60.大魔王ルージュの実力
黒髪のボブカット。幼い幼女。無表情のまま抑揚のない声で言う。
「ガゼルが死んだのか? お前、強いのか?」
配下である魔族たちが恐れ後退していく。間違いない。こいつが魔王の中の魔王、大魔王だ。俺が答える。
「死んだ。ひとつ聞くが、お前大魔王だな?」
「そうだ。私はルージュ。で、あの女がガゼルを殺したのか?」
ルージュは真っ黒な瞳を介抱されているキャロルへと向ける。俺がルージュの前に立ち答える。
「だったらどうする?」
ルージュはじっと俺を見つめやはり抑揚のない声で言う。
「退屈なのだ。本当に退屈でな。死にそうなんだ。ガゼルはまあまあ強い魔王。それを殺すとはちょっと面白いな」
対峙しているだけでビシビシ伝わる大魔王の邪気。地面が揺れている。空気がざわめいている。これが魔王を統べる者の力か。
「ひとつ言っておく。俺はあの女より強い」
ルージュの視線が俺に向けられる。勇者を発現したであろうココロが居るにもかかわらず、【魔王無効】のスキルが発動していない。それは先のガゼルや目の前のルージュが無効化されていないことからも明らかだ。
「お前があの女よりも強い? うーん、あまりそうには見えないが、まあそこまで弱くはないようだな」
まるで品定めされているような気分。とは言えここで大魔王に会えたのはある意味幸運。目の前の幼女を配下に置けば地上での安寧が約束される。
「おい、お前。俺に従え」
俺の発した一言に辺りが静まり返る。この状況で一体何を言い出すのか。皆の視線が俺に向けられる。
「何の冗談だ? 退屈で死にそうだが、そう言う冗談は不快だな」
ルージュの覇気が一段上がる。まあ、当然だろう。格下の相手からそんな徴発を受ければ面白いはずがない。
「冗談じゃない。俺はお前ら魔族、魔王どもすべてを支配下に置くつもりだ。なに、別に殺そうと言う訳じゃない。ただ無意味な虐殺を止めて……、!!」
シュン!!!!
俺は顔の真横を真横を何かが一瞬で通り過ぎたるのに気づいた。
(血……?)
頬が切られている。そこからぽたりと血が垂れる。攻撃されたのか。やべえ、全く気付かなかった。ルージュが言う。
「退屈な毎日でも、そうそう少しだけ楽しみもある。それはな、お前のような中途半端な奴を駆逐することだ」
(くっ……)
魔族や魔王は強い人族を徹底的に排除する。それは【魔王無効】などと言う出鱈目スキルを持つ勇者を誕生させないためだ。そこだけは世界のバランスを崩すために勇者を抹殺する魔神界と同じ。だからガゼルを倒したキャロルや俺のような存在は、早めに狩らなければならない。
(今の俺でどこまで戦えるか……)
ココロの【魔神無効】のせいで極限まで弱体化している。バルクホルムとイシスの加護があっても勝てる保証はない。それほどあの幼女は強い。
(おい。今のお前じゃ勝てねえ。分かってるだろ? 俺を出せ)
そんな俺の思考に気付いたのか、バルクホルムが脳内に語り掛けて来る。
(新入り。またそのような生意気な口を主様に向かって……)
(黙れ! お前だって分かってるだろ? あのガキ、相当ヤバいぜ)
それには俺も同意する。だが、ちょっと試してみたい。今の俺でどの程度戦えるのか。
(イシス、硬化! バルクホルム、身体超絶強化っ!!!)
有無を言わさず戦闘モードに入る。俺は中古の鉄の剣を抜き、一気にルージュへと駆ける。
「じゃあ、力づくで分からせてやるぞ!! このクソガキ!!!!」
微動だにしないルージュ。無表情でつぶやく。
「馬鹿が。少しでも勝てると思ったのか」
ガン!!!!!
「なっ!?」
俺の渾身の一撃。極限まで硬化させたイシスの剣に、同じく極限まで高めたバルクホルムの力。その最大限の攻撃で放った一撃が、ルージュの片手によって軽く受け止められる。
ドオオオオオオオン!!!!
「ぐがああ!!!!」
腹部への強撃。経験のないような強い衝撃と共に俺がその場に蹲る。
「弱い。死ね」
ルージュは小声でそうつぶやくと後ろにぴょんと飛び、右手を俺に向ける。
(やべっ!!!)
蹲ったままの俺が生命の危険を感じる。イシスの硬化どころではない絶望的な一撃。そんな攻撃が今、放たれる。
「深淵の凶弾」
ドオオオオオン!!!!
「エリート!!!!」
キャロルを介抱していたココロが叫ぶ。ルージュが放った魔力の黒弾。爆音とともに放たれ、砂埃が一面に立ち込める。
「エリート様っ!!!」
サヤカが上空に目をやり俺の名を呼ぶ。ココロや魔族たちもそれを見て驚きの声を上げる。
「エ、エリート!? どうしたの、その翼!?」
バサバサ……
「ふう、助かったか……」
俺は背中に生えた漆黒の翼、そして地表にいるルージュを見て安堵した。バルクホルムが言う。
(ふん、俺が助けなきゃお前は死んでいたぞ)
その通り。バルクホルムが激痛で動けなかった俺の背に翼を生やし、ここまで飛ばしてくれた。
(助かった。マジで死んだと思った)
俺が地表を見つめる。ルージュが放った漆黒の弾丸は地面をえぐり、深い細穴となって不気味な口を開けている。あれを食らえば今の俺では即死。やはりこのままではやられる。
俺が一瞬、視線をココロに向ける。だがそれが俺の命取りとなった。
(え?)
「エリートぉおおおおお!!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
何が起こったのか分からなかった。
気が付くと目の前に漆黒の闇が目一杯広がっている。同時に全身を襲う激痛。俺は半分意識を失い、そのまま地表へ落ちた。
「エリート、エリート!!!」
ココロが急ぎ駆けつける。どうやらルージュの新たな魔法を食らったようだ。慣れない宙に浮いた俺。格好の餌食だったようだ。
「エリート様っ!!!」
幸いイシスが全身石化、そしてバルクホルムもその黒い翼を俺の体に巻き付けるようにして防御してくれたお陰で消炭にならずには済んだ。
(ぐぐっ……)
翼は穴が開き、もはや原形をとどめていない。バルクホルムの呻き声が頭に響く。
「サヤ姉、エリートを頼むよ……」
ココロが青き剣を握りしめ立ち上がる。
「ココロ、気を付けて。無理だったらみんなで……」
ココロがサヤカに向かってにこっと笑う。
「うおおおおおお!!!」
勇者の剣を振り上げココロが大魔王ルージュに向かって突撃する。勇者対魔王。勇者スキルを発動していたらこの戦いは一方的なものになるはずだが、不幸なことにココロにそれはない。
ガン!!!!!
ココロの一撃を受けたルージュが言う。
「強いね。一番強いよ、お前」
一瞬だけ嬉しそうな顔になったルージュ。だがすぐに冷たく言い放つ。
「だから死ね。少しは楽しませろよ」
ドオオオオオン!!!!
「きゃっ!!」
爆発。ルージュから起こる突然の爆発。ココロは飛ばされるも、辛うじて剣で防ぎながら体勢を整える。
「負けないから!!!!」
そして再び突撃。大魔王相手でも全く臆さない。それが今のココロであった。
「エリート様、回復を!!」
俺はサヤカの腕に抱かれながら、自身の込めたハイヒールによって一命を取り留める。滑稽なものだ。ひとりでは死んでいた。俺は強いと思っていたのだが、こうも簡単に命を落としそうになるとは。
「ぎゃあああ!!!」
案の定、ココロが押され始める。幾ら彼女でも単騎、大魔王に勝てる見込みは少ない。俺はまだズキズキと痛む体に力を入れ、サヤカに言う。
「あれを準備しろ」
「あ、はい……」
それは俺が少し前に伝えた作戦。サヤカはその意味を十分理解しないまま、指定された魔弾を銃に装填する。
「きゃああ!!!」
俺に向かって吹き飛ばされるココロ。もう限界だろう。俺はよろよろと彼女の隣に行き、伝える。
「交代だ。眠ってろ」
「ごめんね、エリート……」
その意味を理解したココロが笑みを浮かべる。これまでの敵とは桁違い。その強さを自身の体で理解した。俺がルージュに言う。
「おい、クソガキ!! もう一度だけ言う。俺に従え!! そうすれば許してやる!!!」
「……意味が分からない。なぜそのような言葉が出る?」
まあ、そうだろうな。どう見ても大魔王様の優勢。優勢どころか圧倒している。俺の言葉を聞いた魔族たちの間から笑いすら起こっている。
「サヤカ!!!」
「はい!!」
名を呼ばれたサヤカが、銃口をココロに向け魔弾を放つ。
ドン!!
一瞬の静寂。何が起きたのか分からない周囲が、撃たれたココロに視線を向ける。
「おやすみ、エリート……」
そう小さくつぶやいて倒れるココロ。そして地面に横になり寝息を立て始める。ルージュが言う。
「眠った? スリープの魔法か……?」
意味が分からない。回復ではなくスリープ。それに何の意味がある? だがその意味を彼女はすぐに知るとことなる。
(!!)
ルージュの背中に冷たいものが走る。経験のない悪寒。何が起きた!? 俺が言う。
「さあ、躾を始めようか。このクソガキ」
ルージュはその要因が、立ち上がった黒髪の男だとようやく気付いた。




