46.ココロのお守り。
「君、本当に評議会の人、追い払っちゃって……、ど、どうするの……?」
レザウェルが転移石で消えた後、その様子を信じられない表情で見ていたニッカが俺に言う。構わない。もう賽は投げられたのだ。俺の中にあったもやもやが今は嘘のように綺麗になくなっている。
「俺は俺が正しいと思った道を行く。それよりお前はどうするんだ? どうしたいんだ?」
俺は溶け始めた氷柱の中にいる騎士団長ウィルソンを指さす。ココロが居ることでニッカの力は無力化。このままでは完全に溶けるのも時間の問題。
「ボクは、ウィル様と……」
「エリート!! 団長、助けるね!!」
そんな空気も無視し、ココロが勇者の剣を振り上げ氷柱の破壊を始める。彼女にしてみれば大切なサヤカの名誉挽回が一番の目的。その動きに容赦はない。
ガン!! ガガガガン!!!!
「や、やめて……」
剣を振るうごとに破壊されていく氷柱。ココロの前ではニッカはただの非力な村の少女。勇者を発現したココロには到底及ばない。皆は黙ってその様子を見つめる。俺が叫ぶ。
「お前はどうしたいんだ!! お前は……」
「ボクは、ボクは……」
バキン!!!!
ココロの強撃。氷に入ったヒビがミシミシと音を立て、大きな音共に砕け散る。中からぐったりとしたウィルソンが氷片と共に床へと落ち始める。
「ウィル様とずっと一緒にいる!!!!」
ニッカはウィルソンが床に落ちる直前、涙を流しながらその冷え切った体を受け止めた。俺は後ろを振り返り、ミスランドと共にいる救護班に言う。
「急げ! 急いで治療しろ!!」
「は、はい!!」
負傷したまま数か月間もの間、氷結されたウィルソン。仮死状態となっていたが、氷から解放され、再び脈打ち始めているはず。今が生死の境目。緊急治療が必要だ。
「団長!!」
「ウィルソン様!!」
ミスランドや騎士団の皆が駆けつける。ウィルソン救出。その最も重要な任務が成し遂げられる。
「あ……、私は……」
そして目を開け、声を出すウィルソン。ここに緊急クエスト【騎士団長救出作戦】の成功が確定した。
「団長が目覚めたぞ!!」
「良かったです。ウィル様……」
騎士団の皆が目を赤くしてウィルソンの目覚めを喜ぶ。大きな傷に冷え切った体。げっそりと痩せた肢体。それでも心の支えである彼の生還は皆をとびきりの笑顔にした。
「サヤカ、ヴァレンタイン……」
ウィルソンがそんな仲間の中から、ひとりの赤髪の女性に気付いて声を掛ける。サヤカが涙目で言う。
「団長、良かったです……」
堪えきれぬ涙。生きていてくれた良かった。そんなサヤカにウィルソンが笑みを浮かべて言う。
「君が、伝えてくれたんだね。ありがとう……、こうして戻って来てくれて……」
「はい……」
騎士団長ウィルソンの謝辞。その瞬間、彼女が背負っていた不名誉な二つ名『恥晒しのサヤカ』が魔法のように消えていく。汚名返上、名誉挽回。ようやく彼女は、長い間自分を縛り付けていた憎しみの鎖から解放された。
「ニッカ、俺に協力しろ」
俺は少し離れた場所でその様子を見ていたニッカに近付き、そして言った。ニッカが顔を上げて俺に尋ねる。
「協力って……、なに?」
「なにじゃねえ。分かってんだろ?」
ニッカは俯き、小さな声で言う。
「魔神界と戦うこと?」
「そうだ。ちなみに大魔王ともやり合う」
「……」
無言。そりゃそうだ。魔神界は言ってみれば俺たち魔神の根本。反抗してどうにかなるはずがない。
「このまま行くと、まあしばらくは動けないと思うが、あの男、間違いなく発現するぞ」
それは騎士団長ウィルソンの勇者化。そうなればニッカの想いはすべて水泡に帰す。
「何の罪もなく頑張っている奴を、勇者になったからって一方的に消すなんて俺は許さねえ。絶対に認めねえ」
「うん。それはボクもずっと思っていたことだよ。でも……」
「魔神界に勝つ方法が分かればいいんだよな?」
俺はニッカを見つめて尋ねる。ニッカが首を振って言う。
「無理だよ、ボクたち二人じゃ……」
「勝てる」
「ど、どうやって?」
俺はやや低い声を出して言う。
「今から言うことは他言無用だ。言ったら殺す」
「う、うん……」
「ココロはな……」
俺はみんなと笑顔で話すココロを見つめながら言う。
「あいつは魔神の力を無力化する能力があるんだ」
「え? ええ!?」
まあ、驚くのも無理はない。俺だって未だに信じられない。
「現に今、俺たちの力は無力化されている。それが何よりの証拠だ」
「あ、そういう事か……」
ニッカはようやく自分の体に起きている異変の理由を知る。俺が言う。
「あいつは対魔神戦について言えば、チートだ。あいつが居れば魔神界だって制圧できる」
「す、すごい……」
これまで荒唐無稽だった話が現実味を帯び、ニッカが興奮し始める。
「だからすべてぶん殴って、俺たちで新しい秩序を作る。勇者を殺させない、新しい世界を」
「わ、分かったよ。ボクも協力する。ウィル様と離れるのは嫌だからね……」
俺はニッカの肩をポンと叩いてから言う。
「ありがとな。また後で連絡する。それよりこれから副官として、まあ色々頑張れよ」
「あ、うん。大変だけど頑張るよ」
前回の遠征の失敗、凍った魔城、そこにひとりウィルソンと居た理由。ニッカに対してこれから取り調べが行われるだろう。まあ、それは自業自得だ。
「エリート様、ありがとうございます……」
目を真っ赤にしたサヤカがお礼を言いにやって来た。今回の大きな目的であった騎士団長ウィルソンの救出。名誉挽回までできて、まあ結果的には大成功だっただろう。
「エリート。帰ったら私の護衛をお願いね!」
紫髪のポニーテール。キャロルが笑顔で俺に言う。
「断る。そんなことしてる暇がなくなった」
「えー、なんか酷い言い方!! ココロと一緒でいいからさ~」
「おい! 貴様っ!!」
そんな和やかなムードを壊す甲高い声が響く。俺は眩暈を感じながらその声の主に言う。
「なんだ、何か用か……?」
それは銀色のSランク冒険者ジェイル。顔を震わせて俺に言う。
「貴様、魔族だろ!! 絶対おかしい!! こんなことできるの魔族に違いない!!」
ため息をつく俺の隣で、さすがに堪忍袋の緒が切れたキャロルが耳に付けたイヤリングを外す。
「あっ」
「え? うそ!?」
皆が驚いた。そしてやられたと思った。ミスランドが言う。
「キャロル姫!? また、どうして……」
キャロルが髪をかき上げて言う。
「そんなことどうでもいいわ。それより冒険者ジェイル」
「は……、はい……」
ジェイルの顔が真っ青に染まる。いけ好かない怪しい冒険者と一緒にいた女がまさかキャロル姫だったとは。震え、汗が止まらないジェイルにキャロルが睨みつけて言う。
「随分とふざけた冒険者ね。そう言えばちょっと前、『俺が言えばお前なんてどうにでもなる』とか言ってたわよね? あれどういう意味かな~?」
「そ、それは、その……」
看護師だったキャロルに言い放った言葉。ジェイルの両膝ががくがくと震えだす。
「私を殴ろうとしたよね~? それに何? 私の友人に向かって魔族? いいわ。帰ってからゆっくりとお話を聞かせてもらうわ」
「ぁあ、ああ……」
崩れ落ちるジェイル。王族への侮辱行為。冒険者資格はく奪だけでは済まされないだろう。ミスランドが皆に向かって言う。
「ではこれより帰還する!! 行くぞ!!」
「「はい!!」」
騎士団長ウィルソン救出。皆笑顔で岐路へ着く。
「ん? どうした、ココロ?」
俺は最後尾で足を引きずるココロを見て声を掛けた。ココロはちょっと舌を出して答える。
「さっきね、氷砕く時に足を痛めちゃって……」
救護班は皆、ウィルソンの治療に当たっている。無駄ない人員を割きたくないと言う彼女の心遣いだろう。俺はココロに近付き、その手を握ってくるりと背を向け腰を下ろす。
「きゃっ!!」
そして半ば強引に彼女を背負って言う。
「深く考えるな。これも護衛の一環だ」
「やっ、いや、でも……」
ココロの声が上擦る。【魔神無効】のスキルが効きすぎてくらくらするが、護衛対象がこれ以上怪我を悪化させるよりましだ。
「……ありがとう」
ココロが礼を言う。俺は無言で彼女を背負ったまま、皆に続いて城を出た。
「ねえ……」
「何だ?」
荒野を歩く遠征隊。その最後尾で俺の背中にいるココロが話しかけた。
「ここ最近、ううん、エリートと出会ってから随分色んなことがあったね」
「そうだな」
耳元で囁くように話すココロ。俺は何だか心がくすぐったく感じる。
「魔王倒したり、塔に登ったり、ええっと、騎士団長助けたり」
俺は歩きながら頷いて応える。
「自分でも信じられないんだ。こんなこと」
「……そうなのか?」
「そうだよ。でもね、ひとつだけ分かったことがあるの」
黙って歩く俺にココロが言う。
「エリートがね、一緒に居てくれると何でもできる気がするんだ」
「何だそれ」
苦笑する俺にココロが言う。
「エリートはね、私のお守り。ココロのお守り、なんだよ」
「そ、そうか……」
その後何を話したのかあまり覚えていない。ただ俺はこんなにも小さくて軽い女の子が、俺の中で抑えきれないほど大きくなっていることが何だか可笑しくなって、ココロと一緒に笑いながらずっと歩いた。




