25.久々の再会
王都シュガルツ。華やかでたくさんの人で賑わうその街の中、そのピンク髪の少女は青い顔をしてギルドの建物へと入って行った。
ぐう~
「ううっ、お腹減った……」
勇者候補と言えども空腹には勝てない。昨日から人助けで貰った果物しか食べていない。さらに昨晩公園で寝ていたら巡回兵に怪しい者と勘違いされ追いかけられる羽目に。
何もかも上手く行かない。ココロは空腹に耐えながらその多くの人で賑わうギルドへと向かった。
(たくさん人がいるな……)
さすが王都。シュガルツのギルド本部だけのことはある。駆け出しからベテラン冒険者。魔法使いに僧侶。モンクや商人までとにかくギルドは人で溢れていた。ココロは大きな壁の前に立ち、多くの依頼書が貼られた壁面を見上げる。SランクからEランクまでとにかく依頼の数が多い。
ここに来た目的はふたつ。【騎士団長救出作戦】についての情報収集と、空腹を満たす日銭稼ぎのクエスト受注の為だ。
「あの、すみません……」
ココロは壁の隅に貼れたEランククエスト【ほっこりダケの採取】の依頼書を手にカウンターで声を掛ける。
「はい、何でしょうか?」
受付嬢も美人だ。くるっと巻かれた艶のある髪に、ほんのり甘い香水の香りが漂う。見事な胸の谷間は男性冒険者向けのサービスだろうか。
「騎士団長救出作戦について聞きたいんですけど」
「ええ、緊急クエストですね」
「はい、そうです」
受付嬢がココロの身なりをじっと見てから説明する。
「こちらはAランククエストとなります。ただ人の集まりが芳しくないので、少し前からBランク冒険者でも参加が可能となりました。失礼ですが冒険者ランクは幾つですか?」
「え……、Bランク以上なんですか……?」
ココロは驚いた。自分はまだ先日Dランクになったばかり。これでは参加はできない。とは言え考えてみれば当然のこと。それだけ危険なクエストなのだから。
ぐう~
開催はまだ少し先。とりあえず今はこの空腹をどうにかしたい。ココロは【ほっこりダケ採取】の依頼書を見せながら尋ねる。
「わ、私はDランクです。緊急クエストはいいので、あの、これを受けたいのですが……」
そう言ってココロが冒険者カードを差し出す。報酬は微々たるもの。ただ食べ物にはありつける。
「Dランクの、ココロ・ホワンシュガーさんですね」
「あの、報酬ってそのまま手渡しで貰うことはできますか……?」
受付嬢が顔を上げて答える。
「手渡し? う~ん、それはできないです」
「ど、どうしてですか……?」
「昔はそのようなこともしていたようですが、なりすましなどの不正が頻発しましてね。今は登録パーティの銀行口座への振り込みと言う形でお支払いしています」
唖然とするココロ。
「こんな小さな依頼でも?」
「はい。依頼の大小は関係ありません」
「……そうなんだ」
がっくり肩を落とすココロ。もうギルドで依頼を受けてもご飯にありつけない。帰ろうとするココロに受付嬢が声を掛ける。
「あの、ちょっと待ってください。ココロ・ホワンシュガーさんって……、あっ!!」
何かを思い出したかのような受付嬢が引き出しの中から書類を取り出し確認。ココロに言う。
「ココロさん! あなた、魔王デスプラントを討伐された冒険者さんですよね?」
「え? 魔王デスプラント……?」
何の話かよく分からない。興奮気味の受付嬢が続ける。
「匿名のとある方からの申告がありまして……。おめでとうございます! 冒険者ココロ・ホワンシュガーさんに魔王デスプラント討伐報酬が出ていますよ!」
魔王デスプラント。ようやくココロの脳裏に天空の塔で遭遇した植物お化けのことが思い出される。
「あ、でも、私……、多分倒していないので……」
「いいえ。申告者は大変信頼のおけるお方です。報酬は金500! もう口座に振り込まれていますので、どうぞお確かめください!!」
「……あぁ、そうですか」
よく分からないが、どうせ貰えない大金。ココロは興奮する受付嬢に別れを告げ、ひとりギルドを出る。
(お金は無理っぽいな。こうなったら自分で狩るしかない!!)
ギルドの依頼は意味がない。ココロは空腹を満たすため街を出て、ひとり森へと向かった。
「近いな。サヤカ」
「はい。あの森のどこかにいると思います!」
俺とサヤカは王都シュガルツに向けて高速馬車の客車に揺られていた。ココロの強い気配を感じ取ったのが一昨日。場所は王都近郊の森。何をしているのか分からないが、ようやくあのおてんば娘に追いつく。
「あの森に魔物は出るのか?」
俺の問いにサヤカが答える。
「出ます。ゴブリンやスライム、小型のオークなどですが」
彼女は元王国騎士団。当然この辺りの事情に詳しい。それよりも俺はサヤカの顔色の悪さに気を取られた。
「何か心配事でもあるのか?」
俺にしては珍しい質問。なぜこんなことを聞いたのか今なお分からない。
「あ、いえ……、大丈夫です……」
言いたくないなら話さなくてもいい。これ以上聞くこともない。俺とサヤカは王都手前で下車すると、目の前に広がる森を見つめた。
「ここにいるな」
まだ発動はしていないが、例の形容しきれぬ気だるさを感じる。サヤカが頷いて応える。
「はい! じゃあ、探しましょう」
俺とサヤカは静かに森へと足を踏み入れた。
「はあああ!!!!」
ドン、ドドドオオン!!!
森には魔物がいた。ただ王都に近い為かどれも低級ばかり。面倒だったからすべてその対処をサヤカに任せた。
「魔弾はまだあるか?」
「あ、いえ……、そろそろストックが……」
俺はサヤカから空になった魔弾を受け取ると、黙って魔法を充填し始める。大半が低級魔法。最高でも先のフレイムボムが限界だ。彼女の持っている安い魔弾ではこれが耐えられる限界。金があればもっと質の高い魔弾を買うべきだ。
「この辺りは新米団員の練習の場になっているんです」
魔弾を銃に装填しながらサヤカが言う。
「団員ってのは騎士団のことか?」
「はい。私も入団したばかりの頃はここで訓練しました。ここでの戦いの中から才能と適性を見定められ、その後各部署への配属が決まります」
懐かしさの一方、彼女の表情が曇る。
「うっ……」
そんな俺に例の気だるさが強く襲う。
「近くにいるぞ……」
「ココロですか!? 了解です!!」
彼女の【索敵検知】も強い気を発しないと探せない。俺とサヤカはゆっくりと森の道を進む。
「あっ!! いましたわ!!!」
ココロはすぐに見つかった。森の奥の草の上で倒れるように眠っている。
「ココロ、ココロ!! 大丈夫ですか!!」
サヤカが慌てて駆けつけココロを抱き上げる。
「うっ、ううっ……、サヤ姉……」
俺は気だるさの中、冷静に辺りを見回した。
(何かの草に……、それから獣でも食ったのか?)
ココロの周りに置かれた食用可能な草。それに何かの動物を捌いて食べた後がある。
(それにしてもなんてみずぼらしい姿だ……)
顔は可愛らしい。だがピンクの髪は汚れ乱れ、衣服もボロボロ。顔や腕など至る所に獣の血痕が付いている。これが人類の希望となる勇者候補か。俺は立ったままサヤカに介抱されるココロを見つめた。
「サヤ姉、お腹……空いたよ……」
「ちょっと待って。携帯食がありますから」
サヤカが鞄の中から紙に包まれたサンドイッチを取り出しココロの口へ運ぶ。それを無意識に食べるココロ。サヤカは水と交互にココロに食べさせた。
(あ、気だるさが消えた……)
それはつまりココロの意識がなくなったことを意味する。サヤカが顔を上げ俺に言う。
「眠ってしまいました。どうしましょう?」
「街に行くしかねえだろ」
「……そうですね」
まずは彼女の休息が先決。なぜこんな森の中でくたばっていたのか。まあそれはいいとして、今後俺が同行する旨をきちんと理解させなければならない。
「では行きましょうか、エリート様」
「うむ」
ココロを背負って立ち上がったサヤカ。その目にはうっすらと涙。俺はこの時、まだ彼女のその涙の意味を全く理解していなかった。




