21.やっぱりココロは暴走する。
「うそだ……、なぜお前がこんな所に……」
デスプラントは初めて体の震えを感じた。圧倒的な力。直接対決では勝ち目はない。
ただ少しだけ魔が差した。ここは自分のホームグラウンド。万が一があるかもしれない。
「し、死ねーーーーーっ!!!」
デスプラントのすべての触手が、一斉に俺に向かって飛んできた。俺は小さくため息をついてから言う。
「愚か者が。少しばかり痛い目に遭ってもらうぞ」
魔神に対する攻撃。それを決行した以上、それ相当の償いをしてもらう。
「ウィンドカッター」
俺が唱えたのは風魔法でも最低クラスの魔法。だが皆の目に、その奇跡ははっきりと映し出された。
シュンシュンシュンシュンシュン!!!!
空間に生み出された三日月状の無数の風の鎌。それがまるで精密機械のように、的確にデスプラントの触手をひとつひとつ切り裂いていく。
「う、うそ。こんなの有り得ない……」
最低ランクの風魔法。それだけであの魔王相手に無双していく。キャシーは自分の触手が見事に断ち切られ、床に座りながら、その曲芸のような風の交響曲を黙って見つめた。
「アガッ……、ウグググ……」
対照的なデスプラント。すべての触手やつるを切断され、残るは本体である太い幹のみとなってしまった。俺はキャシーとサヤカに背を向けたまま言う。
「回復してやる。じっとしてろ」
(え?)
キャシーは自身の体内から毒が消えていくのと同時に、怪我の治癒、そして強力な体力の回復を感じた。異常状態と体の同時回復。しかも無詠唱。もう何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。
「ありがとうございます! エリート様!!」
サヤカはそれに対してごく当たり前のように礼を言い、キャシーの手を取り言う。
「さあ、下がってましょう。エリート様が締めますから」
エリート。こんなに強いのに、その名前を一度も聞いたことがない。他国の戦士か。それとも神か何かか。彼の放つ不思議なオーラを感じ、キャシーはココロが魔族だと言っていたことを全面否定した。
「仕置きだ、雑草」
俺はゆっくりとデスプラントに近付きそう言った。
「ゴ、ゴメンナサイ。殺さないで……」
もはや戦意喪失。ただちょっとだけ強くなった雑草程度が、魔神に楯突こうなど笑止千万。俺はデスプラントの幹をガシッと掴むと低い声で言った。
「殺しはしない。ただの草に戻れ」
俺はそれと同時に右手から黒い炎を発現させる。痛くもないし熱くもない炎。ただ、魔草に取り憑いた魔を焼き尽くす。
ゴオオオオ……
俺の手の中で焼かれ、小さくなっていくデスプラント。やがて数十センチほどのただの魔草となった。俺は天井を見上げひとりつぶやく。
「さて、こいつについて、上にいる奴に問いたださねえとな」
塔に棲みついた魔草。村の伝承、俺を見て誰かと間違えた件。多分知っている。この上に住む正神が。
「ほお~、こんな女の子が辿り着くとは! これはびっくり」
這う這うの体で最上階に辿り着いたココロを待っていたのは、緑の襤褸をまとった不思議な老人だった。剥げた頭に生えた赤い花。とても人間には見えない。
「ここに……、呪いの毒を解く、薬草ってありますか……?」
ココロは自分よりも先に、ルキアのことを思った。足の痛みと毒で頭がぼうっとしてよく分からないが、この爺さんなら持っている。そう思った。緑の老人が答える。
「まあ、あるにはあるが……、それよりちょっと待ってなさい」
老人は緑豊かな庭園の隅に生える七色の草を採り、手早く煎じてココロの所に戻る。
「お爺様~、それは~」
老人の周りを飛んでいた妖精たちが、やや驚いて言う。
「いいんじゃよ。薬草は使う為にあるんだから」
「そうなのですね~」
妖精は嬉しそうに老人の周りをクルクルと飛び回る。
「さ、これを飲みなさい。楽になるはず」
「あ、ありがとう……」
ココロは老人が飲ませてくれる薬を黙って飲んだ。
「え!?」
同時にはっきりと目が覚め、体に力が湧いてくる。紫色だった肌も血色の良いピンク色に戻り、体が軽くなった。足の怪我も治癒していく。ココロが尋ねる。
「すごい、すごい!! 体が……、毒が消えた!!」
「良かったね。さ、あちらに焼き菓子があるから、一緒に……」
「ねえ、お爺さん!! 毒消しってある??」
ココロは老人の手を握り、大きな声でそう尋ねる。
「え? 毒消し? あるにはあるが……」
「どこ!!」
「あれがそうだけど……」
老人が指さす先、青色の薬草が生えている。
「ちょっと貰っていい?」
「いいけど、それは……」
「ブルック村でこれを待っている人がいるんだ!! すぐに戻らなきゃ!!」
ココロは興奮と高揚である意味取り乱していた。ようやく辿り着いた最上階。呪いの毒を受けても回復した薬草。やっと手に入れることができた。ルキアの喜ぶ顔が浮かぶ。老人が言う。
「すぐに戻るのか? なら、あそこに転移装置があるので村にはすぐに帰れる。わしも時々村に行って焼き菓子を……」
「えー、マジで!? すごいじゃん、お爺ちゃん!! 後で貸して! お願いね。また戻って来るから!!」
「え……」
ココロはそう言い残すと、登ってきた階段を一気に下り始めた。老人は呆気にとられながら言う。
「台風みたいな子だったな……」
妖精は老人の頭に咲く花にゆっくりと水をかけた。
「サヤ姉、キャシー!! 毒消し持ってきたよ!!!!」
ココロは直ぐにデスプラントと対戦したフロアまで戻って来た。サヤカとキャシーを死なせる訳にはいかない。この呪いの毒を消す薬草をふたりに使いたい。その思いで全力で駆けて来た。
「あれ……?」
だがそこに見た光景はなぜか消えてしまったデスプラントと、何かを話すサヤカとキャシー、そして黒髪の男の姿だった。
「あ、ココロ! 戻って来たんだ!!」
最初に気付いたキャシーがココロを見て言う。サヤカも安堵した顔で言う。
「ココロ、良かった。無事でしたのね……」
安心して涙ぐむサヤカ。そして俺が言った。
「おい、ココロ! いい加減お前は俺の話を……」
「なにキャシーまで誑かしているの!!!!」
「あ、おい、待て……」
高速移動で俺に突撃するココロ。無論、【魔神無効】スキルが発動しているので、俺にそれをうまく対処できるはずもない。
ドン!!!
「ぎゃあああ!!!」
ココロの渾身の飛び蹴り。俺はその目にすら映らない高速の蹴りを受け、壁まで飛ばされた。サヤカとキャシーが青ざめて言う。
「ちょ、ちょっと、ココロ!! 何をして……!!」
「ココロ、いい加減に話を聞きなさい!!」
ココロは二人に身構えて言う。
「キャシーまで騙されちゃったんだね!! 折角お友達になれたと思ったのに!! もういい!!」
ココロはそう言い残すとひとり、階段へと走り出す。
「待って、待ちなさい、ココロ!!」
サヤカが叫ぶもココロの姿はもう消えていた。
「痛ってええ……」
ようやく体が動くようになった俺は、ふらふらとふたりの元へと戻る。サヤカがハンカチを取り出し、俺の顔を拭きながら言う。
「だ、大丈夫でしょうか。エリート様……」
「大丈夫だ。それより、なぜあいつはああも脳筋なんだ……」
俺の顔を見れば突撃する。ある意味魔物よりたちが悪い。
「あれ? デスプラントは?」
俺は先ほどまで握りしめていたデスプラントの魔草がなくなっていることに気付いた。そして目に映った。無残にココロに踏みつけられ、床で潰れている魔草の姿が。
「ああ!! おい、デスプラント!! 死ぬな!!」
俺はすぐに潰れた魔草を拾い上げたが、すでに息絶えてしまっていた。
(なんてことだ……。ゴブリン魔王に続き、デスプラントまでココロが退治してしまった……)
最悪の結果。またしても『魔王討伐』と言う莫大な経験値がココロに入る。頭を抱える俺にキャシーが言う。
「とどめを刺した人が討伐者。ってことは、魔王デスプラントはココロによって倒されたってことになるわね……」
キャシーが苦笑する。過程はどうあれ、結果は結果。俺がため息をつきながら言う。
「まあ、仕方ない。あいつが無事ならばまずそれでいい。じゃあ、俺たちも上に行くぞ」
「はい!!」
サヤカが元気よく返事をしてそれに答えた。
「お待ちしておりました。今日は客人が多い日ですね。ささ、こちらに来て……」
俺たちは、長い階段を上りようやく天空の塔の最上階へと辿り着いた。これまでの腐ったような階層とは全く別世界のような場所。綺麗な空に、色とりどりの草花。妖精が舞うまさに天国のような場所。
ただ、俺の顔を見たその緑の襤褸を着た老人は固まったまま動かなくなった。俺が言う。
「お前は……、そうか。何となく分かった」
俺は老人の正体にすぐに気づいた。ただ彼の尋ねた言葉の意味はしばらく分からなかった。
「似ている。いや、そっくりだ……。もし、そちらの方、お名前は……」
老人が俺に尋ねる。
「詮索するな。その意味、分かるだろ?」
相手は俺が魔神だと気付いているはず。ならば安易にそれに繋がるような会話は不要だ。ただ俺のその考えが老人の一言で一変する。
「数百年前にここに来た人族の男がいました。彼の名は……」
俺はそれを黙って聞いた。
「エリック・ゴットラングウェイ、と言いました」
今度は俺が固まった。
なにせその名前は、俺の人族の父親の名前だったからだ。




