26.俺の唯一の弱み
「よく眠っていますね。まさか毒草を食べていたなんて、ほんとココロらしいです」
「……ああ」
俺とサヤカはココロを連れて王都の宿屋に部屋を取った。森で獣や得体の知れない草を食べていたココロ。そのひとつが毒草だったらしく危うく死ぬところだった。
ただそれよりも俺はサヤカの涙の痕。そう、街への立ち入り許可の際のやり取りを思い出しやや苛立っていた。
『身分証を見せろ』
俺たちは王都シュガルツに続く長いつり橋の前で街への立ち入りの検査を受けていた。サヤカに続き、俺とココロの冒険者カードを黙って差し出す。
『サヤカ……、サヤカ・ヴァレンタイン? おい、お前って『恥晒しのサヤカ』じゃねえのか!?』
門兵が冒険者カードと真っ赤な髪のサヤカを交互に見て尋ねる。無言のサヤカ。集まってきた他の兵士もサヤカを見て驚き声を出す。
『本当だ! こいつ、裏切り者のサヤカだ!!』
『どの面下げて戻って来たんだよ!!』
門兵も下っ端ではあるが軍の一員。なぜか軍に罵倒されるサヤカを俺は横目で見つめた。
『……今は冒険者です。ここを通してください』
サヤカの声が震える。できる限り早くココロを休ませてあげたい。そんな思いが俺にはヒシヒシと伝わる。同じく立ち入り許可を待っていた皆が注目する中、門兵が大声で言う。
『本当に言葉通り恥晒しだな!! ふん、絶対騎士団には近づくなよ!!』
『分かっています……』
サヤカは更に罵倒されながら、ようやく街への立ち入りを許可された。俺はあまりにもギャーギャーうるさかったので消し炭にでもしてやろうかと思ったが、ここでまた問題を起こすと面倒なのでそのまま黙ってついて行くことにした。
「お見苦しいところをお見せしました……」
だからココロのベッドの横に座ったサヤカが俺にそう言った時、すぐに先のつり橋のやり取りのことだと分かった。
「何があった?」
後から思い出しても笑ってしまう。興味がなかったのじゃないのか? この女のことなどどうでもいいのではなかったのか? ただその理由は明白。明らかに何かに怯え、ただそれを見せまいと強がっている彼女がそこにいたからだ。
「私、見捨てたんです。みんなを、騎士団長を……」
俯き、目に涙を溜めそう話し始めたサヤカ。俺は窓の外の景色を見ながら、黙って彼女の話を聞いた。
「……だから私は、罵られても、蔑まれても当然なのです。私は、私が悪いのです」
話を終えたサヤカの目からぼとぼとと涙が零れ落ちる。俺はテーブルの上に置かれた焼き菓子をひとつ摘まみ、彼女に手渡して言った。
「気にするな。今、お前は冒険者だ。それでいい」
人族と魔族の争いにいちいち神である俺は介入しない。騎士団長は強かったらしいが、逆に強いと魔王に目を付けられる。そこにどんな悲劇が起きようと俺たちがどちらかに加担することはない。
「違うよ!! サヤ姉は悪くないよ!!!」
俺とサヤカはベッドで眠っていたはずのピンク髪の少女が、顔を上げそう叫ぶのを目にした。
「ココロ? 目が覚めたのね」
「サヤ姉! 私はサヤ姉がそんな卑怯なことするとは思っていないよ!!」
サヤカが涙を拭きながら答える。
「でも、結果的にはみんなを置いて逃げ出したことに変わりないわ」
「だって、だってそれって騎士団長の命令だったんでしょ?」
「うん。だけど人間の感情って、なかなかそう割り切れないものもあるんですよ」
「サヤ姉……」
ココロは何度も繰り返してきたこの問答に、やはり変化がないことに落胆する。
「でもね」
サヤカが笑顔になって言う。
「私、もう逃げないことにしたわ。用があれば王都にだってやって来る。騎士団にだって会う。ココロが望むなら遠征隊にだって参加するわ」
ココロはその顔、その言葉を聞いて心から安堵した。だから言った。
「ありがとう、サヤ姉!! だけど、だったら何でまだその魔族と一緒に居るのよ!!」
ココロが俺を睨みつけて言う。やれやれ。俺はまだ魔族だと思われているのか。
「ココロ。何度も言いますが、エリート様は魔族なんかじゃありません。実際、こうして私がここに無事で居るのが何よりの証拠でしょ?」
ココロが俺の全身を見て言う。
「だって、怪しいじゃん! 全身黒づくめだし、変なマント付けてるし。ダサい黒髪だし」
幾ら寛容な神であるこの俺でも、さすがに怒りの沸点を超えようとしていた。
ぐう~
そんな緊張の空気を笑って壊すかのように、ココロのお腹が鳴る。顔を赤くしたココロが慌てて言う。
「ち、ちがうの! これはちょっと、その……」
なにが違うのか意味が分からない。俺は手にしていた焼き菓子を黙ってココロに差し出す。
「そ、そんなもので買収なんかされないからね!! むしゃむしゃむしゃ……」
そう言いつつも差し出された焼き菓子を受け取り美味しそうに頬張る。
「あ~ん、最高~」
両手を頬に添え、全身で喜びを表すココロ。なんて単純な女だ。こんな馬鹿を俺は護らなければならないのか。
「仕方ないわ。パーティに入れてあげる」
焼き菓子を食べて満足したのか、ココロが指をぺろぺろと舐めながら俺に言う。
「だけどね。あなた、ええっと……」
「エリートだ」
「そう、エリート。あなたはとっても弱い冒険者なんだから、ちゃんと先輩である私の言うことを聞くこと。いい?」
「はあ? 何だそれ……?」
俺は苛ついた。なぜ神であるこの俺がこんな低級冒険者の言いなりにならなければならないのだ。サヤカが驚いて言う。
「コ、ココロ! そんな失礼なこと、エリート様は……」
「ううん。いいの、サヤ姉。新米者にはきっちりと躾けないといけないでしょ?」
「新米者……」
これが下界の試練と言う訳か。すべてが力づくでは解決しない『護り』と言う仕事。不快だが、ここでココロの機嫌を損ねればまた勝手にどこかへ行ってしまうかもしれない。彼女が勇者候補のまま、安寧に、平和に暮らす。それが俺の役目。不本意だが仕方がない。
「……好きにしろ」
これが俺の口から出た言葉。もう半分やけくそになっていた。ココロが手を伸ばし背伸びしながら言う。
「う~ん、ああ、まだ全然足りないわ。サヤ姉、ご飯食べに行こ!」
「え? あ、ええ……」
そして俺の顔を見て言う。
「もちろんエリートの奢りで、ね!」
「コ、ココロ!!」
どうなっている。俺はもうこんな小娘に頭が上がらないと言うのか。暴走させられないという弱みに、【魔神無効】などと言うチートスキル。クソったれたこの下界と言う世界で、彼女は俺の唯一の弱みとなった。




