58.キャロルと朱色の剣
「誠に申し訳ございません……」
魔神界。その管理を行う魔神評議会が入る白亜の建物。その最も広い中央会議場で、銀髪、銀縁メガネをかけたイケメン、レザウェルが頭を垂れて謝罪した。
「まさかあのゴーゼルが負けるとは……」
評議会老長アーグレイが目を閉じてつぶやく。これまでも数多の謀反魔神たちに懲罰を与えて来た。普通の魔神であればゴーゼルクラスの力があれば十分。あの混血の実力はそれ以上と言うのか?
「アーグレイ様、私には少し思うところがございまして……」
評議会のメンバーたちがレザウェルに視線をやる。アーグレイが尋ねる。
「思うところとは?」
レザウェルが銀縁メガネを光らせて答える。
「はい。エリートと対峙する時いつも魔神の持っている力が失われてしまっているのです。何か理由が、原因があるはずです!」
興味を持ってレザウェルの話を聞いていたメンバーたちが、あからさまに残念そうな顔になってため息をつく。アーグレイが言う。
「それは下界の悪しき空気のせいだ。お前も知っていよう? この澄んだ魔神界の空気とは違い下界の汚染された空気の中では……」
「知っております! だがそれだけでは説明がつかない事実があるのです!!」
魔神界と下界の空気は確かに違う。ただ少し滞在すればすぐに慣れるし、そもそもその程度で魔神の力が全く使えなくなることはどう考えてもおかしい。アーグレイが少し間をおいてから言う。
「もうよい。お前には荷が重すぎた。我々は少しあの混血を甘く見ておったようだ」
「ア、アーグレイ様……」
「グラッドマンを向かわせる。魔神界の威信にかけてあの混血を討ち取る!!」
「グ、グラッドマン……」
レザウェルの顔が青ざめる。グラッドマン・ゴッドウエスティン、それは魔神界で最強を誇る評議会の闘神。今は別の場所へ遠征しているが、彼がやってきたらさすがのエリートでも歯が立たないだろう。アーグレイが言う。
「レザウェル。お前には新たな任を命じる。同じシュガルツで他に勇者発現をした者が確認されている。王国騎士団長ウィルソン。『護り』の魔神ニッカに抹殺を命じたのだが一向に報告が上がってこない。直ちに現地へ向かえ」
「は、はい!」
レザウェルは頭を下げながら自分の不甲斐なさを嘆いた。ただ同時に同じシュガルツに向かえることは幸運だったし、そこで必ずエリートの謎を解いてやると心に誓った。
(お前だけは絶対に許さないっ!!!!)
シュガルツ王国の姫キャロルは、宝刀フレイムソードを振り上げ、憎き魔王ガゼルに向かって駆けだした。周りを囲む魔族の群れ。異様な雰囲気。だがそんなものは一切彼女の目に映らなかった。ただただ兄の仇を、国の未来を思って朱色の刀身を振り抜く。
ガン!!!!
朱色のフレイムソードと、ガゼルの剣がぶつかり甲高い音が辺りに響く。
「ほお、良い打込みじゃねえか。あのビビり姫さんがこれほどとは驚きだぜ」
頭部に二本の角を生やし、長身で美しい筋肉を持つガゼル。その体から繰り出される剣戟は、やはり並ではなかった。
「いくぞ、キャロル!!!」
ガン、ガガガガガン!!!!
(くっ……)
速い、そして重い。辛うじて剣で防いでいるのは先のエリートとの訓練のお陰。だが、ほぼ防戦一方。剣がぶつかる度に赤い火花が派手に散る。このままでは勝てない。そして思う。
(剣が、重い……)
エリートが言っていた。これを持つ私の気持ちでもっと剣が強くなると。
ガン!!!!
「きゃあ!!」
ガゼルの強撃を受け、キャロルが後方に吹き飛ばされる。大将の活躍に沸く魔族たち。よろよろと立ち上がったキャロルが今更ながらに気付く。
――手が震えてる
怖い。そう、今自分を支配しているのは心の奥底にある恐怖。見ようとして顔を背けている恐怖。これを乗り越えないと自分に勝ちはない。
ガン、ガガガガガン!!!!
「さあ、負けを認めろ!! 俺の女になれ!!!!」
ガゼルの連撃。キャロルはそれを辛うじて受けながら追い詰められる。
「キャシー、頑張れ!!」
「姫様……」
キャロルの戦いを見守るココロたちが心配そうな表情となる。これまでの戦いを見るにガゼル優勢は明らか。さすが魔王と言ったところか。そして皆の心配が現実のものとなる。
ザン!!!!
「ぎゃあ!!!!」
ガゼルの鋭い一撃。避けきれなかったキャロルの半身を切り裂く。
「キャシー!!!!!」
「姫様っ!!!」
飛び出そうとするココロたちを俺は止めた。ここで誰かが助けたらあいつは一生このまま。自分で覚悟を決めた望んだ戦い。それは誰にも邪魔できない。
「ぐっ、がっ……」
傷口を押さえ、地面に滴る地を見ながらキャロルが肩で息をする。ガゼルが言う。
「早く降参しろよ。俺はお前を殺すのが目的じゃなく、妾にするのが目的なんだぜ。負けを認めたら【魔法無効】を解除して治療してやるぞ」
そうか、やはりこの魔王が魔法を妨害していたのか。
キャロルは冷たくなっていく体を感じながら、ようやく魔法が使えない理由を理解した。
(重い……)
朱色のフレイムソードは今も赤く燃えるように輝いている。だが重い。元々この剣は非力な女性が持つには相応しくないとされている。だがエリートはそれを一笑した。
『使い方が間違ってんだよ』
そう、魔力や想いを込める。そうすることで初めてこの剣は命を吹き込まれる。
ドン!!!
「きゃ!!」
ガゼルが地面に片膝をついていたキャロルに近付き、無表情で蹴り上げる。
「早く降参しろ!!」
「ぐっ……」
地面に倒れたキャロル。普通ならこれで勝負ありだろう。だが、キャロルを心から服従させたいガゼルはそれ以上の攻撃をしない。心を殺す。ガゼルはその術を知っていた。
「なあ、これが何か分かるか?」
そう言いながらガゼルが懐から一振りの短剣を取り出す。血痕のついた美しき装飾の短剣。一目でそれが高価なものだと分かる。キャロルの目が大きく見開かれる。
「そ、それは……」
ガゼルが笑いながら言う。
「かかっ。そうよ、これはエルムとか言う男が持っていた短剣。俺は知らなかったのだが、お前の兄なんだってな? くくっ、無様な最期だったぞ」
「あ、兄様……」
キャロルの目に涙が浮かぶ。最愛の兄の最期。自分のせいで死んだ。その罪の意識がキャロルに重く圧し掛かる。ガゼルが短剣を両手で持ち、キャロルに言う。
「あー、でもこれ要らねえ。ただのゴミだからな」
バキン!!!!
「え?」
ガゼルはキャロルの目の前で、兄の大切な短剣をへし折った。美しき装飾の剣が半分に折られ、地面へと落ちる。ガゼルはそれを踏みつけながら言う。
「キャハハハ!!! どうだどうだ? これでもう俺には逆らえまい!!」
「あ、兄様ぁあああ!!!!」
キャロルが両手で顔を覆い、大声で泣く。最愛の兄の死。未だにそれを彼女は受け入れられていなかった。
「キャシー!! 大丈夫だから!!!!」
そんな彼女の耳にココロの叫びが聞こえる。
「私たちがいるから!!!」
「……ココロ」
キャロルの体がブルっと震える。不思議な力。彼女の声を聞くと体の底か力が湧いてくる。
「私は……」
キャロルは地面に落ちたフレイムソードを握りしめる。ガゼルが言う。
「まだやるのか!? 無理無理〜」
「私は……」
軽い。初めてこの宝剣の重さが気にならなくなった。
――ぶった斬れ
後ろにいるエリートの声が聞こえたような気がした。太陽のように真っ赤に染まるフレイムソード。放出される炎。一瞬で色を失っていた朱色の宝剣が輝き出す。
「お、お前、何を……!?」
キャロルの異変に気付いたガゼルの顔色が変わる。蹲っていたキャロルが、持っていた朱色の剣を下から一気に振り上げる。
「はぁあああああ!!!」
ザン!!!!
「ギャアアアア!!!!」
勝利を確信して油断していたガゼル。キャロルの渾身の一撃を受けその場に倒れた。




