23.案外、この世界も悪くないかもな。
俺とサヤカ、そしてキャシーは転移装置を使い、あっという間にブルック村の少し外れた森へと移動した。静かな森。鳥の鳴き声が聞こえる穏やかな空間。先ほどまでの悍ましいデスプラントの巣窟とは別の世界のようだ。
「村に戻るか。サヤカ、ココロは居るか?」
「はい、確認します……」
サヤカがスキル【索敵検知】を発動。そしてすぐに首を振って答える。
「強い気は感じません。多分近くにはいないように思います」
「そうか」
魔神の力が溢れている。ココロがもう村にいないことは何となく分かっていた。俺が言う。
「一旦村へ戻る。どうでもいいことだが、お前も一応送り届けてやる」
俺の言葉に反応したキャシーがやや狼狽しながら答える。
「あ、ありがとう。あのね、さ、さっきの言葉はあまり本気にしないでね……」
「何の話だ?」
俺は歩きながらキャシーにそう答える。一体何を言っているのだ。俺とこの女はまともに話したこともない。
「あ、うん。いいのいいの。気にしないで!」
するはずもない。全く興味もない女。今度はサヤカが俺に尋ねる。
「あの、エリート様。正神とは一体何でしょうか……?」
正神。確かにこいつら人族にはその概念はない。俺は簡単に説明した。
「正神って言うのは、言ってみれば神だ。さっきのジジイも一応神。まあ、ただの草の神だが」
「か、神様……、ですか!?」
「そうだ。低級の神だ」
「……」
正神とはその名の通り神を意味する。万物に宿る神で、その種類も形態も様々。さっきのジジイは多分何かの薬草の神の類で、あそこに棲みついているのだろう。上位神である俺たち魔神とは格が違う。ただ、奴らはその数だけは圧倒的に多い。キャシーが尋ねる。
「な、なんでエリートはその神様にあんなに偉そうなの?? あなたって一体何者??」
それについてはサヤカが人差し指を口に当て、キャシーに答える。
「詮索は不要ですよ。秘密です!」
「またそれ〜??」
残念そうな表情を浮かべるキャシー。サヤカと言う女、想像以上に便利なのかもしれない。
「着いたわ! ブルック村」
感慨深くサヤカが言う。数日だが、随分長く感じたのだろう。そしてここは俺の生まれた場所。まあ、全く覚えていないが。俺がふたりに言う。
「サヤカ、お前はあの少女の家を探してココロのことを聞いて来い。お前は好きにしろ」
「わ、分かったわ……」
「あ、はい! ……それで、エリート様はいかがされますか?」
そう尋ね返すサヤカに俺は少し間を置いてから答える。
「ちょっと野暮用があってな。後で俺も行く。じゃあな」
「はい……」
何か言いたそうなサヤカを残し、俺は村の中央へと歩き出す。そしてその所用を済ませると、人気のない場所に行き、転移用の石を放り投げる。
「ふう……」
俺は随分久しぶりに見る、その故郷の風景を前に思わず気が緩む。暖かな気候、木々に溢れた大地、争いのない平和な世界。そう、ここは俺の故郷である魔神界。
「あ、エリートじゃん! いつ戻ったの??」
そんな俺に気付いた母親がやって来て声を掛ける。
「今さっきだ」
「そうなの? 『護り』は? ちゃんとやれてる??」
「まあまあ、かな……」
それについては誤魔化すしかなかった。何せまだまともに接触もできていない。会えば『魔族だ!』と言って殴られる。とてもそんな話はできない。
「そんなこと今はいい。それより下界の土産を買って来た」
俺はそう言うと、テーブルの上にブルック村で買った焼き菓子を置く。
「あっ……」
母親もその意味に気付いたようだ。すぐに笑顔になって俺に言う。
「ありがとう! 私、これ大好きなんだ」
「ああ」
それ以上の言葉は要らなかった。俺は母親の潤んだ眼を見てすべてを理解した。
「美味しい~!! やっぱり本場は違うわね~」
涙目でその焼き菓子を頬張る母親。俺も黙ってひとつ口に入れる。
「美味い……」
これが父親の味。ふたりが結ばれた大切な焼き菓子の味。俺はしばし無言でそれを頬張った。
「ねえ、エリート」
紅茶を入れてくれた母親が俺に言う。
「あなたはあなたの好きなようにしなさいね。私のことは何も考えなくてもいいから。自分の決めたことを貫きなさい」
「何のことだよ。意味が分からんぞ」
「いいの。今はいいから」
俺は結局最後まで母親の言葉の意味が分からないまま家を出た。母親の笑顔。俺はそれを見られただけで十分だった。
「戻ったぞ」
俺はすぐにまたブルック村へ行き、金髪の少女の家を聞き向かった。俺に気付いたサヤカが駆けつけて言う。
「エリート様、お待ちしておりました!!」
「うむ」
俺が訪れた部屋。そこには想像通り金髪の少女のルキアと、その母親がベッドに横たわっていた。俺に気付いたルキアが言う。
「おじさん、ありがとう! ココロさんを助けてくれたんだね!!」
「おじさん、だと……」
俺は内から湧き出す怒りを抑えながらも、彼女の母親に目を奪われる。
(母さんそっくりだな……)
そう、俺の母親ラーニャにそっくり。だからあのデスプラントは再びこの女を攻撃したのだろう。魔神の再来と勘違いして。ルキアが言う。
「まだ、目覚めないんだ……」
ココロが持って来てくれた薬草を煎じて飲ませたらしい。絶対大丈夫とココロは言っていたらしいが、今のところ変化なし。当然だ。あいつが持ってきたのはそこらの道具屋で売っているただの毒消し。効くはずもない。
「それでココロはどこ行った?」
俺の質問にサヤカが答える。
「はい。ココロはこれを見て、飛んで行ったそうです」
そう言って差し出された一枚の紙きれ。それはギルドが緊急招集をかけた特別クエスト。
【騎士団長救出作戦、決行!! 猛者を求む!!】
行方不明になったと言う騎士団長を救助する緊急クエスト。腕に覚えのある冒険者を集っているらしい。それを見ながらサヤカの表情が曇る。
(確かサヤカはこの騎士団長と何かあったとか言っていたな……)
過去のことは知らない。だが、これを見てココロがサヤカの為にまた暴走している可能性は十分にある。
「追うぞ」
「はい!」
俺はチラシをサヤカに返し、部屋を出ようとする。そんな俺にルキアが言った。
「あの、ありがとうございました!!」
俺は立ち止まり、背を向けたまま彼女に答える。
「母親のことは心配するな。なにせ勇者が持って来てくれた薬草。必ず効く」
「は、はい!」
ルキアは涙目になってそれに答える。俺は彼女の家を出てから、静かに状態回復魔法を唱えた。
「さて、行くか」
「はい! あの、でも……」
サヤカが何か言いたそうな顔で俺を見つめる。
「なんだ?」
「あの、最後に焼き菓子を買って行ってもいいですか……?」
おどおどするサヤカ。俺は自然と笑みになりそれに答える。
「無論だ。俺も嫌いじゃない」
「はい!」
俺は飛び跳ねるようにして喜ぶサヤカを見てなんだか少し嬉しくなる。
(案外、この世界も悪くないかもな……)
俺はルキアの家から聞こえる喜びの声を耳にしながら、そんなことを思った。
魔神界の中央にある神殿。その内部で魔神評議会によるある会議が開かれていた。
「報告します。勇者候補対象ココロ・ホワンシュガーに、一時的に【勇者反応】あり。緊急議題とします!!」
「護りは、エリートか?」
「はい」
老人のひとりが鼻で笑って言う。
「やはり混血のクズには荷が重いか」
別の老人が皆に尋ねる。
「発動するか?」
そこに居た全員が頷いて応える。老人が言う。
「ではここに、ココロ・ホワンシュガーを勇者と認定し、その排除、抹殺を決定する!! レザウェル、前に出よ!!」
「はっ!!」
銀髪に銀縁メガネ。銀のマントを纏ったイケメン。エリートの幼馴染であるレザウェル・ゴッドインスチュートが前に出て片膝をつく。老人が言う。
「下界に向かい、エリート・ゴットラングウェイに新たな命を伝えよ!!」
「はっ!!」
魔神界での重い決定。その悲報が幼馴染によってエリートに伝えられようとしていた。




