59.宿願成就
「隊長、大変です!! あれを!!!」
ガルディア砦の指令室。その中央で砦の指揮を行っていた守備隊長に部下の兵士が言う。
「どうした! 今度は何が起こった!?」
相次ぐ悲報。想定外の事変は、守備隊長の頭の処理能力を超えていた。兵士が窓の外を指さして言う。
「魔王軍の後方から援軍らしき一行が現れ交戦。魔族をなぎ倒し、今はそのひとりが魔王と一騎打ちをしております!!」
「なんだと!?」
王都からの援軍か。そう思った彼に兵士が驚きの言葉を告げる。
「その一騎打ちしている人物が、その……、まるでキャロル姫のようで……」
「そんな馬鹿な!!」
守備隊長が慌てて窓へと駆け寄る。砦を囲む魔族たち。確かにその数は少なくなっており、魔王軍の後方では報告の通り誰かが交戦している。単眼鏡を手にした守備隊長がその女性の姿を見て声を上げる。
「ほ、本当だ!? あれはまさにキャロル姫!! なぜ、ここに……」
守備隊長の体が震える。つい先日エルム皇太子を失った。それはシュガルツの最重要拠点であるこの砦を守るためとはいえ、国家にとって大きな損失。その上、妹であるキャロル姫まで失うことは是が非でも避けなければならない。守備隊長が片手を上げ皆に命じる。
「門を開け!! 全軍出撃!! 姫を救助せ……」
「お待ちください!!」
指示を出しかけた守備隊長に、同じく単眼鏡で戦況を見ていた副隊長が言う。
「何だ!! 時刻は一刻を争……」
「姫が、魔王を押しています!!!」
「何だって!?」
守備隊長が慌てて単眼鏡を手にじっと後方の戦いを見つめる。
「……本当だ。信じられない」
追い詰められていたキャロル姫。魔王に斬られ倒れた彼女だが、真っ赤に燃える剣を振り上げ、今度は逆に魔王が倒れている。副隊長が言う。
「我々の兵は皆極度に疲労しています。武器も満足にありません。ここで全軍打って出て魔族に敗北したら、この砦は陥落しましょう。姫様は心配です。だが隊長。姫様の護衛者も相当な実力者のようです。ここはもうしばらく様子見をした方が良いのではないでしょうか」
「うむ……」
守備隊長はキャロル姫とガルディア砦とを天秤にかける。姫の命は是が非でも守りたい。だがこの砦を失ったら、その根幹である国が亡ぶ可能性もある。
「……砦の守備を、固めよ」
「はっ!」
これまでと同じ命令。だがこんなに辛い命令を出すのは初めて。守備隊長が窓の外を見ながら願う。
(姫様の護衛たちよ。国の希望を、どうか守ってくれ……)
二つを守る力はない。もう彼にはそう願うしか方法がなかった。
「ギャアアアアア!!!!!」
魔王ガゼルはキャロル姫の剣戟を受け、ドンと音を立てて後ろに倒れた。
「はあ、はあ……」
滴る血。斬られた半身を襲う激痛。それでも剣は軽かった。燃えるような心地よい感覚。朱色の刀身が、文字通り炎を纏い燃える剣となっている。
「痛でェエエ!!! バカな、こんなバカな!!!!」
倒れたガゼルが斬られた半身を押さえながら叫ぶ。真価を発揮したフレイムソード。その切り口は燃えた痕のように黒く焦げている。ざわめく部下の魔族たち。激痛に顔を歪めながら立ち上がったガゼルが叫ぶ。
「ブッ殺す!!!!!」
ガン!!!!!
怒りの形相で剣を打ち込むガゼル。キャロルはそれをフレイムソードで受け、そして思う。
(兄様。兄様の仇は、私が、キャロルが必ず討ちます……)
ガン、ガガガガガン!!!!
ガゼルの必死の攻撃。だがキャロルはそれを表情一つ変えずにいなしていく。全身からは多量の流血。彼女の戦うその姿はある意味異様な光景に見えた。
(ちょっとまずいな)
俺はキャロルの戦いを見て率直に思った。
フレイムソードの力を引き出し魔王にぶつける。キャロルが勝つにはそれ以外ないことは分かっていた。ただ彼女は今、ある意味トランス状態。兄の仇であるガゼルを滅することだけに全集中しており、自分の体や怪我のことは全く考えていない。ただ勝つ。その一点だけの為に体が動いている。
「何故だ!! 何故、当たらん!!!!!」
対照的にガゼルは一向に当たらない攻撃に動揺し、混乱し始める。フレイムソードによる切創。熱を伴った激痛は早く治療しないと手遅れになる。
――兄様、お別れです
キャロルが両手でフレイムソードを握り、長身のガゼルを下から睨みつける。
カン!!!!
振り上げた朱色の剣。ガゼルの持っていた剣が甲高い音を立てて後方へと吹き飛ばされる。
ザン!!!!!
「え?」
皆が見つめる中、その赤き宝刀は美しい弧を描き、ガゼルの体を斜めに振り抜く。
「ギャアアアアアアアアア!!!!!」
吹きあがる血しぶき。立ち込める煙。同時にフレイムソードの炎がガゼルの体を焦がし始める。
「俺は、俺ハ、なぜ、こんな……」
燃えながらぼろぼろと崩れていくガゼル。最期の言葉も発しきれないうちに、灰色の消炭へと姿を変えた。
「キャシー!!!!」
ココロが勢いよく駆け出していく。
キャロルの勝利。だがその姿は決して心から喜べるものではなかった。
「キャシー、キャシー、しっかりして!!」
ガゼルに受けた剣戟。キャロルの半身を斬り、その流血は今も止まっていない。血で真っ赤に染まったキャロルを抱きしめ、ココロが叫ぶ。
「やだ!! やだ、キャシー!! 死んじゃ、やだ!!!」
「サヤカ!! すぐに回復の魔弾を打て!!!」
「え? あ、はい!!」
俺はすぐに気づいた。ガゼルが消え、辺りを覆っていた妙なオーラがなくなっていたことを。恐らく魔法無効のスキル。ならば今なら打てるはず。
カチャ……
キャロルの元へと駆け寄り魔銃を構えるサヤカ。
「サヤ姉……、何を!?」
「いいから!!」
ドン……
ハイヒールを込めた魔弾。いざと言う時の為の特別の一撃。やはり効いた。ココロが驚いて言う。
「あっ、傷が!!」
ハイヒールを受けたキャロルの出血が止まり、徐々に傷口が塞がっていく。ただそれはやはり中級レベルの回復魔法。完治とはいかない。俺はキャロルの元まで歩き、横に立ちながら言う。
「頑張ったな」
「……エリート」
大量の出血で顔が白くなっているキャロルが答える。
「あとは任せておけ。お前は休んでろ」
「ねえ……」
キャロルはココロの腕の中で俺に言う。
「私、頑張ったよ。婚約指輪は……?」
「黙って寝てろ」
俺はそう言うと残された魔族たちの元へと歩き出す。
「ガゼル様が、負けた……」
「そんな、あんな人族に……」
魔族らの動揺は火を見るよりも明らかだった。頭を失った魔族など烏合の衆。体を震わせる者、逃げだす者。すでに崩壊は始まっていた。
ただ、その空気が一瞬で変わった。
ドン!!!!!!
「!!」
魔族たちの後方。それは突然空から降ってくるように姿を現した。
(これは、まさか……)
さすがの俺もその邪気に一瞬驚く。それほど強く、凶悪なもの。対照的に魔族たちはその可愛らしい幼女の姿を見て歓声を上げる。
「ルージュ様!!」
「おお、大魔王ルージュ様が来たぞ!!!」
黒色のボブカットの幼女。ゆっくりと道を開けた魔族の中から歩み出て来て言う。
「ガゼルが死んだか。お前、強いのか?」
抑揚のない声。無表情の顔。小さな体ではあるが、その所作ひとつひとつがルージュの存在をより大きく見せた。




