19.最後にして最悪の門番
天空の塔最上階。そこは暖かな日差しが降り注ぐ穏やかな場所。至る所に生えた薬草やハーブ、色とりどりの花が美しく咲き誇っている。
「ほほほっ。今日も可愛いのぉ~」
その草花たちに水をやるひとりの老人。緑色の襤褸をまとい、禿げあがった頭の上には赤い一輪の花。小さな妖精数匹がじょうろを持って飛び回り、その老人の頭の花に水をかける。
「お水ですの~、お爺様~」
水を貰った老人の頭の花がピンと元気よく上を向く。
「ほほほっ。ありがとな~」
老人は笑みになり、自分も花壇の花々に水をやる。妖精が言う。
「何か下の方が騒がしいですの」
「そうだね。久々の客人かもしれぬな」
「そうなの? すごいの、すごいですの~」
妖精が喜びと共に老人の頭上をクルクルと飛び回る。
「うんうん。あの男以来、数百年ぶりかね~」
「そうなんだ~、でも下には……」
老人が小さく息を吐いて言う。
「そうだね。魔草ちゃんを抜けて、ここまで来られたらの話だけどね~」
「やだー、怖いの、怖いですの~」
妖精たちは散開するようにあちこちへと飛び去って行く。老人は水をやり終えると、小さなベンチに腰掛け空を見上げてつぶやく。
「さてさて。一体どんなお客さんが来ているのかね。楽しみ楽しみ」
そう言いながらテーブルの上の皿に置かれた焼き菓子をひとつ口に入れた。
「あ、あんたは一体何者、何だ……?」
ミノタウロスが消えた広間。壁際で部下たちに介抱されていた王国副騎士団長バルザックが俺に向かって言った。俺は水を一気に飲み干すと、無様な姿で動けなくなっているバルザックに答える。
「お前には関係ないこと。詮索するな」
「き、貴様っ!! この方が誰か分かっているのか!!!」
バルザックの部下が俺に向かって大声を出す。知らねえ。知ったところで人族の身分など俺には関係ないし、興味もない。バルザックが部下を制して言う。
「やめろ。誰だか知らないが、あのミノタウロスを瞬殺した実力者。団長殿に匹敵する強さ。無礼を働けば我々とて無事ではないぞ」
(団長に匹敵? この俺が人族の騎士団長ごときと同じだと……)
俺はバルザックの言葉を聞きやや苛立つ。魔神であるこの俺にこの世界で並ぶ奴などいない。同時にその騎士団長は行方不明になっていると、同じ副騎士団長のラーズリーが言っていたことを思い出す。まあ、どうでもいいが。バルザックが言う。
「名もなき冒険者よ、ひとつ頼みごとがある。先に上に向かった紫髪の女性キャロル……、いやキャシー様をお守り頂けぬか? 礼は幾らでもする」
俺はココロと一緒にいた紫のポニーテールの少女を思い出す。フレイムソードか何かを帯刀していた女剣士。ココロとはどういう関係かは分からない。
「断る」
当然だ。俺の役目はココロの『護り』。それ以外の仕事など興味はない。俺の言葉を予想していたのか、バルザックが痛む体で起き上がり、正座をして頭を床につけて再度言う。
「お願い致す。情けないことに我々はもう動くことすらできない。キャシー様だけは、キャシー様だけは何としてでもお守りしなければならない……」
「行くぞ。サヤカ」
「えっ、あ、はい」
俺はそんなバルザックの懇願を無視し、黒マントを靡かせながら階段へと向かう。未だ床に頭をつけたままのバルザック。それを横目で見ながらサヤカが小声で俺に尋ねる。
「あの、本当にあのままで……」
色んな意味があるように思える。大怪我をした彼らを助けないのか。彼らが望むキャシーと言う女の子をどうするのか。サヤカに答える。
「放っておけ。弱い奴が死ぬのは当たり前。サヤカ、お前も同じだ。ココロの護衛に必要だから一緒に居てやっている。勘違いするなよ」
「ご、ごめんなさい……」
俺の言葉にしゅんとして下を向き謝るサヤカ。なぜだろう、俺は不思議と心が痛むような感覚に襲われ、どこかで言い過ぎたのかと思い始める。
「ま、まあ、気にするな。俺もお前と居て、まあ、その……、割と楽しい。嫌だとは思っていない」
「は、はい! ありがとうございます!!」
サヤカが急に嬉しそうな顔になりそう答える。俺はなぜだが彼女と顔を合わせることができなくなり、ぶっきらぼうに言う。
「さ、さあ、行くぞ」
「はい!!」
サヤカは今度は恥ずかしそうな顔になり、中腰になって俺を見つめる。
「いや、もう最上階はすぐそこだ。自分で歩け……」
「ひゃ!? ご、ごめんなさい!!」
サヤカは両手で顔を押さえ真っ赤になって先に歩き出す。俺は未だ床に頭をつけているバルザックを一瞥してから、サヤカと共に階段へと向かった。
「ココロ、大丈夫!? しっかりして!!!」
キャシーは毒攻撃を受け、再び真っ青になって倒れたココロを抱きかかえ叫んだ。
最上階がすぐそこなのは分かっている。だけど目の前に現れた紫色の巨大な魔草。大きさは天井近くまであり、太い触手はフロア全体を覆いつくし、至る所に気味の悪い目玉がぎょろぎょろと動く悍ましい相手。
「なんて強い毒……、どうなっているの……」
そして最も恐ろしいのがその毒。少し触れただけで身動きが取れず倒れてしまうほど強力。キャシーはココロを抱きながらもっと注意深く行動すべきだと、先ほどの自分たちを思い出し後悔した。
「魔草? ああ、魔に冒された草のことね!」
ミノタウロスのフロアを抜けて来たココロとキャシー。最上階が近いのは何となく分かっていたが、徐々に数を増やしてきた魔草を見ながら話をしていた。
「そうよ。でも何でこんな所に魔草が生えているのかしら?」
魔草は大気や地中に含まれる邪気や魔に冒されて発生する。どこにでも現れ、食べると危険だが、刈り取ったりして駆除すればさほど問題にはならない。ただ強い魔に触れ続けると、稀に巨大化し魔物となる。そして討伐されずに時を重ねれば、最悪『デスプラント』と呼ばれる魔王になる可能性もある。
「そんなこといいわ! それより早く行こ!!」
ココロは置き去りにして来たサヤカのことで頭が一杯であった。彼女ならミノタウロスから逃れると信じる一方、自分よりあんな魔族を選んだことに苛立ち、ちょっとぐらい痛い目に遭った方がいいとも思ってしまう。
「ねえ、ココロ。さっき追いかけてきた人たちのことだけどさ」
「……なに?」
ココロは前を向いたまま答える。
「あのサヤカさんって人は中々の冒険者だと思うけど、一緒にいた黒髪の男の人って本当に魔族なの?」
「どうして?」
「どうしてって、人間と魔族が一緒にいること自体変だし、それにあんな無防備に疲れて倒れちゃってるって、魔族としては不自然と言うか、ちょっと笑える」
「笑えないよ! あいつ怪しいでしょ? ずっと私を追いかけて来てるし。あ、そうだ。サヤ姉があいつが私を守るとか言っていたけど、ちょーキモイんだけど!!」
ココロがピンクの髪を震わせて言う。
「まあ、確かに見た目は怪しいね! 服のセンスゼロ。でも悪い人には見えなかったなー」
「マジで!? キャシー、感覚おかしいよ」
「そうかな? だって実害ないんでしょ?」
「う~ん、ストーカーかな……」
「それはココロがちゃんと話をしてあげないからじゃん。一度話してみれば?」
「……やだ」
「なんで?」
「なんでも」
キャシーはため息をついてから、ふたりの前に現れた禍々しい階段を見て言う。
「まあ、いいわ。それより、あれヤバイね……」
辺りはもう腰丈ほどの魔草が多く生えており、シダのような葉をしたつる状の植物で壁が覆われ薄暗くなっている。ココロが答える。
「ヤバイね。でも行かなきゃ!」
「あ、待って!」
そう言って駆けだすココロ。キャシーも慌ててそれに続いて駆けだす。
「うげっ。な、何あれ……」
先に階段を上り終えたココロが、その異様な魔草を見て声を出す。後からやって来たキャシーが真っ青な顔になってそれに答える。
「あれってさ、魔草が進化した最悪の姿……。ねえ……、もしかして魔王デスプラントじゃないの……?」
既に多くの戦闘を経て体力気力ともほとんどないふたり。その前に現れたのはこの世界に存在する最悪の魔物。悍ましい魔王の姿であった。




