56.砦を取り巻く者たち
「おい、お前ら。これから砦に攻撃を仕掛ける訳だが、作戦を伝える。しっかり聞いておけ」
長い移動の末、俺たちはようやくガルディア砦が遠くに見える丘まで辿り着いた。シュガルツ王国の地位的要にある砦。ここを失えば、隣国や魔族、盗賊団などによって王都が大きな脅威にさらされることとなる。
そしてここに来てその魔族の数に皆は驚いた。砦を囲むように魔族がひしめき合っている。堅固な石壁。辛うじて陥落は免れているが、それももう時間の問題であろう。
「エリート、作戦って何?」
ココロの質問に俺が答える。
「正面突破だ」
「……え?」
皆が信じられない顔で俺を見つめる。まあ、当然だろうな。相手は無数の魔族。それをたった四人で正面からぶつかると言うからだ。サヤカが青い顔で尋ねる。
「エ、エリート様。さすがにこの人数では、少々無謀のような気が……」
「そうよ、エリート! いくらみんな強いからって……」
「心配するな。先陣は俺が切る」
「エリート様……」
問題ない。すでにイシスとバルクホルムには伝えてある。可能な限りの全身硬化。それを動かすバルクホルムの【身体超強化】。石となり重く硬くなった俺が、バケモノ級の体力で突撃する。まあ、並の魔族では傷ひとつつけることはできないだろう。
「ココロ、それにキャロル。お前らは剣だけで十分に強い。それからサヤカ。魔弾のストックは十分にあるか?」
「あ、はい。ございます!」
ミスリル弾は少ないものの、通常弾はかなり多めに買っておいた。問題ないだろう。
「魔族はたくさんいるが、狙いはあいつらを指揮している魔王だ。名前はええっと……」
低級魔王の名前を忘れてしまった俺に、キャロルがすかさず言う。
「魔王、ガゼル……」
「ああ、そんなような名前だったな。目的はそいつだ。頭を取れば魔族など一瞬で散開する。とは言え相手は魔王。気を引き締めて……」
「エリート、そいつは私がやる」
真剣な顔のキャロル。俺は思い出した。彼女の兄エムル皇太子を殺したのはその魔王。そして先日のなりすまし魔族。奴もそのガゼルと言う魔王の手下。
「いいだろう。だがお前が負けそうになったらすぐに俺がやる。いいな?」
「分かった。それでいい。私、絶対に負けないから!」
敵討ちか。まあいい。キャロルにも魔王を倒せるぐらい強くなって貰わなければ困る。
俺は懐から一丁の魔銃を取り出し、ココロに渡して言う。
「あと、こいつをお前に預けておく」
「え、魔銃? なんで??」
ココロと同じくサヤカも驚く。当然だ。魔銃はサヤカの専門。それをココロに渡すのだから。俺は同じく『ある魔弾』をポケットから取り出しサヤカに渡す。
「お前にもこれを渡しておく。ココロの魔銃にも同じ弾丸が入っている。その弾丸とは……」
俺は淡々とその作戦を伝えた。皆は少し驚き、そして興味深く俺を見つめた。
「隊長!! 残念ながらエルム皇太子の亡骸の回収は失敗に終わりました。部隊も全滅した模様です……」
ガルディア砦の最も高い場所にある指令室。砦やその周囲が見渡せる文字通り防衛の要。砦の守備を担う守備隊長に、その悲報が伝えられた。
「そうか……、だが仕方ない。我々は最善を尽くした。エルム様には感謝をしてお詫び致そう。それより……」
守備隊長は眼下で激戦を繰り広げる魔族との戦いを見つめる。
「あとどの位もつのだ。王都からの救援はまだか……」
鉄壁の守備を誇るガルディア砦ではあるが、長きに渡る魔族の襲撃によりその綻びが出始めていた。更に皆を苦しめたのはとある縛りがあったからだ。
「隊長、薬草の貯えがそろそろなくなります……」
「うむ……」
怪我をした兵士の回復を担う薬草。普段なら魔法隊による回復と併用されるのだが、なぜかずっと魔法が使えない。回復魔法だけでなく攻撃魔法まで。恐らく【魔法無効】を持つ人物がいるのか、もしくはそのような結界を張られたと考えるべきだろう。
いずれにせよ魔族ともども魔法が使えない。空からの敵は弓矢で応戦しているが、そのストックも有限だ。隊長が言う。
「専守防衛っ! 決して打って出るな、救援が来るまで耐えるのだ!!」
「はっ!!」
守備隊長は苦渋の表情で命を出す。皇太子の損失、その上この砦まで失ったら国は亡ぶ。自分の双肩に圧し掛かる重圧に今にも潰されそうになっていた。
「いつまであんな砦ひとつに手間取っている!!」
一方ガルディア砦を攻略中の魔王軍。その中央でどっしりと構えた魔王で大将のガゼルが苛立ちを隠さずに言った。エムルと言う名の人族を含め、迎撃に出てきた輩はすべて討ち取った。それ以来、扉を閉め、守備に徹する砦にさすがの魔族も手を焼いていた。部下が答える。
「石壁が崩れつつあります! あれさえなくなれば一気に落とせます!!」
「早くしろ!」
「御意!!」
美しい筋肉の長身。頭部に二つの角を持つ魔王ガゼル。少し前、大魔王ルージュより命じられたこの砦攻略について思い出していた。
『ガゼル。シュガルツの砦を落としてこい』
『御意』
大魔王ルージュ。黒髪のボブカット。幼女ながらその強さは先代の父親である大魔王を凌ぐとされる。ガゼルが内心思う。
(くそっ、こんなクソガキの命など……、まあいい。あそこには俺の求婚を断った女がいる。少しぐらい痛い目を見せてやるか)
紫髪のポニーテール。明るく爽快なキャラは、それを一目見たガゼルの興味を強く引いた。数多いる魔族の妾。その末席に人族だが加えてやろうと王城を訪れたのだが、断られた上に追い返された。
生意気だったウィルソンとか言う騎士団長は、ヒュカリスに討伐命令が下った。苛立っていたところに同じシュガルツの砦攻略命令。ガゼルは思った。
(シュガルツを窮地に追い込んでやる。そうすればキャロルも俺に従わざるを得ないだろう。くくくっ)
ガゼルは強かった。だが、女を力で強引に従わせるのを嫌った。心を縛りたい。絶対に自分に逆らえないように心を潰してから自分のものにする。それが彼の女を支配するやり方。ある意味生き甲斐だった。
「ガゼル様!! 後方より人族の急襲です!!!!」
そんな魔王ガゼルに想定外の報告が入る。圧倒的有利の中進められている砦の攻略。負ける要素は何ひとつない。王都からの救援か? だが王都への街道にはすべて自分の手下を配置させている。
「規模は? どこの軍隊だ?」
そう尋ねるガゼルに部下がやや困った顔で答える。
「それが……、たったの四人とのことで……」
「はあ? 何を言っている。どこの世界にたった四人でこの魔王軍に攻め入る馬鹿がいる? きちんと調べ直せ!!」
「は、はい!!」
頭を下げ退出する部下。ガゼルは自慢の角に手をやりながら思う。
(とっとと砦を落として王都に向かうぞ。キャロルの青ざめた顔が今から楽しみだ……)
勝利は手の中にある。この時ガゼルはそう信じて疑わなかった。




