30.失敗が約束されたクエスト
「やっぱり質はいいですけど、値段は高いですね……」
翌日、俺たちは装備品を整えるために街の道具屋を訪れていた。
ココロやサヤカの防具を新調し、数日後に迫った【騎士団長救出作戦】に備える。ちなみにココロから俺の黒づくめの衣装を『ダサいから買い替えなよ!』とディスられたが、まあ下賤な人族には魔神の気品さが理解できないのだろうと一蹴した。
そして入った道具屋。新型の魔銃を前に、サヤカがその値段を見てため息をつく。
「買えよ」
俺は腕組みしながらそう言った。確かに高い。2丁で魔王討伐報酬が吹き飛ぶほどだ。だが情けない話だがサヤカには頑張って貰わなければならない。ココロが居る時に俺が全く使い物にならないからだ。
「でも、こんなお値段、さすがに……」
「いいじゃん、サヤ姉! 買っちゃおうよ!!」
ココロももちろん同意する。俺の興味はすでにカウンターに置かれた魔弾に移っていた。魔銃が強化されても、魔法を溜めておく魔弾が貧弱ならば意味がない。カウンターに置かれたのは鉄製の量産タイプ。俺は店主にもっと質の良い物がないか尋ねてみた。
「ございますよ。うちで最高級のミスリル製の魔弾でございます」
「ほお……」
店主が取り出した魔弾。それは専用のケースに入った職人が丹精込めてひとつひとつ作り上げた匠の品。加工可能な最高強度のミスリルをふんだんに用いた耐久性抜群の魔弾。俺は磨かれ輝く魔弾を手に取り店主に尋ねる。
「どんな魔法でも込められるのか?」
「無論でございます。この国で手に入る最高級の魔弾でございます」
そう笑顔で答えながらも店主は、ケースから出して魔弾をベタベタ触る俺にやや困惑している。ちなみに魔弾には青や赤などのラインが入っており、それによって何系の魔法が込められているのか判断できる。一応専用のペンを使えば魔法名を記載しておくことも可能だ。
「じゃあ、これを全部くれ」
「え?」
驚く店主。それ以上にサヤカが驚愕した。
「エ、エリート様!? いくら何でも全部と言うのは……」
「構わない。お前には期待している。と言うかやって貰わなければならん」
「は、はあ……」
魔法は俺が込めるから問題なし。結局新型魔銃2丁、ミスリル製魔弾10発、そして量産型魔弾を適当に買ったら、残りは金50ほどまでに減ってしまった。
「あ、ありがとうございます。エリート様、ココロも……」
店を出たサヤカの顔が青ざめている。まあ何せ、この三人が数十年は遊んで暮らせる金額を一瞬で使ったのだから。そんなことはどうでもいい。とにかく俺が役に立たない間、彼女にはココロの守りを頼まなければならない。
「いいっていいって、サヤ姉の為だもん! ……あっ! お金ほとんどなくなっちゃったけど、魔法買うお金もないじゃん!!!」
つまりそれは魔弾に込める魔法を買うお金のこと。通常魔法屋などで依頼することになる。ミスリル製魔弾に込める魔法となると、やはり強力なものになる訳で、当然値段も跳ね上がる。ココロはそこに気付いたわけだ。俺が言う。
「心配するな。後で俺が入れておいてやる」
「はあ? エリートが入れられる訳ないじゃん! そもそも魔法使えるの!?」
(……まあ、そうなるわな)
ココロの前では俺はただの村人。ランクFの新米冒険者。疑うのも無理はない。
「ココロ、心配無用です。エリート様にお任せしておけばいいんです」
すかさずサヤカがフォローする。本当にこの女が居てくれて助かる。ココロは悪い奴ではないのだが、こう色々と疲れる。ココロが俺をじっと見つめる。
「……なんだ?」
「エリートってさあ、素性教えてくれないけど、もしかしてどこかのお金持ちとか?」
「そんな訳ねえ。金は全くない」
「じゃあ、やっぱり魔族なんだ! 陰でこそっと魔法込めるんでしょ??」
「違うって言ってるだろ」
「ココロ、しつこいですよ。エリート様はエリート様なんです!」
俺たちはこんな不毛なやり取りをしばらく続け、結局新しく買った魔弾は俺が全部預かることで話がついた。
「ねえ、君がココロちゃん?」
話がまとまり歩き出そうとした俺たちに、銀髪の剣士風の男が声を掛けてきた。腰には二振りの剣。細身だががっちりとした体形。イケメンであるとともに、かなりの猛者だと見た瞬間に分かる。
「そ、そうだけど、あなたは?」
「あ、ごめんね! 俺、Sランク冒険者のジェイルって言うんだ。魔王案件二つクリアしたって言う凄腕冒険者がいるって聞いてね。挨拶に来たんだよ、ココロちゃん!」
「Sランク冒険者? うわー、すごい。初めて見た!」
Sランク。無論それは冒険者の中でも最高ランクの者を意味する。ジェイルの後ろにいたフードを被った女性が言う。
「ねえ、ジェイル。本当に彼らが魔王案件攻略者なの? とても強そうには見えないけど……」
ふたりの視線が俺に向けられる。当然だろう。何せ今の俺は無敵の村人。Fランク冒険者なのだから。ジェイルが言う。
「そうだね~。何かの間違いだったのかな? それとも死にかけていた魔王にとどめを刺しただけとか? くくくっ」
まあ、あながち間違いではない。半死だったゴブリン魔王を斬り、ただの魔草に戻ったデスプラントを踏み潰しただけなのだから。図星だったのか、黙り込むココロにジェイルが続ける。
「あとさー、ココロちゃんたち【騎士団長救出作戦】に参加するんでしょ~?」
「え、ええ……」
「Dランクなのにどうやって参加できたの? まさかコネ~? 僕も参加するんだけどさー、お願いだから……」
ジェイルはココロに近付き、彼女の顎を右手でぐっと持ち上げ顔を近付けて言う。
「僕の邪魔はしないでね」
パン!!
俺は不思議と、まるで条件反射的にその薄汚い手を叩き落とした。一瞬凍り付く空気。ジェイルがじろりと俺を睨んで言う。
「……なんだよ、お前?」
「消えろ、クズが」
ドフッ!!
「ぐがっ!!」
ジェイルは一歩俺に近付き、無言で腹部に拳を叩き込んだ。Sランク冒険者の拳。残念ながら魔神の力を封じ込まれている俺にとって、それは想像以上の激痛となって俺を襲った。
「がっ、ぐぐぐっ……」
「エリート様!!」
腹部を押さえ、地面に崩れる俺をサヤカが助けに入る。
「ジェイル、やめなよ! こんな街中で!!」
「ふん! 礼儀を知らない下級冒険者に躾をしただけだよ。これも僕たち上級冒険者の務め」
「もお……」
ジェイルは蹲る俺の襟首を掴み、顔を近付けて言う。
「ダサい格好してんじゃねえよ、下級冒険者が!!」
ガン!!!
「ぐはっ!!」
ジェイルの頭突き。俺はそれをまともに受け、軽い脳震盪と共に地面に倒れた。
「エリート、エリート!!!」
ココロが俺の体を抱き寄せ名前を呼ぶ。周囲がその異変に気付きだしたのを察知し、ジェイルが片手を上げて爽やかに言う。
「じゃあね! お願いだから僕たちの足を引っ張らないでね!!」
そう言うと仲間の女魔導士と共に雑踏へと消えていった。
「エリート!!」
「エリート様っ!!」
俺は二人の声に気付き軽く返事をする。
「ああ、すまない。大丈夫だ……」
ココロが俺の頭を抱き締めて言う。
「もう、無茶しないでよ……」
「ああ……」
それ以上何も言えなかった。無力。今の俺ははらわたが煮えくり返るほど、悔しいほど無力。額から流れる血を手で拭き、それを見つめながら俺はこのままではいけないと少しだけ思った。
シュガルツ王国城、大隊長政務室。
間近に迫った【騎士団長救出作戦】の指揮を執る、ガンダス大隊長の専用部屋。重厚な絨毯に、光り輝くシャンデリア。シュガルツ芸術の粋を集めて作られた調度品が並ぶその可憐な部屋の中で、主のガンダスはその来客に渋い顔を向けていた。
「参加者の顔ぶれが芳しくないですね、ガンダス殿」
「……」
腕を組み無言となるガンダス。ひょろっとした細身の体。くせ毛を触りながら答える。
「そんなことはない! Sランク冒険者に、それにミスランドも参加する!!」
三名いる副騎士団長のうちバルザックは負傷の為ブルック村で療養中、ラーズリーも地方遠征に不在。ミスランドだけが参加となっている。
「まあ、いいでしょう。まだ時間はある。どんどん強い奴を集めてください。我々魔族が完膚なまでに叩き潰して差し上げますから」
「わ、分かっている……」
ガンダスは魔族に背を向け、窓の外の景色を見つめる。
「これは『失敗が約束されたクエスト』。まあ、あなたの成功は約束されているのですがね」
「……分かっている。もういいだろう。誰かに見られるとまずい」
「くくくっ、成功の祝杯を楽しみにしていますよ……」
魔族はそう言うと、シュガルツ兵の制服を着て部屋を出て行く。
(俺がトップを取る……)
ガンダスは滲み出る脂汗を拭き取りながら、まだ平穏なシュガルツ城下を見つめた。




