36.飛竜王
翌日、まだ東の空がうっすらと赤くるなって来た早朝。副騎士団長ミスランドやSランク冒険者ジェイルをはじめ、簡易テントで眠っていた者たちはその兵士の甲高い声で目を覚ました。
「ぎゃっ!? なんだ、これは!!!!!」
危機感知能力に長けたミスランドやジェイルが真っ先に反応。テントを出て辺りを確認する。
「し、白い飛竜……、まさか飛竜王か……!?」
渓谷から少し離れた幕営地。幾つものテントが並ぶその端で、通常の飛竜の三倍はある大きな純白の飛竜が尻尾を巻いて地面で眠っている。ジェイルや冒険者は手にした剣を、ミスランドも愛用の赤い革の鞭を構え叫ぶ。
「敵襲っ!! 敵襲だ、起きろ!! クソキン〇マ野郎ども!!!」
慌てて起き、駆け付ける冒険者たち。だが相手は畏敬すらする飛竜王。なぜここに居る? 何があった? 緊迫した空気が辺りを包み込む。
「グォオオオオオン!!!!!」
自身への敵意を感じた飛竜王が目を覚まし、首を上げ、翼を広げて咆哮する。
「何だよ……、うっせえな……」
その飛竜王のすぐ横のテント。ぐっすり眠っていた俺は、外の騒がしさで目を覚ました。眠い目を擦りながらテントを出る。ミスランドが大声で叫ぶ。
「お前!! クソキン〇マ野郎!!! 危ないぞ、すぐに逃げろ!!!!」
朝から最悪だ。よりによってあの下品女に名指しで命令されるとは。ミスランドの隣にいたジェイルも俺に向かって叫ぶ。
「下級冒険者!! 早く逃げろ!!!」
最悪は続くもんだ。下品女に続き、勘違い冒険者君も何か俺に叫んでいる。
「エ、エリート!?」
「エリート様……」
近くにあるココロやサヤカ、キャロルも騒ぎに気付いて起き出してくる。そして当然外の光景を見て唖然とする。最悪の目覚めの中、ようやく俺はそれに気付いた。
「おい、何をいきり立っている?」
翼を広げ、大きな牙を剥き出しにして純白の飛竜が周りを威嚇している。これでは騒ぎになるはずだ。俺の言葉に気付いたのか、飛竜王が翼を収め、頭を下げて俺の顔を舐め始める。
「やめろ、気持ち悪い……」
なにせ巨体の飛竜。大きな舌にたっぷりの唾液。あっと言う間に俺の顔はべとべとになってしまった。
「ど、どう言うことだ……」
ミスランドが手にしていた鞭を下げ、俺をじっと見つめる。飛竜たちを統率するリーダーである飛竜王。その圧倒的な強さは昔から言い伝わっており、決して手を出してはならない存在。ココロが俺に近付いて尋ねる。
「エリート、どうしたのこれ!?」
「どうしたも何も、こいつが居ないと向こう側へ行けないんだろ?」
「そ、そうだけど、ええ? 何で、このおっきのが??」
「昨日の夜、ちょっとな」
結果から言うと昨晩、俺は戦わずしてこの純白の飛竜を従えた。
さすが群れを率いる頭。すぐに俺の強さを感じ取り、戦わずして服従した。飛竜王の要求はひとつ。幾らでも物は運ぶ。ただ自分はこの地を守る使命があるため、一緒に行動はできないとのこと。それで十分。端からこいつで移動をしようとは考えていない。
「エリート様、さすがです……」
サヤカも見上げるような飛竜王を見て少し震えながら言う。
「マジで!? エリート、やっぱすごいじゃん~!! ねえねえ、名前はなんて言うの??」
ノリの軽い紫髪の看護師キャロルが目を輝かせて言う。
「ねえよ、そんなもん」
俺は顔をこすりつけて来る飛竜王を撫でながら苦笑する。
「お、お前!! 一体どんな卑怯な手を使ったんだ!!!」
ミスランドから更に距離を取りながら、銀髪のSランク冒険者ジェイルが剣を俺に向けて叫ぶ。同時に飛竜王の鋭い眼光がジェイルに向けられる。
「卑怯も何もねえよ。俺はこいつを手懐けた。それだけだ」
「嘘をつけ!! 何か特別な道具か、魔法か、つ、使ったんだろ!!」
朝日が昇り、金色の光が飛竜を照らし始める。美しく輝く飛竜王。皆はその神々しさに思わず黙って見つめる。
「使ってねえよ。それより、何だっけ? 昨日俺と何か約束したよな?」
「うっ……」
俺が飛竜を手懐けたら、今日の渓谷の飛行を裸でする。脂汗を流しながら黙り込むジェイル。ココロが前に出て言う。
「あー、そうだよ!! エリートが勝ったら裸で飛竜に乗るでしょ??」
「ば、馬鹿なことを……」
「逃げるの逃げるの逃げるの~?? Sランク冒険者様が、あ~~、嘘をついて逃げるんだぁ~~」
キャロルもココロに並んでジェイルを挑発する。皆の前で約束をした。ジェイルの顔が青ざめていく。
「おい、可愛そうだからパンツの着用は認めてやる。そんな粗末なもん、出されたまま移動されても迷惑だからな」
「もぉ、エリートぉ!!」
「エリート様、それ以上は……」
「やっほー、良かったね。下級冒険者に情けをかけて貰って~」
ジェイルが地団駄踏んで答える。
「く、くっそ!! 覚えてやがれ!! お前は絶対この先死ぬ!! 絶対だ!!」
そう言ってぶつぶつ文句を言いながら去って行ってしまった。下等な人族の中でも、特にあいつは下賤な個体だ。俺はそんなことを思いながら、立ち去る銀髪の男の後姿を見つめた。
「おい、お前」
ジェイルが去った後、俺の前に真っ赤な衣装に赤い三角帽、腰に同じく赤い鞭を付けた副騎士団長ミスランドが現れる。さすが副騎士団長。飛竜王の前でも怖気づく様子はない。
「ひとつ聞くぞ、ク〇野郎。……お前、人間か?」
少しの静寂。黙る俺にミスランドが続ける。
「そいつは並大抵の奴じゃ服従など不可能。貴様、確か駆け出しの冒険者だったはず。とてもあり得ない話だ。だから問う。お前本当に人間か?」
まあ、当然そんな疑いは出るはずだ。
「違ったらどうする?」
俺の言葉に周りが凍り付く。相手は遠征軍最強の副騎士団長。その彼女相手に堂々と、ひとつ間違えれば抹殺されるかもしれない問答をしている。ミスランドが腰の鞭に手を乗せ俺に言う。
「仮に魔族だったら、ここで死んでもらう。このク〇野郎」
「グルウウウ……」
ミスランドの威嚇に気付いた飛竜王が唸り声を上げる。俺は飛竜王の体をトントンと軽く叩き、落ち着かせてから答える。
「魔族じゃねえ。それでいいだろ?」
「……そうか。どんな手を使ったか知らぬが、ふん! この遠征に参加した以上、ちゃんと働けよ!! このクソキン〇マ野郎!!」
ミスランドはそう言うと踵を返しテントへと戻って行く。俺は『嫌だよ、バーカ!! ウ○コ野郎!!』と内心毒づいてから、集まってきた皆に言う。
「聞け、お前ら!! 救護班や物資班も、こいつが全部運んでくれる。一緒に行く気概のある奴は準備しろ。無論強制はしない。ただ、最後まで同行する奴は国からたっぷりと報奨金が出る。キャロル姫のお墨付きだ。さあ、行け!!」
何人来るか分からない。ただ、ひとりでも参加する者が増えればこの遠征の成功率が上がる。つまりココロの安全性が高まる。俺がキャロルに言う。
「と言う訳だ。頼むぞ」
「えー、なに勝手に約束してるのよ~!! またパパに叱られるじゃん~~」
「なに言ってる? もうお前がここに居ること自体叱られるんだから、今更ひとつぐらい増えても問題ないだろう」
「あはははっ、そうだね!!」
笑い出すココロ。サヤカも口を手で押さえくすくす笑う。
そして朝食を済ませた後、遠征隊を乗せた飛竜たちが一気に空へと舞い上がる。『弱者』を振るい落とす飛竜の谷。俺は飛竜王の背中に乗りながら、魔王城へと続く荒野を見つめた。




