32.ありがとう
「では、これで出陣式を終える! お前ら、死ぬ気で行け!!!」
「「おおーーーーっ!!!」」
迎えた【騎士団長救出作戦】の当日。指揮を任されたガンダス大隊長の号令と共に、集まった騎士団や冒険者らが威勢の良い声が上がる。
「ふん! こんなチ○カス野郎どもが何人集まっても無意味無意味!! この副騎士団長ミスランドが魔王をぶっ殺し、団長を助ける!!」
真っ赤な三角帽に、赤い衣装を着たミスランドがぎゅっと拳を握りしめて言う。唯一彼女が認める騎士団長ウィルソン。ようやく訪れたその救出の機会に、否が応でも熱くなる。
「さあ、みんな。ちゃちゃっと片付けて、たんまり報酬を貰おうか!」
隊の中央で熱く騎士団を指揮するミスランドとは対照的に、Sランク冒険者であるジェイルは朗らかな顔で冒険者たちに言った。ただ、前衛を任された多くの冒険者たちは冷静に今回の事態を見つめている。
(あの騎士団長が敗北した魔王。一体どんな奴のか……)
冒険者の間でも無敵を誇った騎士団長ウィルソンの名声はもちろん轟いている。その彼が敗れた。しかもほぼ全滅という最悪の結果で。歴戦の冒険者たちは、皆多額の報酬とは別に、経験のない緊張感に武者震いが止まらなかった。
(サヤ姉……)
そして最後方。騎士団の後ろにつくような形で遠征に参加したエリートたち。出陣を前に目に涙を溜めるサヤカを見てココロが心配する。
恐怖。一体何が起こったのか分からないが、以前サヤカから聞いたその遠征の話に唖然とした。
『氷? 周りが全部凍ったの!?』
ココロが初めてその話を聞いた時は耳を疑った。もう少しで掴めた勝利。それが突然の氷により無惨に敗北した。あれからどうなったのか分からない。騎士団長が生きているのかすら分からない。だけど行く。もう一度あの場所へ戻らなければならない。サヤカはずっとそう心に決めていた。
「さあ、行こ!! サヤ姉の汚名返上だよ!!」
明るく振る舞うココロ。俺とサヤカは引っ張られるように歩き始めた。
「ブラックウルフの群れだ!! お、お前たち、戦え戦え!!!」
進軍から数時間。とある平原を歩いていた遠征隊の前に、黒く獰猛なオオカミの群れが現れた。ブラックウルフ。人族を襲う獰猛さ、群れを作って狩りをする厄介な魔物である。
「囲まれてるね! 頭、良い〜!!」
隊の先頭、銀髪のSランク冒険者ジェイルが腰につけた双剣を抜き構える。後ろには相棒の女魔導士。すでに魔法の詠唱を始めている。ジェイルが皆に叫ぶ。
「行っくぜ〜!! 殲滅しろ!!!」
ジェイルの掛け声で四方に散る冒険者たち。彼らに共闘はない。目の前に現れた魔物を片っ端から斬り倒していく。
「ふん、粗○ン野郎どもが!! この私の邪魔をするなよ!! 焼き尽くせ、ファイヤーストーム!!!」
副騎士団長ミスランドも腰につけた赤い鞭を振り回し、得意の火炎魔法を豪快にぶっ放す。
「ギャイーーーーン!!!」
攻撃を受けたブラックウルフたちが、堪らず吠え回る。中央に陣取ったガンダス大隊長が引き攣った笑みを浮かべて言う。
「い、いいぞ。いいぞ、いいぞ……」
実戦の指揮の経験など皆無。政治力と謀略で起こした今回の遠征。『敗ける』ことは分かっているが、まだ今はその時ではない。
「サヤ姉、行ける??」
「もちろんです!!」
ココロの問いかけに、サヤカが新調した魔銃を両手に返事をする。気が重くても魔物が出れば切り替わる。それが元騎士団員であり、冒険者。ココロが俺に言う。
「エリート、あなたは下がってて! 絶対前にでちゃダメだよ!!」
そう言って俺の前に出るココロに、俺が言う。
「心配するな。あの程度の魔物、恐れるに足らず!」
「あぁ!? ちょ、ちょっと、エリート!!??」
俺は中古の鉄の剣を抜き、一直線にこちらに突進してくるブラックウルフを迎え討つ。
(剣を硬化せよ、イシス!!)
俺は先に契約した御影石の正神イシスに頭の中で命じる。ただの鉄の剣。それが石の硬化により一流の切れ味と耐久性を持つ剣となる。
「うおおおおおぉ……、ぉおおっ、おお!?」
振り上げようとした石の剣。だが結論から言えばそれは硬化と同時に鈍い音を立てて地面に落ち、そして全くの不要の長物となってしまった。
「お、重いぞ!! 重いっ!!!」
イシスには悪気はなかった。魔神が使う剣を、彼女が持つ最高の力で石化。切れ味抜群で素晴らしい耐久性を持つ、超絶重い剣が誕生した。
(え!? あ、あの、我が主、どうして……!?)
イシスは混乱していた。なぜ剣を振らない。なぜ地面に落としたままになっている!? 訳が分からないイシス。
そして無防備になった俺はブラックウルフの攻撃をその身に受ける。
「ガルウウウ!!!」
「ぎゃあ!!」
鋭い牙。その真っ白で鋭利な牙が俺の腕を貫く。激痛。神である俺が、こんな下等な魔物に攻撃されている。
「エリートぉおお!!!!」
ザン!!!!
追撃に来たブラックウルフを、そのピンク髪の少女、ココロが高速で駆けつけ一刀両断にした。
「た、助かった……」
俺は心の底から安堵した。神と言えど下界では油断すれば死ぬ。特に今の俺は【魔神無効】によりただの村人。イシスを得たことで強気になっていたが、結局は体力も力もない弱者。こうして最後はココロやサヤカに守ってもらわなければならない。
「エリート、大丈夫!!??」
ココロが俺の腕の傷を見て青ざめる。滴る鮮血。痛みはあるが、それ以上に見た目が酷い。
「し、心配するな。この程度……」
お前が寝てくれれば魔法で瞬時に回復できる。そんなことを思っていた。だから驚いた。
「ごめんね……」
(えっ)
ココロが跪き、俺の頭を優しく抱きしめる。温かい。柔らかくて、良い香りがする。
「私が守らなきゃ行けないのに、ごめんね……」
ココロが涙声になって俺の頭を優しく撫でる。
(……)
俺は全身の力が抜けているのを感じた。生まれた時から混血と馬鹿にされ、蔑まれ、母親以外の愛情を知らずに育ってきた。だからこうやって他人に抱きしめられたり、撫でられたりすることなど経験がなかった。
「私があなたを守るから」
ココロはそう言うと俺の頭をぎゅっと抱きしめ、剣を持ちブラックウルフに突撃する。俺は腕を押さえ地面に蹲ったまま、ただただココロが魔物と戦う姿をじっと見続けていた。
「よーし、お前たち、よくやった!! 我らが勝利だ!!」
しばらくして全てのブラックウルフを撃退した遠征軍が勝利の雄叫びを上げた。騎上で喜ぶガンダス。騎士団や冒険者も初戦を無事に終え喜びに溢れている。
「エリート、大丈夫?」
騎士団の僧侶から治療を受ける俺に、ココロとサヤカがやって来て言った。止血に包帯。応急処置を施された俺が答える。
「大丈夫だ、この程度」
とは言え、相当痛い。早くココロが眠らないかと俺が心の中で思う。ある程度事情を知っているサヤカも心配そうに俺を見つめる。
コン……
そんな俺の頭をココロが軽く叩いた。
「勝手に飛び出しちゃダメ、って言ったでしょ!」
ああ、確かにそんなこと言っていたな。俺は苦笑して頷く。そして今度は俺の頭を撫でながら言う。
「本当に心配したんだから。もう、勝手なことしちゃダメだぞ」
「ああ、すまなかった……」
自然と謝罪していた。考えるよりも先に俺はココロに謝っていた。
「約束、ね」
「あぁ……」
そして同じく自然と言葉が出た。
「ありがとう……」
「いいよ。私は先輩冒険者だからね!」
「そうだったな……」
そう無邪気に笑う彼女を見て、俺も笑いが込み上げてきた。思えばもうこの頃にはすでに、ココロは俺にとって特別な存在になっていたのかもしれない。運命を共にする相手として。




