43.氷結の魔城
魔王ヒュカリスと、ガンダス元大隊長の謀略を切り抜けた遠征隊。『死の砂漠』を超えた先に、その見上げるような魔城が姿を現した。
「なんだ、これ……」
皆の感想は、まあそんなところだ。
大きな城がすっぽり氷に包まれている。太陽の光を受けてキラキラと輝くその巨大な氷塊は、この荒野が広がる周囲の景色にあまりにも調和しない。さすがのミスランドもその異景に戸惑う。
「どうなっている……、あの中に騎士団長はいるのか? そうならば行くしかない」
半分ほどに減ってしまった遠征隊。それでも騎士団長ウィルソンを救出したいという思いは変わらない。遠征失敗後になぜか魔王城は消えてしまった。再びこうして姿を現したのは願ってもないチャンス。皆の決意は強い。
(この感覚。まさかな……)
俺は凍った魔城を見つめ、ふとその可能性について考えた。まだ分からない。だが慎重に動いた方が良さそうだ。
よく見ると氷塊の表面が溶け始めている。決して寒冷地ではない場所にある氷塊。その常識とはかけ離れた存在に、何か異変が起き始めている。
「ダメです、副長様! どこにも入り口が見当たりません……」
先に偵察に行かせた兵士たちが戻って来てミスランドに報告する。完全に氷に包まれた魔城。その入り口も氷に閉ざされている。
「破壊はできんのか? ク○カス野郎!!」
なぜ報告をしに来た兵士らにそんな悪態をつく? いや、あの女の場合あれが普通だったな。いつも一人で居るのも理解できる。兵士が恐る恐る答える。
「ふ、不可能です。表面は少し溶けていますが、叩いてもビクともしません……」
「くそっ……」
あからさまに不機嫌になるミスランド。俺はそれを見てああいう上司は持ちたくないなと密かに思った。
「おい、ココロ。ちょっとついて来い」
「え? なに??」
俺はココロに声を掛け、その可能性を検証するために氷の魔城へと歩き出した。勝手な行動をしようとした俺に、騎士団のひとりが声を掛ける。
「そこの冒険者! 無暗に近づくな!!」
「よい。構うな」
「あ、はい……」
それをミスランドが制止。口は悪いが、まあ俺のことは認めているようだ。
「ねえ、どうするの?」
「……」
俺は間近まで迫った氷塊を見上げる。溶け方が加速している。どうやら間違いないようだ。俺は氷塊をコンコンと叩きながらココロに言う。
「剣を抜け。思い切りぶっ叩いてみろ」
「え? 剣で? いいよ」
ココロが青き勇者の剣を抜き、頭上へと振り上げる。それを見た兵士の間で嘲笑が起こる。熟練の兵士が叩き割ろうとしてビクともしなかった氷塊。それがあんな下級冒険者の小娘に何ができる?
ガン!!! ドオオオン……
皆が目を疑った。
屈強な騎士団員がどれだけ叩いてもビクともしなかった氷塊が、ココロの剣によって玩具のように破壊された。キラキラと宙に舞う氷塊の破片。俺は確信した。
「ココロ、城の入口までやってくれ」
「え? あ、うん! 分かった!!」
一番驚いていたのは恐らく当の本人だったのだろう。俺が声を掛けるまで呆然とその様子を見ていたココロが、まるで水を得た魚のように突進する。
「うおおおおおおお!!!!」
ガン、ガガガガガン!!!!
ココロがひとり、巨大な氷塊を叩き壊すように剣を振る。爆音を上げ崩れる氷塊。皆はその異様な光景をただただ呆然と見つめる。
「あ! 空間に出たよ!!」
魔城はすべて氷漬けになっていた訳ではない。城を囲むように巨大なドーム状の氷が覆っていただけだ。つまり魔城自体は入城可。俺は戻って来たココロの頭を撫でながら言った。
「よくやった」
「てへ~」
嬉しそうな表情浮かべるココロ。心配そうな顔でやって来たサヤカもココロを褒める。
パアアアアン!!!
ミスランドが赤い革の鞭を宙で一度鳴らし、皆に命じる。
「よし、いいぞ!! では私に続け!! ゲスイ〇ポ野郎ども!!!!」
「おおーーーーーっ!!!」
ミスランドを先頭に、騎士団、そして冒険者たちが続々と城内へと入っていく。俺とココロにサヤカ、そしてキャロルもそれに続く。
凍り付いた魔王城。それは俺たちに特別な景色を見せてくれた。
「綺麗……」
エントランスに立ち並ぶ柱、シャンデリアに至るまですべてが青白い氷に覆われている。冷たい青の世界。ここは外の荒野とはまるで別世界であった。
俺たちは慎重に城内を進み、そして最奥にある大広間へと辿り着いた。
「あれは、団長!?」
大広間の中央に聳え立つ青く、太い氷柱。その中にシュガルツ王国の誰もがその帰りを待ち望んでいた氷漬けの騎士団長ウィルソンの姿があった。
ミスランドがその名を何度も叫びながら駆け出そうとする。
「団長、団長っ!!!」
「待て」
俺はそんな彼女の腕を掴み、制止する。
「何をする!! 放せ!!」
「落ち着け。あれが見えないのか?」
俺はゆっくりと腕を上げ、その氷柱の横に立つ小さな少女を指差す。ミスランドにサヤカ、そして騎士団の皆が驚きの声を上げた。
「お、お前はニッカ!? まだ生きていたのか……!!」
ニッカと呼ばれた少女。青い髪のツインテールに青白い肌。独特の雪結晶の模様の入った服を着てこちらを無表情で見つめている。俺がサヤカに尋ねる。
「知っているのか?」
「あ、はい。あれはニッカ副官です。団長様の傍に仕え身の回りの世話などを行っていた方です。でもなぜここに……」
なるほど。戦闘員ではないのか。ミスランドが俺に言う。
「魔王が居ない今がチャンスだ!! すぐに団長を助けるぞ! ダメなのか!?」
俺は氷漬けになった騎士団長を見てから、その下で佇むニッカに目をやる。
「少しだけ時間をくれ。あいつと話をしてくる」
「だが……、 あ、ああ。分かった……」
随分と聞き分けが良くなったものだと内心思いつつ、俺は青髪ツインテールの少女に近付く。
「……誰、あなた達?」
ニッカが声を発する。澄んだ声。冷たく凍った世界によく似合う。
「ひとつ聞くが、お前、体がだるくないか?」
「……どうして分かる? 何かした?」
(やっぱりな)
俺は確信した。目の前にいる少女、ニッカと言うこの女、魔神だ。
「何もしていない。俺も体がだるい。それよりこんな所で何をしている?」
ニッカがちらりとウィルソンを見てから答える。
「ウィル様と暮らしているの。それがボクの幸せ。君たちって、まさかボクの幸せを壊しに来たの?」
「そいつが好きなのか?」
ニッカは顔を赤らめて答える。
「そうよ。ボクたちは愛し合ってるの。毎日、毎日、永遠に……」
「『護り』の対象なんだろ? いいんかよ、そんなことして?」
ニッカの顔から笑みが消える。
そう、『護り』にはいくつか制約があり、対象をこのように封じ込めてしまうことは禁止されている。本来彼が倒すはずだった魔王や魔族がのさばり、自然のバランスを崩す。我々魔神が干渉してはいけない領域。ニッカが無表情で俺に言う。
「で、あなた、誰?」
「お前と同じだ」
「……そう」
一瞬ニッカの顔色が曇る。
「ボクを捕えに来たの?」
「まさか。俺たちは、まあ俺はどうでもいいんだが、一応そいつを助けに来た」
俺の視線がウィルソン騎士団長に向けられると、ニッカの顔が厳しくなる。
「それはダメ。ウィル様はボクと永遠に過ごすんだから」
「それは無理だろう。分からんのか?」
俺は大広間にある氷がみるみる溶け始めているのを見つめる。魔神の力で凍らせた氷。【魔神無効】のスキルを持つココロが近づくとその影響力が弱まり、ただの氷となる。だから溶ける。だからココロにだけあの氷塊が破壊できる。ニッカが言う。
「ミミズの魔王も倒したの?」
俺はそれがすぐに魔王ヒュカリスのことだと分かった。
「いいや。注意して退場してもらった」
「……そう。じゃあ、ボクが直接やらなきゃ、だね」
そう言いながらニッカがゆっくりと両手を広げ始める。
「やめとけって。今のお前じゃ俺には勝てねえ」
「バカにしてる? ボク、弱くないよ……」
それは分かる。それなりの強者。だが、今は絶対俺には勝てない。
「じゃあ、教えてやるよ。その理由を」
離れた場所で不安そうにこちらを見つめるココロ。俺は彼女に一度目をやってから、中古の剣を手を抜いた。




