42.それは天然だったのか!?
『死の砂漠』を抜けた先にある旧魔王城。元々ここはヒュカリスの根城であったが、ある日訪れた一行によりこの場所を奪われることとなる。
「ウィル様……」
そして今。広々とした城内。そのすべてが氷で覆い尽くされた大広間。窓から注ぐ柔らかい光を受けて、決して溶けることのない永久氷柱がキラキラと光る。
そこに佇むひとりの青髪ツインテールの少女。広間中央に置かれたその巨大な氷柱に触れ、恍惚の表情で語りかける。
「今日もとても素敵です。ボクはウィル様と一緒に居られるだけでとても幸せです」
少女が氷塊に頬を擦り付ける。
「え? ウィル様も幸せですって? うふふふっ。……嬉しい」
少女の顔が赤く染まる。そして顔を上げ、窓の外を見つめながら言う。
「なにやら砂漠の方が騒がしいですね。またあの魔王が騒いでいるのかな」
少女は再び氷塊に頬をつけ、優しく撫でながら言う。
「でも大丈夫ですよ。誰もボクとウィル様を邪魔することはできないよ。ボクたちは、永遠なんです……」
冷たい氷とは対照的に、少女の顔が再び赤く染まった。
「あ、あなた、まさか……」
顔を青くし、震えながら俺に道を開けた魔王ヒュカリスが言う。
「それ以上言うな。俺には俺の事情がある」
ヒュカリスが脂汗を流しながら尋ねる。
「私を、殺すの……?」
「するわけねーだろ。お前らの事情など興味ねえ」
「……そうね」
魔神は下界での争いに基本関わらない。人族が負けようが、魔族が負けようが、それはひとつの自然淘汰。故に、今日戦いはしたがそれは『護り』の為。ココロの安全が確保されればもう十分だ。
「ひとつ教えろ。魔王城は近いか?」
少し落ち着きを取り戻してきたヒュカリスが頷いて答える。
「ええ、この砂漠を抜けた先にあるわ。でも……」
「でも、なんだ?」
ヒュカリスは軽く首を振って答える。
「なんでもないわ。ねえ、もう行っていいかしら?」
「好きにしろ」
ヒュカリスは呼び寄せた小型のサンドワームに乗り、砂漠の彼方へと消えていく。
(さて……)
俺は振り返り、こちらを呆然と見つめている数名に歩きながら言う。
「今見たことは全部忘れろ。詮索もするな。いいな?」
ミスランドは震えが止まらなかった。全く感じたことのないオーラ。魔王とは全く違う異質の強さ。こんな奴がなぜ遠征隊に混じっていたのか。知りたい。目の前の男が一体何者なのか。
「お、お前は一体、何者……」
「詮索するなと言ったはずだ」
(!!)
吐きそうになる。彼の怒りの覇気に触れるだけで、自分の存在を消したくなるほどの強い恐怖感に襲われる。
俺はゆっくりと歩き出し、砂上で眠っているココロを抱き上げると皆に言った。
「俺の目的はこの女の護衛。それ以上でもそれ以下でもない。とにかく今見たことは全て忘れろ。詮索するな。まあ、約束を違えたら絶望と言う名の死をプレゼントしてやるけどな」
「ひ、ひぃ……」
残っていた数名の冒険者と騎士団員が顔を青くする。脅しはこの程度でいいか。俺は俯き、顔を震わせているSランク冒険者ジェイルの前を通りながら言う。
「お前ももう俺たちに関わるな。いいな?」
「……」
恐怖で頭が混乱しているようだ。
「エリート~!!」
そんな俺に紫髪のキャロルが笑顔で駆けよって来る。
「ねえねえ、私の護衛は~?? 一緒にやってよ~」
「やらねえよ」
「えー、なんで~??」
ぷっと頬を膨らませるキャロルに、俺は舌を出して応える。
「な、なあ、ちょっと聞きたい……」
そんな俺の背後から、副騎士団長ミスランドが声を掛けた。
「なんだ?」
ココロを抱いたまま振り返る。魔力を使い切ってしまったせいか、随分とげっそりしている。ミスランドが尋ねる。
「一緒に騎士団長救出に行ってくれるのか?」
俺はココロを見てから答える。
「どうせこいつが行きたがる。俺はそれに同行するだけだ」
「そ、そうか……」
「これから全員回復してやる。そしたらお前が指揮を執って進め」
「い、いいのか?」
ミスランドはなぜ俺が指揮しないのかと言う顔をしている。
「俺は軍人じゃねえし、興味もねえ。どうでもいいことだ」
ミスランドの脳裏に、以前この男に『魔族か?』と聞いて否定されたことが思い出される。魔族じゃない。では一体何者なのか? 知りたいが詮索はできない。黙り込むミスランドに俺が言う。
「あとひとつ……」
「な、何だ……?」
ミスランドが顔を上げ一瞬嬉しそうな表情を浮かべる。
「お前のその下品な言葉遣い、改めよ」
「は? 何の話だ。誰の言葉が下品だって?」
「……え?」
俺は驚いた。この女、まさか無自覚なのか!? あの耳を塞ぎたくなる醜悪な言葉は天然なのか!? ミスランドが言う。
「私はこれでもシュガルツ王国副騎士団長。日頃から皆の手本になるよう品性や振る舞いには十分気を付けている」
ああ、なんてことだ。これはある意味魔王よりもたちが悪い。それは周りにいた人たちも同じようで、皆今日一番の驚きの顔を見せている。
「ま、まあいい。じゃあ、回復するぞ……」
俺はココロを抱いたまま脳内詠唱を行う。天からキラキラと魔力の粒子がまるで霧雨のように降り注ぐ。
「……あれ?」
体力、そして異常状態をも回復する俺の魔法。眠っていた皆も目を覚ます。
「あ、あれ!? エリート? えっ!! な、なんで!?」
ココロは俺にお姫様抱っこされていることに驚き、顔を真っ赤にする。
「降ろして、降ろして!!」
俺は暴れるココロをゆっくり下ろす。ココロが顔を真っ赤にして言う。
「な、何で意識が……、私にエッチなことしてないでしょうね……?」
「するか!」
俺はため息をつくと同時に、ココロが目覚めたことで襲う気だるさに軽い眩暈を起こす。
(凄すぎる……、あれだけの怪我人が皆、回復している……)
ミスランドは起き上がって来た冒険者や騎士団員を見て驚いた。怪我や体力、異常状態まですべて完璧に回復している。
(一体何者なのだ……、まるで神じゃないか……)
だが詮索は禁止。なぜか本能的にそれは不可侵の領域のような気がした。目を覚ました皆が驚き言う。
「あれ? 魔王は?? サンドワームは!?」
「ミスランド副騎士団長が、倒したのか……!?」
ミスランドは黙ったまま横目で俺を確認。軽く頷くのを見てから皆に言った。
「魔王は討伐できなかった。追い詰めたが、あと一歩と言う所でサンドワームと共に逃亡した!! これ以上のことは聞くな、分かったか!! クソキン〇マ野郎ども!!」
「「お、おおっ!!」」
(直ってねえじゃねえか!!)
俺は相変わらず下品な言葉を吐くミスランドを見て首を振る。眠らなかった者たちもミスランドの言葉に話を合わせ頷く。サヤカが俺の隣にやって来て小声で言う。
「……エリート様、なんですよね?」
「知らねえ」
まあ、彼女にはそれほど隠す必要はないが詳細を話すつもりもない。皆からの歓声に包まれる中、ミスランドが部隊全体の被害状況を確認。皆に命じる。
「これより砂漠を抜け、魔王城へと向かう!! 指揮はこの私ミスランドが執る!! いいか、ゲスイ〇ポ野郎ども!!!」
「「おおーーーーーっ!!!」」
もうどうにでもなれ。俺は再び行軍を始めた部隊を見て、今日何度目か分からないため息をついた。




