45.エリート・ゴットラングウェイ
「エリート・ゴッドラングウェイに命じる、ココロ・ホワンシュガーを抹殺せよ」
俺は時が止まったかのように固まった。いや、実際止まっていたと言っていいだろう。
『時空時計』。それは今回のレザウェルのように魔神が下界に降りてくる際、無暗に姿を見られないよう時間の進みを極限まで遅くする時計。時が止まった訳ではない。俺たち以外のすべてが遅くなったのだ。
「レザウェル、ちょっと待て。ココロは、あいつはもう発現したのか……?」
俺は震える声でそう尋ねた。一緒にいる時は解析魔法は使えない。だからココロのステータスなど全く見ていなかった。レザウェルが銀縁メガネに手をやり答える。
「発現した。強い勇者反応を確認している」
(くそっ……)
不覚だった。【魔神無効】などと言うおかしなスキルに翻弄されていた俺の失態。ココロの勇者発現を認知できなかった。レザウェルが言う。
「何をしている、エリート。さあ、早く殺せ」
(俺が、ココロを……、殺す……)
俯いていた俺が顔を上げ、ココロを見つめる。止まっているように見えるが、ゆっくり動いている彼女。勇者……、俺が、殺す……
――もう、何やってるのよ。エリート!
俺の頭の中に心の声が響く。
――あなた魔族なの!? 私が退治してやるわ!!
ああ、俺はずっと勘違いされていたんだよな。
――分かった、私に任せて!! 大丈夫だから!!
あいつはいつも真っすぐだった。眩しいぐらいに人のために頑張っていた。
――私があなたを守るから
こんな俺を守ると言って涙を流してくれた。とても純粋で強く、美しかった。自分の為じゃない、いつも誰かのために全力でぼろぼろになりながらそれでも立ち上がる。だから俺は心動かされた。使命とかじゃなく、こいつを護ろうと本気で思った。
そんな俺がココロを殺すだって? ふざけるな。だったらもう答えは決まっている。
俺は顔をゆっくり上げ、レザウェルを睨みつけながら言った。
「断る」
「!!」
それは同じ魔神であるニッカにとってある意味衝撃的な言葉であった。
「き、君、なに言ってるの!? この人って評議員の人でしょ!? そんなこと言ったら、君、消されるよ……」
そうだろうな。魔神評議会の決定に背く言動。勇者は邪魔だとする魔神界の方針に反する行為。レザウェルが困った顔で銀縁メガネに手をやり答える。
「エリート。幼馴染のよしみでもう一度だけ言うよ。ココロ・ホワンシュガーを殺せ。魔神評議会の命令だ」
「レザウェル、てめえはその評議会とやらにすっかり毒されちまって、犬に成り下がったな。真面目に必死に頑張ってきたやつを、なんで俺たちの一方的な理由の為に殺さなきゃならねえんだよ!!」
レザウェルが首を振って答える。
「我々の理由ではない。この世界の秩序の為だ。勇者が魔王を倒し、人族が増えすぎたらどんな結末になる? 馬鹿なお前でも分かるだろ?」
「知らねえ!! そんなもん何とかなる!!」
興奮していたとは言え、我ながらなんといい加減な言葉。ただこんなに感情的になったのはいつ以来だろうか。レザウェルは一度目を閉じ、小さく息を吐いてから言う。
「無駄な問答だ。単刀直入に言う。我々の命令が聞けないと言うならば、今ここでお前を処分する」
ようやく俺はそのことの重大性を実感し始めた。これは謀反。魔神界を敵に回すと言う意思表示。
(ココロ……)
俺はココロを見つめる。不安げにこちらを見ている彼女。守りたい。そう、俺の想いは最初からずっと変わらない。
――あなたはあなたの好きなようにしなさいね。自分の決めたことを貫きなさい。
不意に母親の言葉が蘇る。
そうか、俺がこんなバカげたことをするのを母親は分かっていたんだな。ある意味タブーとされる人族と交わりずっと生きて来た母親。その強い信念があったからこそ、今この俺がこうして生きている。
(そして俺にはその父親の血が流れている……)
命懸けで母さんを救った親父。顔も見たこともない俺の親父。大きくて、強大な敵にたったひとりで立ち向かった父。愛する人を守ろうと戦ったんだ。
「ふっ、やっぱり俺はあんたの息子なんだよな……」
「何を言っている?」
レザウェルが俺の独り言を聞き、首を傾げて尋ねる。
「てめえには関係ねえことだよ。俺を処分する? 面白い。やれるもんならやってみろよ……」
俺は腰に付けた中古の鉄の剣をゆっくり抜き、レザウェルに向ける。それを見たニッカが顔色を変えて言う。
「ちょ、ちょっと、君!? 本当にヤバイって。消されるよ……」
俺は前を向きながらそれに答える。
「お前もよ、自分の力で自分の道を切り開いてみろよ。愛する者をがむしゃらに掴み取ってみろよ」
「ど、どう言う、意味……?」
「残念だ、エリート。子供の頃から世話になったおばさんには申し訳ないが、規則により君を処分することにするよ」
レザウェルも腰に付けた銀色の剣を抜く。通称『魔神殺しの剣』。魔神を管理する評議会が特別に帯刀を許される特殊な剣。普通なら大苦戦を強いられるだろう。下手すりゃ負ける。だが奴は知らない。
(イシス、怖いか?)
俺は御影石の正神イシスに心の中で尋ねる。
(……いえ、主様)
だろうな。俺は確信した。
(剣の硬化を頼む。体も強化をしてくれ)
(かしこまりました、主様)
「なあ、レザウェル。ひとつ聞いていいか?」
対峙する幼馴染の魔神。俺を哀れに思ったのか、レザウェルが小さく頷いて答える。
「命乞いか? 心より改心すると言うのならば聞いてやらんでもない」
どこまで上から目線なんだ、そう思いつつ俺が言う。
「体が、重くねえか?」
「……少しな。この澱んだ下界の悪しき空気のせいかもしれん」
「そうだな」
俺もそう思った。最初はそう思ったんだよ。でも違うんだ。あいつが居れば俺は負けねえ。あいつは、ココロは『対魔神戦最強の切り札』!!
「うおおおおおおお!!」
俺が中古の剣を振り上げ突撃する。レザウェルは余裕をもってそれに対処する。
「愚か者……、!?」
ドオオオオオン!!!!
「ぐがっ!!!」
レザウェルが身構える前に俺の剣が撃ち込まれる。魔神界の強化服のお陰で致命傷にはならないが、それでもかなりの衝撃があったはず。吹き飛ばされ、よろよろと立ち上がるレザウェルが言う。
「ど、どうなっている!? 力が……、入らない?」
【魔神無効】。ココロが居れば俺たちは『ただの村人』となって戦うことになる。そうなればイシスの加護を受けた俺が強いのは当たり前。ただの村人が、正神の加護持ち村人に勝てるはずがない。
「うおおおおおおお!!」
「ぐがあああ!!!」
その後も俺の一方的な攻撃は続いた。
魔神が持つことによりその効果を発揮する『魔神殺しの剣』も、ココロの領域内ではただの剣。硬化された俺の中古の剣にすら勝てない。なんて原始的な戦い。魔法やスキルが一切発動しない、純粋な力と力のぶつかり合い。
ぼろぼろになり、蹲るレザウェルが言う。
「な、何が起きている……、何をした!? エリート、お前、何をしたんだ!!」
「何もしてねえよ、俺はな」
「くっ、覚えていろ。このような蛮行、魔神界を敵に回したお前を絶対に許さない……」
レザウェルはよろよろと立ち上がり、手にした転移石をふわっと宙に投げる。消える幼馴染。そしてここから俺にとっての茨の道が始まることとなる。
「エリート!!」
レザウェルが消え、再び時の流れが戻り始める。ココロが声を上げ、俺へと駆け寄る。
「ど、どうしたの!? 汗だくじゃん!! た、戦うの??」
ココロが離れた場所に立つニッカを見て言う。俺は小さく首を振りそれを否定。そしてココロに言う。
「なあ、ココロ。お前、平和のために戦いたいんだろ?」
「え? あ、うん。そうだけど……」
唐突な質問にやや戸惑うココロ。
「じゃあよお、俺と一緒に大魔王ぶん殴りにいかねえか?」
「え? だ、大魔王!?」
「そうだ。大魔王ぶん殴って叩きつけて約束させるんだ。『人類滅亡なんてするな』ってな」
俺を見上げたまま驚くココロが尋ねる。
「どうしたの急に?」
「俺な、思いついたんだ。俺たち二人で最強になって、あいつら全部ぶん殴って、魔王や大魔王を従えていうことを聞かせる。小さな小競り合いはいい。だが大量虐殺とか滅亡なんかは絶対にさせない。ココロ、お前勇者になれ。クッソ強くなって、俺たちを襲う奴らをぶん殴ってやろうぜ!!」
俺は思いついた。これがココロを殺さずに済む方法。
魔王や大魔王は殺さない。ただ屈服させ厳しく命じる。人族を滅亡させないよう俺たちが見張る。同時にレザウェルら魔神界にも対処する。当然刺客が送られてくる。それを【魔神無効】のココロと共に迎え討つ。
大魔王に魔神界。俺とココロで全て叩きのめしてやる!!
「大魔王? な、なんかちょっと話が急だね……」
少し不安げな顔をするココロ。まあ、当然だろう。大魔王は魔王の上位互換。桁外れの強さを誇る。
「ココロ」
俺は彼女の両肩に手を乗せ笑顔で言う。
「俺が護ってやる。心配すんな」
「……うん、分かった!」
ココロ・ホワンシュガーの護衛。そう、俺の目的は最初から変わらない。こいつを護ること。好きになった女を護り抜くこと。ただ以前よりちょっとだけ、気持ちの入れようが変わっただけだ。




