29.なんかちょっと嬉しかった!
王都シュガルツにあるギルド本部。そこにココロの付き添いでやってきた俺は、天空の塔で会った意外な人物と再会した。
「エリート!! 私の専属の護衛になってくれない? 報酬は幾らでも出すからさ!!」
気品ある白の衣装にふわっとした紫髪のポニーテール。そう、キャシーと名乗っていた女剣士だ。ココロが驚いて言う。
「うっそ!? キャシーじゃん!!」
「やっほー、ココロ! 元気してた??」
「うん、もちろんだよ!!」
ふたりはもはや旧知の友人のように手を上げパチンと叩く。
騒然としていたギルド内がキャロル姫の登場により静まり返る。自由奔放なキャロル姫ではあるが、一介の冒険者にここまで仲良くすることはまずあり得ない。次々と現れる重要人物《V.I.P.》を前にギルド長の目は真っ白に、ガンダスも口を開けたまま固まっている。
「ま、まさか彼女がキャロル姫だったなんて……」
サヤカも顔を青くする。天空の塔で何か失礼なことはなかったか。頭を抱えながら必死に記憶をだどる。キャロルが俺に言う。
「でさ~。どうなの? エリート、私の専属護衛、引き受けてくれる??」
サヤカ、そして眼鏡をかけた受付嬢ほか一部の女性は気付いた。キャロルの目が『女』の目になっていることを。俺は黒のマントを靡かせ颯爽と答える。
「断る」
「!!」
そこに居たほぼすべての人が俺の言葉に仰天した。王族の命令。しかも若くて可愛いキャロル姫の専属護衛。これほど光栄な話は他にない。キャロルが俺に近付き、右手を俺の頬に当てながら言う。
「え~、なんで~?? あなたならきっと私を守ってくれると思うのに~」
甘い声。長い間護衛についている兵士ですら聞いたことのないような、甘く男を誘惑するような声。俺はキャロルの手を軽く叩き、ココロの隣に立ってその肩を抱き寄せて答える。
「俺が護る女はこいつだ。以上」
当然の回答。神である俺が『護り』以外の理由で人族の護衛などしない。それが王族であろうが村人であろうが無論関係ない。キャロルの登場以降、ずっと黙っていたミスランドが、腰に付けた真っ赤なムチを取り出し俺に向けて言う。
「おい、キン〇マ野郎!! キャロル姫が言ってんだ。なに断ってんだよ!!」
パアン!!!
そう言ってムチを床に叩きつける。響き渡る乾いた音。一部の兵士はその音を聞いただけで真っ青になる。
「断って当然だ。俺に引き受ける理由などない」
「姫だぞ!? キャロル姫だぞ!! それだけで十分な理由じゃねえか!! このインキ〇野郎が!!!」
ギルドの女性職員らの顔が赤くなる。俺はつくづく今日は不幸な日だと思いながらも、この下品女に答えてやる。
「お前、副騎士団長なんだろ? お前みたいな低俗な奴でも務まるのか?」
「き、貴様……」
ミスランドが怒りの覇気を俺にぶつける。だが魔神の力がなくとも、人族の覇気程度ではこの俺に何の影響も与えられない。
「そもそもお前のような低級冒険者が、なぜ姫の護衛の指名を受けるんだ!? 答えろ、このイカレポ〇チ!!!」
俺はあまりにもレベルの低い会話を前に、思わず懐に入れた転移石を放り投げそうになった。もう限界だ。だが呆れる俺の代わりに、キャロルが答えてくれた。
「ミスランド!! エリートはすっごく凄いんだから!! 彼のような人がこの国にいたなんて驚きなのよ! だから私は彼に守って欲しいの、寝食を共にして……」
再びキャロルの目が女の目となり、俺を見つめる。ココロがキャロルに言う。
「キャシー、お願い! 私たち、騎士団長捜索のクエストに参加したいの。お願い、行かせて!!」
「コ、ココロ!?」
サヤカが青ざめる。相手は王族。仲が良いと言えども、あまりにも無礼な態度。だがキャロルは当然のように頷いて答える。
「いいわ。是非参加して! なんせココロは魔王を二体も倒した凄腕冒険者。それにココロが行けば、エリートも行くんでしょ? こちらからお願いしたいぐらいよ!!」
皆が静まり返る。低級冒険者だと思っていたまだ幼い少女が、魔王案件をふたつもクリアしたと言う言葉に。ギルド長が言う。
「ココロ? そうか、あいつがココロ・ホワンシュガー!! 立て続けに魔王を討伐した今話題の冒険者……」
ピンク髪のまだ幼さも感じる少女。その彼女が魔王討伐を成し遂げた。皆の視線がココロに集まる。
「い、いや、私。そんな大したことはしてないけど……」
特に魔王デスプラントに関しては逃げ回っていただけ。いつの間にか自分が討伐していることになっており正直困惑する。キャロルが言う。
「私が申告者になっておいたから。自信をもっていいよ!」
「あ、それでか……」
魔王案件については信頼できる他者の申告が必要になる。ゴブリン魔王の時はラーズリー副騎士団長、そして今回の魔王デスプランはキャロルがそれを行ってくれたようだ。キャロルがガンダスに言う。
「ガンダス大隊長。ココロたちを騎士団長捜索のクエストに参加させてあげて」
ガンダスは背筋を伸ばしながらも一瞬戸惑い、俯き答える。
「し、しかし、彼女らは……」
「これは私からのお願いよ。今は彼らの力が必要なの。騎士団長を探す為に」
キャロルにそう言われては大隊長ごときでは拒否できない。
「か、かしこまりました……」
「いいわ。あと~、エリートぉ~」
キャロルは再び俺にまとわりつくようにやって来て言う。
「騎士団長を助けたら、その後は私の護衛をやってね! ココロと一緒でいいから~」
「やらねえよ。しつこい」
「え~、どうして~~??」
俺はまとわりつくキャロルを振り払い、ココロとサヤカに言う。
「おい、用事は終わったんだろ? さ、行くぞ」
「えっ、あ、はい!」
「うん、行こっか! じゃあね~、キャシー!!」
ココロが笑顔で手を振る。キャロルもそれに笑って手を振り返す。皆が呆然として見つめる中、俺とココロは何事もなかったかのようにギルドを後にした。サヤカの顔が真っ青だったのは、まあ俺は知らない。
「良かったですね、ココロ」
しばらくして落ち着きを取り戻したサヤカがココロに言う。ギルド長に断られ、クエストの責任者であるガンダス大隊長に否定され、挙句の果てに副騎士団長ミスランドまで怒らせてしまった。最後に登場したあのキャシーがまさかのキャロル姫だったので、辛うじて希望だった遠征同行は認められた。
「う、うん。良かった……」
(ココロ?)
サヤカはいつもとやや様子の違うココロに気付き、少し首を傾げる。普段ならもっと全身で喜びを表し、ずっと喋り続けている。なのに静か。ココロが口を開く。
「ねえ、エリート」
「なんだ?」
ふたりに付いて後ろにいた俺は、振り向き、声を掛けて来たココロを見つめる。
「あのさ、ありがとね。さっき」
「何の話だ?」
礼などされることなどしていない。ココロが少し恥ずかしそうに言う。
「さっきだよ。キャシーより、ほら、私を守ってくれるって言ってくれたこと」
「ん? ああ、そうだな……」
確かに言った。だがなぜそれがお礼に繋がる? 護衛することは前から伝えてあるはずだし、それが俺の仕事。そもそも俺に守られることは嫌だったのではないのか?
「弱いのに、守ってくれるだなんて。なんかちょっと嬉しかった」
「コ、ココロ~!!」
サヤカがココロの顔を両手で掴んでぐちゃぐちゃにする。
やっぱり人族と言うのはよく分からない。ただ、少しだけ恥ずかしそうにする彼女の顔が、しばらくの間不思議と俺の頭から離れなかった。




