振りつぶやく。
「愚かな。さて、では確かめに行きますか。命令違反の魔神の……」
「待て」
そこへ現れた小柄な青髪ボブカットの少女。堅固な銀色の鎧を纏い、数名の部下と共にレザウェルの前で仁王立ちする。レザウェルが言う。
「あなたは……、違いますね。同じ青髪でも彼女はもっと長かった。それにあなたは弱い」
「ほお、わらわを侮辱する気か、お前?」
「侮辱するも何も、全くお前らなど眼中にない。どけ」
「わらわがシュガルツ王国副騎士団長ラーズリーと知っても同じことを申すのか?」
レザウェルが困った顔になって答える。
「申し訳ないが、全く知らない。真にどうでもいいことだ」
「!!」
ラーズリーの周囲に無数の魔力の弓矢が現れる。巨大な弓。そのすべてがレザウェルへと向けられる。
「シュガルツを、わらわを侮辱したその罪、この『無限弓』でしっかりと教えてやろうぞ」
巨大な魔力の矢が一斉にレザウェルへと放たれた。
ドン、ドドドドオン……
ニッカは王城の階段を駆け上がりながら、耳に響く爆音を聞きどんどん不安になって行った。懐かしく、そして強力な覇気。間違いない、魔神が来ている。
(人族じゃ勝てない。絶対に手を出しちゃダメ……)
相手が魔神なら勝機はない。人族をゴミのように思う魔神なら、反撃されようなら殺すことすら躊躇わない。
「えっ」
急ぎ向かった王城の屋上。だがそこにはニッカの思いとは裏腹に、傷つき、倒れる兵士たちの姿があった。その中に青色のボブカットの少女を見つけたニッカが思わず駆け出す。
「ラーズリー副長っ!!」
ウィルソン不在の間、王国騎士団を支えてきた幹部。小さな体で重圧に耐えてきたラーズリー。彼女は強い。だがそれはあくまで人族での話。相手が神ならばもうそれは別世界の話となる。
「ヒール!!!」
ニッカが辺り一面に回復魔法をかける。あまり得意ではない回復魔法。それでもラーズリーを含め、倒れていた兵士たちが意識を戻し始める。
「お、お前は……、副官の……」
「副長っ、お逃げください。ここはボクが……」
「馬鹿を申すな。あれはバケモノだ。お前も早く逃げ……」
「行ってください!!」
ニッカから放たれる覇気。ラーズリーは初めてこの青髪の副官が人族じゃないことを知った。レザウェルが言う。
「ニッカ・ラースゴッド。使命はどうしたのだ?」
ニッカは気付いた。時空時計を使っていない。それは魔神である自分たちの存在を知られてもいいことを意味する。ニッカが立ち上がり答える。
「使命? ボクはきちんと使命を果たしているよ。ウィル様を『護る』と言う使命を」
「はあ、何を言うかと思えば。やはりバカの病気はうつるのだな。ニッカ・ラースゴッド。もう一度だけ言う」
レザウェルは腰に付けた『魔神殺しの剣』を抜き、ニッカに言う。
「今すぐウィルソン・ローズハートを抹殺せよ」
(ど、どういうことなのだ!?)
それを後ろから見ていたラーズリーが混乱する。人族か、それとも魔族なのか。一体何が起きているのか分からないが、騎士団長付きの副官にウィルソン抹殺命令が出されている。ラーズリーにとって、それはもはや何か未知の話にしか思えなかった。
「断るよ。ボクにウィル様は殺せない」
レザウェルが無表情で答える。
「やはり貴様もそうか。なぜ皆、魔神評議会に背く? 何の理由がある。何ひとつ良いことなんてないだろうに」
「あなたは何も分からないんだね。いいよ、ウィル様を殺すと言うならボクが相手をする」
「お前が私に勝てると思うか? この剣を持った私に」
(エリート。やっぱりボクもそっち側に行くしかないみたいだね。ウィル様の為、全力で頑張るよ……)
「副長、できるだけみんなと一緒に遠く逃げてください!!」
「だ、だがしかし……」
「早くっ!!」
ニッカの強い声にラーズリーが頷き撤退を始める。
「分かった。死ぬではないぞ!!」
(死ねない。ウィル様を守るために、ボクはやる!!)
「氷塊の隕石!!!!」
上空に現れた王城と同じぐらいの巨大な氷塊。それが一直線にレザウェルへと落とされた。
「はあ、はあはあ……」
戦いからしばらく経った王城の屋上。ニッカがゼイゼイと息をしながら仰向けになって倒れていた。
「言ったはずだ。この剣を持った私に敵うはずないと」
その傍にレザウェルが立ち、見下ろすようにして言う。
レザウェルとニッカの魔神同士の戦いは壮絶を極めた。次々と高度な氷結魔法を放つニッカに対し、レザウェルは『魔神殺しの剣』で応戦。ニッカの氷結魔法を次々と撃ち砕いていった。
「な、何が起こっている!?」
「ま、魔族よ。きっと魔族が暴れているんだわ!!!」
当然ながら王城は大混乱に陥った。兵士らが応戦に行こうとしたが、城は破壊され、もはや逃げ惑うことしかできなかった。あいにくバルザックやミスランドは不在。ラーズリーもどこに行ったのか分からない。突然の出来事に、王城は崩壊の危機を迎えていた。
「ん? ああ、あれが『護り』の対象だったウィルソン・ローズハートか」
レザウェルは半壊し、剥き出しになった王城のひとつの部屋を見て言う。そのベッドの上には金髪のイケメン騎士団長ウィルソンが眠っている。レザウェルが見てを前に出し抑揚のない声で言う。
「お前がやらないと言うならば、私が代わりに処分しよう」
「ま、待って!! お願い!!!!」
倒れたニッカが這いつくばってレザウェルに懇願する。
「ウィル様は、もう目覚めないんだよ!! ずっとあのままで……、それでも殺さなきゃならないの!?」
レザウェルは冷たい視線をニッケに向け、静かに答える。
「当然だ。それが規律。お前も魔神なら分かるだろ?」
「……分からないよ。そんなの分からない」
目に涙を溜め悔しがるニッカ。守れない、大切な人を守れない。ニッカの心は崩壊し始めていた。レザウェルが言う。
「……取引をしないか?」
「え、取引?」
ニッカが顔を上げる。そしてその意外な言葉に驚いた。
「そうだ。あの男からはもう勇者の覇気は感じられない。だから、私の気持ちひとつで『抹殺した』ことにしてもいい」
「な、何が欲しいの……?」
全くの想定外の展開。もしかしたら助けてもらえる。目の前の絶対的強者が見逃してくれる。レザウェルが言う。
「教えろ。なぜエリート・ゴットラングウェイは魔神の力を無効化できるのだ?」
ニッカは凍り付いた。絶対漏らしてはいけない秘密。だが、彼女の潤んだ目の先には、青い顔で眠る最愛の人の姿があった。




