44.北部魔神ニッカ・ラースゴッド
「ニッカ・ラースゴッド、お前に『護り』の命を与える」
数年前、魔神界で暮らしていたニッカに、魔神評議会より『護り』の使命が告げられた。毎日が退屈。淡々と過ぎる日々。感情に乏しかったニッカは、あまり考えることなく無表情で受諾。勇者候補であるウィルソン・ローズハートと言う男の護衛の為、下界へ降りた。
「シュガルツ王国の騎士団長か。じゃあ、ボクも騎士団に入ろうかな」
物静かで感情はあまり出さないが、聡明だったニッカ。入団試験に一発で合格し、騎士団員となる。
さらにウィルソンに近付くにあたり、別部隊に配属されることを危惧して、あえて武力は隠し文官として才を振るった。発案した改革や作戦が次々と成果を上げ、ついに騎士団長副官という護衛には最高のポジションを手に入れる。
「よろしく、ニッカ。騎士団長のウィルソンだ」
初めて挨拶したその日、ニッカは胸に強い衝撃を受けた。金髪で整った顔。屈託のない笑み。誰にでも公平に接する態度。ニッカはよく分からなかった。この胸の衝撃が一体何なのか。だがその答えは直に明らかとなる。
「はああああああ!!!!」
ウィリアムは強かった。
勇者発現はまだだったが、その強さはもう勇者と変わらないレベル。ニッカが望まないまま、次々と魔族や魔王を倒していく。
「ありがとう、ニッカ! 君の作戦のお陰だよ」
「は、はい……、ウィル様」
子供のような笑顔で自分の頭を撫で褒めてくれるウィリアム。ニッカが彼を好きになるのに時間はかからなかった。
(どうしよう、このままじゃウィル様が勇者になっちゃう……)
『護り』の使命でやって来た下界。ウィリアムは護衛が不要なほど強かったが、その強さ故、勇者発現も近付いていた。
だがそれは今の幸せな生活を終えることを意味する。それは考えたくもない最期。この手で、自らの手で、終わらせることなど想像もしたくない。
そしてある戦いが運命を変えた。
「魔王ヒュカリス!! もう逃げられんぞ!!!!」
騎士団長ウィリアム率いる遠征隊が、魔王城に立て籠もる魔王ヒュカリスを追い詰めた。手下のサンドワームとの死闘。ウィリアム自身も大きな怪我を負いながらも、ついに魔王討伐一歩前までやって来た。
(く、くそ!!!)
勝ち目がないと判断したヒュカリス。僅かな望みをかけ、離れた場所で戦闘を見守るニッカへと近付く。
「あなた、魔神でしょ!! あいつ、勇者になるわよ!!」
(え?)
魔王討伐は勇者候補にとって莫大な経験値となる。既に十分な成果を上げてきたウィリアム。勇者発現にリーチがかかっていた。
彼に同伴している桁違いの強者。ヒュカリスはすぐにニッカが魔神で、『護り』の為に一緒にいると分かった。そしてその恋心も察した。
「いい? ずっと一緒にいる方法を教えてあげる。凍らせて!! 彼もあなたと一緒になることを望んでいるのよ!!」
「え、ウィル様も!? 分かった!!」
恋に純粋だったニッカ。その想いが追い詰められたこの場面で異様な形で燃え上る。ウィルソンの秘めたる想いに応えなきゃ。一緒になりたい。ずっとふたりで永遠を生きたい!!
ニッカは北部魔神の得意とする氷結魔法を発動。辺り一面を氷の世界へと変えた。
「だから、君に何が分かるの? ボクたちの愛が……」
溶け始めた氷結の魔城。両手を斜め下に広げ、ニッカが俺を睨みつける。ミスランドやココロが事態の急変に驚く。幸い彼女らと距離があり、こちらの会話は聞かれていない。俺はココロらを手で制して、ニッカに言う。
「分かんねえよ、そんなもん。相手を氷漬けにして、なにがボクたちの愛だ!」
無表情だったニッカの顔が怒りに変わる。誰にも邪魔されたくない。ずっと二人でいたい。そんな平和を壊す侵入者にもう容赦はなかった。
「小汚い南部の魔神が……、ボクを本気で怒らせたことを後悔させてあげるよ」
魔神界は南部と北部に大きく分けられる。温暖な南部に、冷たい台地が広がる北部。彼らの多くは氷結魔法を得意とし、このような馬鹿げた氷結世界を作り出す。俺は中古の鉄の剣を構え、再度ニッカに言う。
「だからお前じゃ今の俺には敵わねえって」
「ふざけるな……、ボクはボクは……、あれ?」
魔法の詠唱を始めたニッカ。だが全く魔力が集まらないことに戸惑う。俺は剣を鞘に戻し、素早く彼女に肉薄。鞘に入ったままの剣を振り抜く。
ドン!!!!
「きゃ!!」
ニッカが吹き飛ばされ、ウィルソンがいる氷柱に激突。ぐったりとする。
「だから言ったろ? 今のお前じゃ勝てねえって」
「ど、どう言うことなの……」
ニッカは混乱していた。魔法が使えない。ただ殴られただけでこの痛み。経験のない事態に体が震える。俺が言う。
「俺たちはな、今、ただの村人なんだ」
「……え? どう言うこと??」
俺はニッカに手を差し出し、起き上がらせてから言う。
「まあ、それは後ほど説明するが、それよりこの氷、長くはもたないぞ」
俺とニッカは加速度的に溶ける氷を見つめる。ニッカが不安そうな顔で言う。
「一体何が起きているの!? どうしてボクの氷がこんなに溶けているの……?」
まあ、分からないだろうな。その原因がココロであり、魔神の力が無効化されていることなど。俺が氷漬けにされているウィリアムを指さして言う。
「それより決めろ。このままじゃあ、あいつ死ぬぞ」
「ウィル様……」
ニッカが涙目になって溶け始めた氷にいるウィリアムを見上げる。げっそりしている。それもそのはず。負傷したまま数か月に及ぶ氷での監禁。死にはしないものの、その体力は限界を迎えようとしていた。
「でも……」
ニッカは怖かった。この生活が壊れることが。ウィリアムが居なくなってしまうことが。俺が言う。
「考えればいい!! あいつを失わずに、一緒に居られる方法を!!」
「そんなのないよ……」
「ある!! 絶対ある!! 例えば……」
この時の俺はニッカに話すと言うよりも、まあ多分、自分に向けて言っていたのだと思う。
ドオオオオオオオン……
だから焦った。
その突然の訪問者に。ここに居てはならない人物が俺の目の前に現れたことを。
「きゃああ!!」
ニッカが驚き蹲る。その人物は凍った魔城の天井を破壊し、この大広間へと降臨して来た。
「エリート」
体が震えた。なぜこいつが来た? なんで今、俺の前に現れた!? その招かざる客、銀髪に銀縁メガネのイケメン、幼馴染の魔神レザウェル・ゴッドインスチュート。抑揚のない声で俺に言った。
「勇者候補ココロ・ホワンシュガーの勇者発現を確認。『護り』であるエリート・ゴッドラングウェイに命じる……」
混乱した。俺は自分が分からないほどに混乱した。レザウェルが言う。
「ココロ・ホワンシュガーを抹殺せよ」
その言葉が夢であってくれと俺は思った。




