51.忸怩たる思い
シュガルツ王国の皇太子エルム・シュガルツ。妹キャロルと同じく紫髪の好青年。文武両道の次期国王の彼だったが、その正義感故、偶然訪れていたガルディア砦での魔王襲撃に応戦。戦死したと聞いていた。
「兄様、生きておられたのですね……」
その彼が俺たちの前に現れた。
穏やかな表情を浮かべ、笑みを保ちながらこちらへ歩いてくる。キャロル、そして騎士団員だったサヤカは目に涙を浮かべ喜びを表す。
「おい、ちょっと待て」
俺はその言い表せない違和感を覚えエルムをじっと見つめる。ココロが起きているので魔神としての能力は使えないが、何かがおかしいと頭の中で警告が鳴っている。
「皇太子なんだろ? なんでひとりでいるんだ?」
とりあえず俺は客観的な事実を述べた。次期国王。その彼がこんな荒野でひとりいるのはおかしい。キャロルが答える。
「それは、戦場から避難して来たからでしょ? きっと魔族に追われているんだわ!」
そう言い残すとキャロルは兄の元へと駆け出す。サヤカとココロも慌ててそれに続く。
「兄様っ!! 無事でよかった!! 私、本当に心配して……」
駆けながら涙声でそう話すキャロル。大切な兄が生きていた。それだけで彼女の思考はすべてが停止していた。駆け寄るキャロルを見たエムルは歩みを止め、にっこりと笑って言う。
「やあ、キャロル。会いたかったよ……」
(!?)
一瞬。その呼び名を聞いたキャロルは一瞬違うと感じた。そう、兄エムルは自分のことをキャロルとは呼ばない。愛情を込め『キャル』と呼ぶ。エムルが素早く腰の剣を抜き、振り上げて言う。
「さあ、お前も大好きな兄の元へ行きな」
シュン!!!!
「ぎゃっ!!」
エムルの攻撃範囲にまで達していたキャロル。直前の違和感によって足が止まり即死は免れたが、肩から胸にかけて剣が直撃。崩れるようにその場に倒れた。
「キャシー!!!」
「姫さまっ!!」
後に続いていたココロとサヤカが悲鳴に近い叫び声を上げる。まさかの皇太子の凶変。地面に倒れたキャロルが涙目で言う。
「あ、兄様、どうして……」
彼女はまだ信じられなかった。いや、信じたくなかった。死んだと思っていた兄との再会。その兄に斬られた今もその現実を受け入れられない。エムルは剣を持ち換えて倒れたキャロルにとどめを刺そうとする。
「死ぬんだよ。ガゼル様に恥をかかせたお前は、あ~、ここで死ぬんだよ」
同時に好青年だったエムルの顔がまるで溶けるように変化。醜い魔族の顔となる。
「させるかぁあああああ!!!!」
ガン!!!!
スキル【高速移動】を持つココロ。誰よりも速く魔族の懐に入ると、勇者の剣を振り上げ弾き飛ばす。
「ぐっ!!」
ココロの速撃を受けた魔族が後退する。ココロは剣を構えながら倒れたキャロルに言う。
「大丈夫!? キャシー、大丈夫!!??」
「うっ、ううっ……」
流れる鮮血。傷の痛み。だがそんなことよりもキャロルの頭を占めていたのは、やはり兄は死んだと言う辛い現実。自分に求婚して来た魔王ガゼルの使い魔。もうすべてが終わったと思えた。
「姫様、回復します!! ハイヒール!!」
駆け付けたサヤカ。魔銃を取り出し、すぐにハイヒールを込めた魔弾を装填。倒れるキャロルへと撃ち込んだ。
ドン……
魔銃は攻撃はもちろん、回復やバフの魔法も込められる。すべてはエリートの魔法。ハイヒールなどと言う高度な魔法がこうして使えることは本当に幸運だった。
傷が癒えていくキャロル。それを確認したココロが青き勇者の剣を振り上げ、エムルだった魔族へと突撃する。
「うおおおお!! 許さないっ!!!」
ガン、ガガガガガン!!!!
ココロの連撃。高速で剣を振り魔族を追い詰める。怒りを爆撃のエネルギーに変えるココロ。確実に彼女は強くなっていた。だが、そのココロの剣が一瞬止まる。
「え?」
怒りのままに振るっていた剣。追い詰められる魔族。だが彼は一瞬でその醜い姿から、紫髪のポニーテールが可愛いキャロルへと姿を変えた。
ザン!!!
「きゃっ!!」
まさかの変化。剣が止まったココロへすかさず魔族の剣が振り下ろされた。
「痛ったぁ……」
それでも素早く身をひるがえし、かすめる程度に攻撃を避けたココロ。肩から流れる血に目をやってから言う。
「お前っ、そうやってみんなを騙して……」
まるで区別がつかない。目の前に居るのは笑顔が可愛いあのキャロル。ココロの剣が無意識で止まるのも当然だ。魔族が笑いながら答える。
「そうだ、これが俺の能力。一度見たものへ完璧に変化する力。これでな、騙してやったんだよ。あいつの兄を」
「!!」
ココロが振り返り、サヤカに介抱されるキャロルを見つめる。
「うそ、うそ……」
その声はしっかりと彼女に届いていた。魔族が続ける。
「エムルだっけか? お前の姿に化けて会いに行くと『どうしてここに!?』とか言ってスゲーびっくりしてたよ。お前、行方不明だったそうじゃねえか? 喜んで俺に向かって来てくれたよ。お陰で簡単に殺せた」
「い、嫌ーーーーーーっ!!!」
そう、キャロルはお忍びで騎士団長救出作戦に参加していた。誰も知らない。王城ではキャロルがまた行方不明になったと騒ぎになっていた。だからエムルは喜び、そして心配した。最愛の妹がこんな所にひとりでいることを。キャロルが頭を抱えて言う。
「私が、私のせいで、兄様は……」
震える体。流れる涙。自分のせい。兄が死んだのは自分のせい……
「顔をあげろ。バカ女」
俺は自然とキャロルの隣に立ち、前を向いたままそう言った。
「戦場に来たら命のやり取りは当たり前のこと。殺し合いだ。そこに卑怯もクソない。最後に生きていた奴が勝ちだ」
「エリート様……」
厳しい言葉。サヤカが俺に悲しげな眼を向ける。当然のことではあるが、今のキャロルにとってはこれ以上ない辛い事実。
「うおおおおおお!!! 絶対殺すっ!!!!」
ココロが怒りの形相で魔族に斬りかかる。キャロルの姿を模した相手。だが彼女にはもう一切の躊躇はなかった。俺はその姿を見てキャロルに言う。
「その剣は何のために持っている? 飾りか? 目の前に兄の仇が居るんだぞ。なぜこんな所で座っている?」
「私、私……」
キャロルは腰に付けた朱色の剣フレイムソードを見つめる。自分を、国を守るために手にした宝刀。だが今はその手が震えて剣に触れることすらできない。
「うおおおおおお!!!」
ザン!!!
「ギャアアアアアアアア!!!」
そうこうしているうちに、勇者の逆鱗に触れた魔族が一刀両断にされる。変化の能力は一流だが戦闘能力は並み。それがシュガルツ王国の皇太子の未来を奪った魔族の正体であった。
「キャシー、大丈夫!?」
魔族を倒し、キャロルの元へと駆け付けるココロ。地面に蹲ったまま涙を流すキャロルを抱きしめ優しく言う。
「大丈夫、仇は取ったから」
「うん、ココロ……、ごめんね、ごめんね……」
涙を流しむせび泣くキャロル。そんな彼女を抱きしめながら、ココロはなぜ彼女が謝るのか理解できなかった。




