54.魔神界の刺客、再来。
「ここか……」
穏やかな空気に満ち溢れる魔神界。魔神評議会に管理され、闘争や紛争などが起こらない平和な世界。ただそんな優雅な魔神界の街にも、それにそぐわない場所も存在する。
(雰囲気の悪い店だ……)
街外れにある古びた酒場。その入り口の前に立ったエリートの幼馴染の銀縁メガネ、レザウェル・ゴッドインスチュートはそう思った。
カランカラン……
年季の入った木製の扉を開く。中からは体に伝わる重低音の音楽が響き、むわっと吐き気のするような空気が体を包み込む。店内はそう広くない。薄暗い照明。酒と煙草の臭い。肌にタトゥーを入れたアウトローの魔神たちが昼間から酒を飲んでいる。
(どこにいる……?)
レザウェルはその目当ての人物を探した。気乗りはしないが魔神評議会からの命令。無視はできない。
いくつかの好奇の視線が向けられる中、ようやくそれらしき人物を見つけた。レザウェルが声を掛ける。
「ゴーゼル・グラッドゴッドを言う人物を探している。お前か?」
それはカウンターに座って酒をあおっていたスキンヘッドで筋肉質の巨躯。発するオーラは邪そのもの。レザウェルの問いかけに鋭い眼光を向け答える。
「何だ、兄ちゃん? 殺しの用か?」
魔神界を管理する魔神評議会は、重大な犯罪者の抹殺にこういったはぐれ者を利用することがある。莫大な報酬や前科を取り消す条件として。
「ここでは話はできない。外に出て貰おう」
周囲の目を気にしたレザウェル。ゴーゼルが笑って言う。
「気にしてんじゃねえよ。ここではそんな話日常茶飯事。どうせ謀反者の抹殺だろ? いいぜ、受けてやる」
「……」
レザウェルはしばし考えた。命令とは言えなぜこんなアウトローな魔神と行動を共にしなければならないのか。だが自分に拒否権はない。心の整理をつけて静かに話し出す。
「エリート・ゴットラングウェイと言う魔神がいてな……」
レザウェルは幼馴染の抹殺命令について、抑揚のない声で説明を始めた。
「ねえ、キャシー! 本当にどうしたの!?」
廃村での夜が明け、再び馬車で走り始めた俺たち。当然、サヤカとココロが突然の変貌を遂げたキャロルを不思議がって尋ねる。
「何でもないって! ね、エリート」
「……」
時空間で過ごした長い時間。俺的には何の変化もないのだが、どうもキャロルの態度が馴れ馴れしくなっている。ココロがキャロルの髪を手に取り尋ねる。
「髪もぼさぼさだし、服も破れているよ! 顔つきも変わったし、何があったの? まさか本当にお化けに襲われたとか!!」
お化け。そう、確かに随分前、そんな話をしていた気もする。その言葉を聞いてサヤカが顔を青ざめる。
「で、でで、出たのですか……」
「何も出ていないって! ね、エリート」
「……」
だからいちいち俺に振るな。正直疲れた。仮眠を取りたい気分だ。
「でもなんかキャシーが元気になったみたいで良かったよ!」
ココロが言う。そうかもしれない。あの特訓のお陰で少しは自信が付いたか。少し嬉しそうな表情を浮かべるキャロル。だがすぐに真剣な顔になって言う。
「でももうガルディア砦が近いわ。まだ砦がもっていてくれればいいけど……」
魔王軍の急襲を受けたガルディア砦。陥落する前に何としても辿り着きたい。サヤカが言う。
「魔王ガゼルってどの程度の魔王なのでしょうか? エリート様はご存じでしょうか?」
「知らん」
そんな下級魔王、俺の知ったことではない。見つけ次第力づくで従わせてやってもいい。
「キャシー……」
魔王ガゼル。その名前を聞いたキャロルが俯き黙り込む。ココロはその魔王が彼女に求婚して断られ、その腹いせで砦を攻撃しているのだろうと思った。
「大丈夫! 私がそんな悪い魔王、倒してあげるから!!」
馬車の中で立ち上がってそう宣言するココロ。勇者。そうこれが勇者の気概。
ドオオオン!!!!
「きゃあ!!」
突然の爆音。急停車する馬車。立っていたココロがバランスを崩しサヤカに抱きかかえられるように倒れる。
(!!)
俺は感じた。そのとてつもなく嫌なオーラを。
「痛った~!! もお、なに!?」
馬車の壁に頭をぶつけたキャロルが不満そうに言う。俺はそんな声も無視して急ぎ馬車から飛び降りる。
「ちっ」
想像通りだ。もう来やがった。
「やあ、エリート」
銀髪に銀縁メガネの魔神。俺の幼馴染で評議会の犬。
「レザウェルか。随分早いお越しじゃねえか? で、誰だい、そいつは? お前の友人にしては随分ガラが悪くねえか?」
俺はレザウェルの隣に立つスキンヘッドで筋肉質の巨躯の男を見て言う。アウトロー。魔神界の始末屋。まあ、そんなところだろう。
「てめえがエリートって奴か? 随分優男だな」
俺はふたりの魔神の急襲に冷静に対処しながらも、レザウェルが時空時計を使っていないことに疑問を感じた。魔神である彼らの姿を人族に見られてもいいのか? 馬車から降りて来たココロたちが驚いて言う。
「な、なにこの人たち!? どこから来たの??」
まあ、そうだろうな。何もない荒野。いきなり爆音と共に現れたのだから無理もない。御者は先ほどから馬車の後ろに隠れたままだ。
「人間? いえ、魔族でしょうか……?」
俺はそう冷静に話すサヤカを見てなるほどと思った。人族の間では神が姿を現すことなど想定していない。そもそもその存在すら知らないだろう。だからこのよう未知の存在に遭遇した際に自分たちの知り得る中で最も近いものにあてはめる。それが魔族。神が魔族? ある意味滑稽だ。
スキンヘッドの魔神、ゴーゼルがその頭に手をやり言う。
「あー、何だこの重い空気は。久々に来たけど、下界ってのはやっぱ最悪な場所だな」
隣に立つレザウェルもそれには同調して言う。
「同じです。私もやはりこの下賤な空気には慣れませんね」
それはココロの持つ極悪スキル【魔神無効】のせい。まあ、俺はその悪しき空気に四六時中晒されているのだがな。ゴーゼルが首をコキコキ鳴らしながらレザウェルに言う。
「お前はそこで見てろ。あんなヒョロい奴、この俺が一撃で沈めてやる」
美しいほど鍛えられた肉体。それは鍛錬の賜ものと言うよりは、どちらかと言うと実践で鍛え上げられたもの。多くの魔神を葬って来た自信と実力がより彼を大きく見せる。レザウェルがやや心配そうな顔で言う。
「気をつけろ。下界の空気に慣れないうちは力が出ないことも……」
「みくびるな。この俺を誰だと思っている」
「……」
レザウェルが黙り込む。確かに彼は魔神評議会の老長アーグレイが直々に指名した者。その強さは折り紙付き。
「ね、ねえ、エリート。なんかあの人たち、ヤバくない……?」
俺の後ろにいたキャロルが不安げな顔で言う。確かに人族ではない異常な雰囲気がある。爆音とともに突如現れた異様なふたり。キャロルが不安がるのも無理はない。
「お前らは下がってろ。俺が相手する」
「え? あ、うん。気を付けてね、エリート」
俺はそう言うとココロたちを後ろに下げる。心配そうな表情を浮かべる彼女たちだが、ちょうどいい。手に入れたばかりの力を試すには絶好の機会だ。レザウェルが前に出て俺に言う。
「エリートよ。最後にもう一度だけ聞く。素直に降参し、我々の命に従え。今ならお前の罪を軽くするよう私から進言もしてやる。馬鹿なお前でも分かるだろ? 我々二人に敵うはずがない!」
まあ、軽く見られたものだ。二人に勝てない? そんな二人に勝てない俺が、魔神界を制圧しようとしているんだぜ?
「黙れ、評議会の犬が! おい、そこの脳筋野郎。とっとと始めるぞ」
俺の一言で交渉決裂。ここからは拳と拳の会話が始まる。ゴーゼルが笑いながら言う。
「がははははっ!! いいぞいいぞ。俺は弱い奴のイキる姿を見るのが大好きでな! だがそれ以上に……」
ゴーゼルが全身の筋肉に力を入れ始める。
「……神力開放」
赤く染まる体。浮かび上がる血管。立ち込める湯気。そして顔を上げ、俺に言う。
「それ以上に、弱者の命乞いをする姿が、大好きなんだよ!!」
大きな咆哮と共にゴーゼルが俺に向かって突進した。




