55.二度目の敗北
魔神界のアウトロー、ゴーゼル・グラッドゴッド。その異常なまでの強さと残虐性から平和な魔神界では異端児とされ、主に謀反者の抹殺などの汚れ仕事を任されるようになった。魔法は苦手だが、彼が神力を開放したその拳は、空を割り、大地を揺らすと恐れられている。
「うおおおおおお!!!」
ゴーゼルの神力開放。一気にカタをつけようと初手から全力を発揮。それが『魔神殺し』と恐れられる彼の矜持でもあった。
「ちょうどいい腕試しだ」
俺はゴーゼルの突進に向かい合い、拳を握り構える。
(バルクホルム、身体超強化! イシスは拳の半石化!!!)
(ふん!!)
(了解です、主様!!)
イシスとバルクホルムのふたりの力。【魔神無効】と言う縛りの中で、一体どれだけの戦いができるのか。俺は真っ赤な顔で突進してくるスキンヘッドを見て、自然と興奮で体が震える。
「うおおおおおお!!!」
俺の目前に迫ったゴーゼル。丸太のように太い右手を上げ殴り掛かる。
――勝った
俺はその遅い動きを見て瞬時に思った。
ドン……
俺は腕組みをしたままゴーゼルの拳をひょいとかわす。対照的に彼の拳は空を切り、そのまま弱々しい音と共に地面へとぶつかる。
「痛って……」
ゴーゼルが地面に蹲り、赤くなった右拳の激痛に顔を歪める。
(【魔神無効】、エゲツねえなあ……)
まあ、普通に戦ってもこの程度のチンピラに負けることはないだろうが、魔神界のアウトローであるスキンヘッドをただの『禿げたオッサン』に変えてしまうココロのスキルはやはり恐ろしい。レザウェルが叫ぶ。
「気をつけろ! 下界の空気は想像以上だ!!」
「う、うるせえ……」
ゴーゼルが顔をゆでだこのように真っ赤に染め、俺へと突進する。
「まだ分からねえのか?」
俺は腕組みしたままゆでだこを見つめる。遅い。そう、ただのオッサンになってしまった彼は、その動きがすべて遅いのだ。一方の俺は、石の正神と堕天使の加護を受けている。ココロがこちらに居る以上、魔神どもに俺は倒せない。
ブオン!!!
無様にゴーゼルの拳が空を切る。俺は素早く彼の横に移動し、石化で超絶硬化した右拳をその真っ赤な横腹へと打ち込む。
ドン……
低く重い音。ゴーゼルが白目になってその場に崩れるように倒れる。勝負あり。魔神界のアウトローと呼ばれ数多の同胞を葬って来た彼でも、その根本の力が消されるとこれほど脆いのか。
俺は泡を吹いて倒れるゴーゼルを見てから、顔を上げ、レザウェルに言う。
「おい、降参しろ。お前らの負けだ」
「ぐっ……」
レザウェルが悲痛の表情を浮かべ俺を睨む。
「何をした!! 神力を開放した奴がたった一撃で負けるなんておかしい!!」
その通りだ。ココロが居なければ、さすがに俺でも一撃で沈めることは難しいだろう。
「何もしていない。俺はな」
「嘘だ! こんなことが……」
評議会でも、ある意味その強さだけは信頼されていたゴーゼル。その刺客が無様に地に倒れている。俺が言う。
「帰ってジジイ共に伝えろ。そのうち俺が直々に乗り込んでてめらを潰してやるってな!!」
「くっ、エリート、貴様……」
(おい、あの魔神は俺にやらせろ)
頭の中でバルクホルムが俺に語り掛ける。そう、こいつは魔神殺しが生き甲斐のような奴。まだ拳を交えていないレザウェルを殺したくて仕方ないようだ。
(ダメだ。あいつは俺たちのことをしっかりと親玉に伝えてもらう仕事がある)
(関係ねえ。俺の前に現れた魔神はすべてぶっ殺す!!)
やれやれ、こいつもとんだアウトローだ。
(ねえ、あなた。何言ってるの? 主様が決めたことでしょ? 死にたいの?)
(ふざけるな、小娘!! 俺はお前など……)
(黙りなさい!!)
俺はそれ以降のやり取りを聞くことを止めた。
「じゃあな」
俺はココロたちを連れ、馬車へと歩き出す。レザウェルが倒れたゴーゼルの元にやって来て俺に言う。
「エリート! このことを忘れるな!! 必ずお前の秘密を暴いてやる!!」
そしてゴーゼルに触れながら転移石を握り、魔神界へと消えていく。
やはり気付いたか。二度目の敗北。力ある魔神の一方的な惨敗。これで感付かないほどレザウェルは低能ではない。きっと来る。策を講じて三度目の襲撃が。
「ねえ、エリート」
馬車に乗り込む俺にココロが尋ねる。
「なんだ?」
無論その先の質問は分かっている。
「誰だったの、あの人たち?」
とても人族には思えないだろう。魔神の力が抑えられているので派手な戦いこそなかったが、不審がられるのは当然だ。
「人族では、ない」
あまり本当のことを言って不安がらせるのも得策ではない。
「やっぱり大魔王の手下とか?」
「まあ、似たようなもんだ」
大魔王も魔神も今の俺にとっては敵。同じと言ってもいいだろう。
「そっか。じゃあ次はココロも戦うね!」
「ああ、頼むぞ」
いずれ彼女の力も必要となる。勇者としての力。すべてをねじ伏せる為に。
(おい……)
頭の中でバルクホルムが俺に語り掛ける。
(ん? どうした?)
(その、これからは魔神が出てもお前の指示できちんと動く。わ、悪かった……)
俺は瞬時に理解した。
(お前じゃないでしょ。主様でしょ!)
(あ、ああ、分かっている。主よ……)
イシスに叱られたのだと俺はすぐに理解した。大人しそうで実はかなり怖いかもしれない御影石の精霊イシス。
(主様、また新米が無礼を働いたら私が躾けます。宜しくお願い致します)
(あ、ああ。頼むぞ……)
魔神で良かった。本当にこの時は心からそう思った。
「さあ、行くよ。ガルディア砦!!」
ココロが片手を上げ皆にそう叫ぶ。まもなく到着する砦。皆の顔は否が応でも引き締まっていた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
一方、王都バルッサでは、青髪のツインテールの騎士団長副官ニッカが真っ青な顔で頭を抱えていた。
――ウィルソン・ローズハートを抹殺せよ
魔神評議会からの使者。彼は冷酷にその厳命を告げた。体が震え、ただただ頷くしかなかったニッカは、ひとりになりようやくそのことの重さに圧し潰されそうになっていた。
(ボクが、ウィル様を……、殺す……)
有り得ない。有り得ない。有り得ない。
かといって評議会に楯突くことも考えられない。ニッカは王城の自室で窓から空を眺めながら思う。
(エリート。本当に魔神界と戦うの? ボクはどうすれば……)
悩むニッカ。だがその決断はそう遠くない先に、強引に決められることとなる。




