62.緊急援軍要請
「勝った!? 勝ったみたいだぞ!!」
ガルディア砦の指令室。魔族の王と黒髪の男の戦いを見ていた副隊長が声を裏返して言う。
一体あそこで何が起きているのか理解できなかった。キャロル姫が辛勝した後に現れた不気味な幼女。絶望的な強さを見せるも、それに姫の守護者である黒髪の男が対抗。理解不可能な戦いの末、黒髪の男の勝利で終わった。
「待て、もう少し様子を見る。まだ魔族がいる」
守備隊長が砦の前に蠢く魔族を見て言う。姫たちの勝利は確認できた。ただ状況が一向に掴めない。何が起きているのか。砦の門を開けてしまって大丈夫なのか。守備隊長の視線は否が応でも黒髪の男へと向けられた。
「お前の支配下に入ってやる。喜べ」
大魔王ルージュは、座りながら粉砕した自分の腕を回復魔法で復元しながら俺に言った。無くした体の部位を復元する上級回復魔法。彼女の腕が少しずつだが形を取り戻し始める。
「それは助かる」
俺も同じく座り、折れた自分の右腕を魔法で治療しながら答える。大魔王の制圧。これで地上にいる他の魔王や魔族は一応掌握したことになる。ルージュが言う。
「それでお前は何をやりたいんだ? もう少し説明しろ」
幼子の容姿をしたルージュ。見た目は幼いがそれは人族の基準であり、実際何百年生きているのかは分からない。俺が答える。
「分かった。じゃあ、簡単に言うとだな……」
俺はルージュに世界再編の話をした。
魔族や魔王が大虐殺を起こさない世界。
無敵の勇者が魔王を討伐に行かない世界。
何の罪もない勇者が神に殺されない世界。
俺は少し離れた場所で眠るココロを時々見ながらルージュにきちんと話した。黙って聞いていたルージュが尋ねる。
「では、魔神界に殴り込みをかけるのだな?」
俺はその時の彼女の目の輝きを決して忘れることはできなかった。ただただつまらない毎日を変えたい。ある意味ルージュは見た目通りの子供のような性格なのかもしれない。
「まあ、そうなる」
俺ひとりではさすがに無理な話。ただ、奇跡の極悪スキルを持つココロが居ればそれも夢ではない。ルージュが身を乗り出して言う。
「面白い! 私も一緒に行くぞ!」
「ん? ああ、まあいいが……」
ちょっとこれは想定外だったが、大魔王が味方になってくれるならばこれは大きな戦力アップだ。
「お前が来ちゃって大丈夫なのか? 大魔王なんだろ?」
「気にしなくていい。どうせ統治とかなにもやっていない」
それが魔族か。俺はその言葉を聞いて苦笑する。
「ただ、私の命令には従わせている」
ルージュが発した言葉。それはやはり魔の者たちを統べる頭の凄みがあった。俺が言う。
「分かった。では話の通り魔族による無差別な大虐殺は止めてもらおう。代わりに同じことを人族にも徹底させる。勇者が現れても魔王討伐には行かせない」
「よかろう。ただ、魔王の中には内心それを不服に思う奴もいるかもしれん。すぐにはすべてそうなるか分からないが、まあ、これからゆっくり変えていけばいい」
それは人族とて同じ。魔族を見れば倒したくなる。恐怖のあまり剣を抜く。それは当然のこと。さらにキャロルがいるお陰でシュガルツ王国はそのような統制が執れたとしても、他国はどうなるかまだ分からない。
ルージュがほぼ回復した腕を見て俺に尋ねる。
「では、部下たちは撤退させよう。で、お前はどうするんだ?」
俺は後方に聳えるガルディア砦を一見してから言う。
「とりあえずあそこに行く。心配しているだろうし、ちょっと休みたい」
騎士団長救出作戦からガルディア砦。連戦にさすがの俺も少々疲れた。ルージュが言う。
「うむ、分かった。私も行ってもいいか?」
「当然だ。歓迎する」
砦の主でもないのにそう言ったのは、もちろんキャロルがいるお陰。俺は眠ったままのココロと、心配そうにこちらを見ているサヤカにキャロルの元へと歩き出した。
「と、とりあえず、皆、お疲れ様であった……」
その日の夜、ガルディア砦では俺やココロ、キャロルにルージュ、それに守備隊長らが集まって食事会が開かれた。挨拶の言葉を口にした守備隊長の表情は、まあ何というか上手く形容しきれないようなものであった。
(当然だな。テーブルを囲んで大魔王、皇太子の仇が座っているんだから)
俺はその非常識とも言える面々を見ながら久々の温かくまともな食事を口にする。
「美味い」
だが、ココロが目覚めたせいであの気だるさが鬱陶しい。ルージュが目の前に並べ慣れた料理を口にして言う。
「なかなか美味いな。悪くないぞ」
普段から人族の料理も口にしていると言うルージュ。バクバクと食べ物を口に入れる。守備隊長が尋ねる。
「そ、それで、そちらの女性は本当に魔王、なのか……?」
「はあ!?」
そう口にした守備隊長をルージュが睨む。凶悪な視線。怯える守備隊長にルージュが言う。
「私は魔王じゃない。大魔王だ! 気をつけろ」
「は、はい。申し訳ございません……」
俺がルージュに言う。
「そんなことどうでもいいじゃねえか。怖がらせるんじゃねえ」
「どうでもよくない! 大切なことだ」
ルージュが食べながら答える。そんな様子を見ていたココロが俺に尋ねる。
「ねえ、エリート。本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「何がって、あの子だよ。いきなり斬りつけたりしないよね?」
さすがのココロもいきなり大魔王が仲間にことには戸惑いがあるようだ。
「大丈夫だ。そう言う契約をした。心配するな」
意外だが魔族は契約を重んじる。俺とルージュの約束。まあ大丈夫だと思うが、もし仮に破ったら全力で俺はこいつを殺るつもりだ。ルージュがココロに言う。
「心配するな、チビ。私はそんなに野蛮じゃない。むしゃむしゃ……」
「はあ? 誰がチビだって!? あなただってチビじゃん!!」
むっとしたココロが言い返す。その言葉を聞いたルージュがココロを睨んで言う。
「大魔王に向かってチビとはいい度胸だな。死ぬか、お前……」
ガン!!!
「ぎゃっ!!」
俺がすかさずルージュの頭を殴る。
「痛ったぁ……」
頭を押さえるルージュに俺が言う。
「何が殺すだよ! もう約束破るのか!?」
「い、いや、そういう訳じゃないんだが。つい癖で……」
どんな癖だよ。俺は苦笑しながら食事に戻る。
「姫様……」
俺がそう小さく口にしたサヤカを見つめる。彼女の隣に座ったキャロル。先ほどから一口も料理に手を付けていない。サヤカが言う。
「何かお食べにならないと体力が落ちてしまいます。ひと口でも……」
「ありがとう、サヤカ」
キャロルは酷く疲れた顔でそう答える。まあ、仕方ないだろう。俺が強引に決めたこととは言え、兄を殺した魔族と同じテーブルに着く訳だから。笑顔で食事ができるはずがない。
「……」
俺は黙って食事を続ける。可哀そうな気もするが、世界の安寧を考えればこの状況を甘受してもらわなければならない。
慰めの言葉のひとつでも掛けようか、そんなことを思った俺はいつからこんなに優しくなったのかと自分自身どこか呆れた。孤高の魔神。今でも俺は自身をそう思っている。
砦での滞在は二日ほど続いた。
王都へ帰るための準備や砦の修繕。連絡や物資の補給。俺はずっと横になって寝ていたが、キャロルは困惑する守備隊長をよそに毎日汗を流して働いた。
「もお、ルージュもちょっとは手伝ってよ!」
「なぜ私がそんな仕事をやれなければならんだ?」
ココロはすっかりルージュと打ち解けていた。驚くほど気さくな性格なのだが、それより魔王と勇者が仲良くするってのはある意味興味深い。ただやはりキャロルの表情は冴えなかった。
「王都から援軍が来たぞ!!」
その日の午後、ようやく王都から砦への援軍が到着した。ただそれは援軍と呼ぶにはあまりにも少数の部隊。そして皆汗だくで、悲壮な表情をしている。守備隊長が尋ねる。
「よく来てくれた。ただ砦は守り切った。もう問題ない。今宵は疲れをしっかりと癒して……」
「ほ、報告します!!」
その声、その表情。やはり何かが起きている。
「王城に未知の敵が襲撃! 激しい戦闘の末、王城が半壊。シュガルツ全土に緊急援軍要請が出ております!!!」
「なっ!?」
想定外の悲報。キャロルの顔が驚きと悲しみに包まれる。守備隊長が尋ねる。
「み、未知の敵とは一体何なんだ!?」
「分かりません。ただ銀髪に銀縁メガネをかけた男で、その強さは桁違いです! ラーズリー副騎士団長と、それからよく分からないのですが、ニッカと言う副官が戦っています!!」
(おい、それって……)
銀髪に銀縁メガネ。俺は王都を襲撃する幼馴染の顔を思い浮かべた。




