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勇者の護り、ココロのお守り。  作者: サイトウ純蒼
第二章「案外、この世界も悪くないかもな。」

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22.焼き菓子職人エリック・ゴットラングウェイ

「じゃあ、ラーニャ。行ってくる」


 その昔、ブルック村で焼き菓子職人として名を馳せた若き男、エリック・ゴットラングウェイは愛する妻の為に決断した。


「……行か、ないで」


 ベッドには見たこともない呪いの毒で臥せる最愛の妻ラーニャ。黒髪の美しい女性で、自分の作る焼き菓子がきっかけで結ばれた伴侶。エリックがラーニャの手を握り優しい声で言う。


「心配ない。きっと塔の上にあると言う秘薬を取って来るから。約束だ」


 ラーニャは混濁とした意識の中で、不甲斐ない自分を責め続けていた。魔神である身分を隠して一緒になった相手。その彼を自分のために危険な目に遭わせる。なぜか知らないが、魔神の力が使えない今の状況を恨めしく思った。


「すぐに戻るから!!」


 エリックは元気に出て行った。

 結ばれたばかりの頃、彼には内緒で魔神の加護を付与しておいた。大抵のことでは死なない。ただ絶対ではない。ラーニャはベッドの中でエリックの無事を祈り続けた。




「……ラーニャ。戻ったよ」


 何日経ったのか知らない。時々眠ってしまっていたラーニャは、その最愛の人の声で目が覚めた。


「うっ、うう……」


 だが呪いの毒の進行によりまともに会話もできない。ただただ彼が煎じてくれた薬を苦しみながらも飲み込んだ。



(あっ……)


 意識がはっきりとした。体に力が湧いてくる。究極薬草エリクサー。彼が取って来てくれた薬は、この世界の最高の薬だった。



「エリック、ありがとう!! 私、もう元気に……」


 体を起こして喜びを告げるラーニャ。ただその表情が一瞬で変わる。


「エリック? エリック!!!!」


 薬を届け飲ませたエリックは、もうそれ以上の力は残っていなかった。ラーニャのベッドの上で伏せたまま息を引き取ったエリック。ラーニャは彼を偲び一晩中涙を流した。




「おぎゃあ、おぎゃあ!!!」


 その数日後、産気づいたラーニャは無事に男の子を出産した。村の老婆がラーニャに尋ねる。


「名前はどうするね?」


(名前……)


 ラーニャは涙と共に、エリックの言葉を思い出す。



『僕とラーニャの子だ。絶対すごい人間になるぞ。だから、そうだな。もし男の子だったらエリートって名前にしよう!!』


 その時は笑って聞いた話。だが今は思い出すだけで涙が止まらない。



「エリート。この子はきっとすごい子になります。だからエリートって名前にします」


 その後、ラーニャは幼子を連れて村から姿を消す。



(愛するエリック。この村は大好きだけど、あなたとの思い出がありすぎて耐えられないわ。魔神界に帰ります。エリートのことは心配しないで……)


 彼女が持って行った荷物。それはエリートが丹精込めて作った村の名物、後にブルックと呼ばれる焼き菓子だけであった。






「数百年前にここに来た人族の男、彼の名はエリック・ゴットラングウェイと言いました」


 俺はその名前を聞いて鳥肌が立った。それは俺の人族の父親の名前。では、あの村に伝わる伝承は父親だったと言うのか!?


「爺さん。その彼が持って帰って、薬草を与えた女性の名前は……、知ってるか?」


 緑の襤褸ぼろを着た老人が頷いて答える。


「もちろん覚えていますよ。エリックが何度も口にしていたので。ラーニャと言っていました。黒髪の美しい女性だったとも」



(やっぱり母さんじゃねえか……)


 俺はその名を聞いて崩れるように跪く。


「エ、エリート様? どうされて……」


 心配したサヤカが声を掛ける。だが俺の目から溢れる涙を見て、サヤカとキャシーが無言となる。



(父親なんてクソだと思っていた。きっと優しい母さんを騙して……)


 そしてどこかに消えたと思っていた。生まれてから一度も父親の話などしてくれなかった。だから悪い奴だと決めつけていた。だけど……



 ――命懸けで母さんを救ってくれたんじゃねえか


 人族がひとりここに登ってくるなどそれは想像を絶すること。伝承では薬を届けて亡くなったとあったが、本当に命を懸けて母さんを守ったことになる。



「焼き菓子……」


 俺は母さんがよく焼いてくれた焼き菓子を思い出す。あれは、まさか父が作ってくれていたブルック村の焼き菓子。老人が俺の言葉に気付いて言う。


「焼き菓子がお望みで? あちらにございますよ」


 そう指さす先にある白のテーブル。その上の皿に置かれた見慣れた焼き菓子。俺は走ってテーブルに向かい無我夢中で口に入れた。



「これだ……、まさにこれじゃねえか……」


 母さんが焼いてくれた菓子。全く同じもの。母さんと父さんを結び付けた大切な焼き菓子。俺は幼い頃から知らず知らずのうちにそれを食べていたんだ。老人が言う。



「深くはお尋ねしません。わしもブルック村の焼き菓子が大好きで、時々お忍びで買いに行ってるんですよ」


 そう言って老人は笑みを浮かべて転移装置を指さす。飛び回っていた妖精たちもそれに合わせるように言う。


「焼き菓子大好き。焼き菓子大好き。エリック、大好き~!!」



「爺さん、もうひとつ聞く」


 俺は涙を拭き、老人の方へ歩きながら尋ねる。


「下で飼っていた雑草。あれはあんたが育てたんか?」


 老人は禿げた頭に手をやりながら答える。


「う~ん、ちょっと違います。元々あそこに棲みついていたデスプラントですよ。ただ、究極薬草エリクサーの噂が広がって塔を荒らす者が増えたので、ちょっとだけ強化しました」


 塔の入口に結界を張り、デスプラントを門番にする。なるほど、()()の考えそうなことだ。


「くだらねえことすんじゃねえ」


「申し訳ございません」


 老人が頭を下げる。それを見ていたキャシーがサヤカに尋ねる。



「ね、ねえ。エリートって『俺様キャラ』ってのは分かるけど、何で初対面のお爺さんにあんなに偉そうにしているの? お爺さん、絶対偉い人でしょ!?」


 サヤカが笑って答える。


「詮索は不要です。エリート様はエリート様なのですから」


「??」


 首を傾げるキャシー。俺が続ける。



「あと、ここにピンク髪の少女が来なかったか?」


「来ましたよ。元気のよい子で、まるで台風のようでした」


 老人が笑いながら言う。


「もう村へ行ったのか?」


「はい。そこの毒消しを持って帰りました」


 魔神の力が戻っていると言うことはココロはもうここに居ない。俺は念の為、ココロが持って行ったと言う毒消しについて尋ねる。



「それはどんな薬草だ? 呪いの毒にも効くのか?」


 老人はやや驚いた顔でそれに答える。


「いえいえ。あれはただの毒消し。呪いの毒を消す究極薬草エリクサーは、さっきあの子に使ってしまいましたよ。もうここにはありません」


 究極薬草エリクサーは本当に貴重な薬草だ。数百年に一度生えるか生えないかと言う品物。最後のひとつをココロに使ってしまった訳か。俺が老人に言う。



「分かった。俺はもう行く。あまり馬鹿なことはするなよ」


「かしこまりました。お気をつけて。どうぞ、転移装置をお使いください」


「うむ」


 俺はサヤカとキャシーに帰る旨を告げ、転移装置へと歩く。老人が頭を下げて言う。



「またのお越しをお待ちしております」


「もう来ねえよ。あ、そうだ。下でゴリラとその部下がくたばっている。暇だったら見て来てやってくれ」


「仰せのままに」


 頭を下げる老人。それにキャシーが手を振って応える。俺たちは一瞬で、ブルック村へと戻った。

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