37.ココロはやっぱりココロだな。
「こんな光景、見たことない……」
副騎士団長ミスランドですら思わずそう口にした。
純白の飛竜を筆頭に数多の飛竜たちが、その体にロープを結い王国軍の馬車や救護班の人員を運んでいる。『飛竜の谷』と呼ばれるこの深き渓谷。ミスランド自身、何度か渡った別名『強者と弱者を分ける谷』。それがどうしたことか、希望したほぼ全員がこちら側へ渡ってきている。
(あのエリートとか言う下級冒険者。一体何者だ? やっぱただの粗〇ン野郎じゃねえな……)
ミスランドは部下と共に、想像すらできなかった光景をじっと見つめる。
「エリート様、さすがです。もう言葉も出ません」
同じく渓谷を渡った先、その光景を見ていたサヤカが俺に言う。
「大したことはない。あいつが勝手にやっただけだ」
そう言って群れを率いる純白の飛竜を見つめる。ココロが俺に言う。
「ねえ、エリートってさ、めっちゃ弱いけどもしかして魔物使いの才能があるんじゃない? そっちで活躍してみれば? そうよ、それがいいよ!」
どっちで活躍しろって言うんだよ。俺はココロの言葉を聞きながら苦笑する。
「ま、あなたなら当然ね! なにせ私の護衛をするぐらいなんだから!」
すすっと俺の隣に来たキャロルがドヤ顔で言う。いつの間にか看護師の服から冒険者の服装へと変わっている。
「看護師はやめたのか?」
「え? ああ、まあね! エリートの怪我も治っちゃったし、それにあの服だと怪我人の世話しろってうるさいから!」
治療班なら当然だろ、と思いつつため息をつく。そんなことよりサヤカに聞きたいことがあった。
「サヤカ。魔王城まではまだ遠いのか?」
飛竜の上から見た果てしない荒野。魔王城はおろか、建造物さえ見当たらない。サヤカが答える。
「はい。まだ数日……、いえ、馬車がありますので三日もあれば辿り着くかと思います」
馬車がなければ当然徒歩での移動となる。今回馬車を使うことができるが、それでもまだ遠い。途中、休憩できる村もあるとのこと。俺は物資をすべて運び終えた飛竜の頭を撫でてやり、そして再び魔王城への移動を始めた。
「妙な冒険者がいるようですね」
隊の中央、ガンダス大隊長が乗る特別な馬車。ガラス窓から外の景色を見ていた彼に、対面に座った兵士の鎧姿の魔族が言う。
「そうだな。まあ、でもこうして馬車に乗れたんだ。よしとする」
嬉しい誤算。馬が苦手なガンダスにとって、この先も馬車で移動できることは喜ばしいことである。ガンダスが尋ねる。
「死の砂漠まであとどのくらいかかるのだ?」
「この馬車で進めば数日で着くだろう」
「そうか」
ガンダスが再び窓の外の景色に目をやる。魔族がその顔を覗き込んで尋ねる。
「どうした? やはり同じ人族の仲間との別れが辛いのか?」
ガンダスが魔族を睨みつけて言う。
「馬鹿にするな。この俺が新たな統治者となるために必要な準備。他人の心配より、お前もお前の仕事をちゃんとやれ!」
魔族が長い爪を出し、ぺろりと舐めながら答える。
「愚問よ。魔王ヒュカリス様の計画、すべて順調に進んでいる。シュガルツ王国遠征隊は【死の砂漠にて全滅】、何も案ずることはない」
「俺を除いて、だろ」
魔族が低い声で笑いながら答える。
「そうだったな」
「約束を違えるなよ。その為に有能な冒険者をかき集めたんだから」
「分かっている。人族の協力者も必要なことはヒュカリス様も承知の上」
「ふん……」
ガンダスは不満そうな顔して、再び窓の外の景色を眺めた。
魔王討伐隊は、その後も順調に行軍を続けた。
想定外の馬車の利用ができ、予定よりも早いペースで進んでいる。途中、魔物との交戦はあったが移動疲れのない冒険者や騎士団によって次々と撃破。順調そのものであった。
「おっ! お前がエリートか! いや~、マジで助かったぜ!!」
途中で立ち寄った小さな村。その日の夕食の際に、俺は何名のも冒険者にこうやって絡まれた。別の冒険者が言う。
「そうそう。移動も楽だし、こうやって毎日ちゃんとした飯にもありつける。大隊長がお前を連れてきた理由も理解できるってもんだ」
馬車や救護班、物資班が同行できたことで、遠征は王都出発と同じレベルで続けることができた。的確な治療、乾パンなどの行動食でなくきちんとした食事。すべてが皆の活力となって働いた。
「それは良かったな……」
俺は食事を終えるとひとり立ちあがり、外へと歩き出す。飛竜たちが気を利かせてすべて運んでくれたのだが、まあ俺にとってはどちらでもいい。皆が元気で、それでココロの安全性が高まるならそれはそれで悪くはない。ココロが言う。
「あ、エリート、待ってよ! どこ行くの?」
「散歩だ」
「えー、じゃあ私も行く!」
「……」
一緒にいると気だるさが続く。少し村の外を歩いてこようと思ったのだが、まあ中々上手くいかないものだ。
「私も同行致します」
「え? じゃあ、私も行こっかな~」
当然の如くサヤカやキャロルも一緒に来ると言う。『だったらお前らだけで行け』と一瞬思ったのだが、ここに居てもウザい冒険者たちに絡まれるのも面倒なので仕方なしに俺は彼女らと外に出た。
「う~ん、夜風が気持ちいいね~」
外に出たココロが背伸びしながら言う。魔王城に近付く緊張感はないのか。ただサヤカだけはここ数日ずっと表情が暗い。
「思い出すのか?」
「え? あ、はい……」
サヤカにしてみればこの行軍は、言わば敗走の道。騎士団長ウィルソン率いる遠征隊が全滅し、たったひとりこの道を通って逃げ帰った。思い出したくもない行程であろう。
「騎士団長はきっとまだ生きています。だから私が行って、必ず……」
そこで言葉を詰まらせるサヤカ。俺はそれを黙って聞いた。
「おい、下級冒険者」
そんな空気を壊す声が俺たちにかけられる。俺は再びため息をつく。声の主は銀髪のSランク冒険者ジェイルである。
「またお前か。何の用だ?」
そう言いつつも、ココロやキャロルは先の『裸での飛行劇』を思い出し笑いを堪える。皆から笑いのネタにされたせいか、最近パーティを組む女魔導士の姿もあまり見かけない。ジェイルが俺の目の前にやって来て言う。
「調子に乗るなよ、この下級冒険者が!!」
「何の話だ? 俺は疲れている。用がないなら話しかけるな」
ジェイルの顔が怒りで満ちる。
「この俺にとんだ恥をかかせてくれたな。Sランク冒険者のこの俺に!! 絶対貴様に後悔させてやる。忘れるな!!」
ジェイルはそう言うと唾を吐いて立ち去っていく。まあ忘れないだろうな。あの情けない裸移動は。それにしても俺のような下級冒険者との口約束など無視すればいいのに、意外と律儀な面もあるようだ。
「た、助けて、ください……」
ジェイルが去ってすぐ、その弱々しい子供の声が俺たちに聞こえた。皆が村の外にある真っ暗な雑木林に目を向ける。現れたのは人族の子供。腕に怪我をし、ぽたぽたと血を垂らしながらこちらへと歩いてくる。
「どうしたの!!!」
ココロが高速で駆け付ける。サヤカやキャロル、そして俺も面倒と思いながら歩き出す。
「家が、魔物に襲われて……、お父さんを、助けて……」
要約するとこうだ。この少年の家は森で木こりをして生活しているが、普段魔物が出ないような場所で魔物に遭遇。家を襲われ村まで助けを求めに来たとのこと。サヤカがすぐに王国騎士団に報告に向かう。
「はあ? お前、『恥晒しのサヤカ』だろ? 何でお前の話など聞かなきゃいかんのだ!! それにガンダス大隊長はもうご就寝だ。帰れ帰れ!!」
全く話にならない。国民を守るのが騎士団の務め。怒ったキャロルが何か言いに行こうとしたより先に、ココロが動いた。
「待ってて。私がお父さんを助けて来るから!!」
「あ、ココロ!!」
考えるより行動。ココロは単騎、真っ暗な森へと駆け出す。
「私も行くわ!!」
キャロルもフレイムソードを携え森へと入る。もちろんサヤカも魔銃を装備し後に続く。
「やれやれ……」
やはりココロはココロだ。俺が行っても役に立つか分からないが、仕方がないので中古の剣を手に森へと歩き出した。




