17.牛 vs ゴリラ
「ココロさんに会ったら、助けてあげてください! お願いします!!」
俺とサヤカはその金髪の少女の言葉を聞いて黙り込んだ。ココロが天空の塔に向かったのは間違いない。だが理由は分からなかった。それがこの少女の為だと言うのか。サヤカが尋ねる。
「薬草を採りにって、どう言うことでしょうか?」
金髪の少女が涙目でサヤカを見ながら言う。
「あのね、ルキアのお母さんがね……」
俺たちは金髪の少女ルキアの話を黙って聞いた。ココロらしいと言えばココロらしい行動。サヤカももらい泣きをしながらそれを頷いて聞く。
「分かりました。私たちも協力しますね」
「うん! お姉ちゃん、ありがとう!!」
ルキアは涙を拭きながら、無事帰ってきたら焼き菓子をあげると言って去って行った。
「申し訳ございません、エリート様。勝手な約束をしてしまって……」
ルキアが去っていくのを見てから、サヤカが申し訳なさそうに俺に言った。俺は無言で前を向き塔へ歩き出す。どうせココロが望んでいることだ。俺が嫌でも『護り』に就く以上そうせざるを得ない。
「気にするな、別にいい。それより……」
俺は村の出入り口の片隅にある石塀を見て近寄る。
「これは……」
俺はその石塀のひとつに刻まれた象形文字のような模様を見て首を傾げた。
(これは、対魔神用の結界……、なんでこんな物がここに……!?)
もう随分古く、輪郭も崩れてその効力をほとんど失っているが、なぜこんな村に魔神の力を封じる結界が張られていたのか。俺は村に来た時から気になっていた違和感の正体がこれだったのだと納得する。
「あの、どうされたのですか? エリート様……?」
後ろに立つサヤカが少し心配な顔で俺に言う。俺は腰に付けた中古の鉄の剣を抜き、石に刻まれた結界を少し削ってから答える。
「何でもない。さ、行くぞ」
「あ、はい!」
大昔、この村で魔神に関わる何かがあったのか。俺はそんなことを考えながら空を貫く塔へと向かった。
「盾を構えよ!! 隊を組め!!!!」
天空の塔の高層階。門番が如く現れた牛の魔物ミノタウロスに向かって、シュガルツ王国・王国副騎士団長バルザック・エストモンドが叫んだ。
片目が潰れ、全身に傷跡がある巨躯のミノタウロス。対するは大きさでは劣るものの、全身毛むくじゃらで筋肉の塊。ゴリラの獣人であるバルザックでも迫力では負けてはいない。
「排除スル!!!」
ミノタウロスが巨斧を振り上げ突進。バルザックは前衛を鎧に包まれた部下に任せながら、その太い右腕を前に突き出し叫ぶ。
「はあっ!!!!」
「ガッ!? ……な、何をした!?」
バルザックの気合と共にミノタウロスの足が止まる。いや、足だけでなく全身がまるで時間が止まったかのように動かなくなる。
「……どうしたの、あれ?」
キャシーに毒消しを飲ませて貰いながら、その様子を見ていたココロが尋ねる。キャシーが言う。
「あれはね、バルザックのスキル【超念力】。念力ね。一歩も動かずに相手を倒すことから、別名『不動王』って呼ばれているの」
ココロは武器や魔法攻撃以外にもそんな戦い方があるのかと興味深く見つめる。バルザックが左手で何かを払うような仕草をして叫ぶ。
「その武器は要らねえ!! さあ、ここから料理の始まりだぜ!!」
ミノタウロスが手にしていた巨斧が念力によって横へと弾かれる。動けないミノタウロス。小さな唸り声が一帯に響く。
「はあっ!!!!」
ドン!!!!
バルザックの左腕が真っ直ぐ宙を突く。同時にミノタウロスの体に衝撃が走り、鈍い音が響く。
「はあ、はあ、はああああああ!!!!」
「ウガァアアアアアアアア……」
まるで一方的な拷問。その場にずっしりと腰を据え、一歩も動かずに相手を仕留めるバルザック。その戦いの真髄が如何なく発揮されている。
「す、すごいね……」
体が幾分楽になって来たココロがキャシーに言う。
「そうね。一応、王国副騎士団長だからね。それより、今なら上に行けそうだよ!」
キャシーはミノタウロスの後方でがら空きになった上への階段を指さして言う。
「うん、行こう!!」
ココロのそれに頷いて立ち上がり、ふたりで階段へと向かう。
「ウゴオオオオオオオオオオ!!!!」
その時だった。突如、高層フロアにミノタウロスの雄叫びが響く。
「きゃっ!? 何!?」
思わず足が止まるふたり。そんな彼女らの視線の先に居たミノタウロスは、雄叫びと共に念力の呪縛を打ち破りバルザックらへと突進し始める。
「念力が、破られただと……!?」
驚くバルザック。ミノタウロスは叫びながらバルザックの部下たちに殴り掛かる。
ドオオオオオオオン!!!!
「ぐわあああ!!!」
一撃。たった一撃で重鎧に盾を持ったバルザックの部下たちが沈んでいく。
「面白い!!! この俺が念力だけだと思うよな!! ウホォオオオオ!!!」
その鋼のような肉体を使っての肉弾戦。バルザックが負けを知らない【不動王】と呼ばれる理由は、圧倒的な個の強さを併せ持つためである。
ドオオオオオン!!!!!
ミノタウロスとバルザック。両者の重い拳のぶつかる音が塔内に響き渡った。
(なるほどね……)
俺は天空の塔の前に立ち、その空高く伸びる塔を見上げて思った。
塔自体に結界が張られている。他者を排除する為か知らないが、入り口が分からないように隠されていた痕跡がある。恐らくココロがそれを開いたのだろう。やはりあいつは只者ではない。
「ココロの覇気が弱まっているな……」
俺は上空の方から感じる彼女の覇気の弱まりに気付いた。何かと交戦している? それともトラップか何かか? いずれにせよ『護り』である俺が対象者の危機に駆け付けない訳にはいかない。
「サヤカ、急ぐぞ」
「あ、はい! 私も全力で走ります!!」
それでは間に合わない。俺は一度塔の上の方を見上げてからサヤカに言う。
「またお前を抱えて走る。今度は大声を出さ……」
「了解です!!!」
サヤカはなぜか嬉しそうに自分の赤髪を紐で結うと、中腰になって頬を赤らめ、俺を見つめて言う。
「はい、どうぞ……」
(何で嬉しそうなんだ。こっちは大変なんだぞ……)
俺は再びサヤカをお姫様抱っこし、全力で塔内部へと駆け出した。




