16.立ちはだかる巨大な壁
「ふうー。ねえ、ココロ。そろそろ休憩にしない?」
順調に天空の塔を登るココロとキャシー。既に何階まで登って来たのか分からないぐらいの高さになり、いつの間にか窓から見える空も真っ暗になっている。塔内は発光性の魔石が幾つも設置されあるので問題ないが、さすがに体力の消耗が激しい。
「そうね。今日はこの辺が限界かな……」
疲れが酷い。多くの魔物を斬り倒して進んできたふたりはそろそろ限界であった。キャシーが言う。
「毒の魔物も結構いたわね。ほんと、た~いへん」
ふたりとも塔に登るにあたってしっかりと道具などの準備はして来た。ただ予想外に毒を使う魔物が多く、すでに毒消し薬は底をついている。ココロが壁際に座り携帯食を食べながら言う。
「一体どこまで続くのかな~。全然先も見えないし……」
疲れと魔物との交戦で、さすがに弱気な一面が顔を出す。
「そうね。でもその女の子のために絶対頂上まで行くんでしょ? 頑張らなきゃね!」
「うん、もちろんだよ!」
キャシーにはルキアのことは話をした。絶対薬草を持って帰る。それを思うと力が湧いてくる。ココロが言う。
「キャシー、先に休んでよ。私見張ってるから」
「いいの? じゃあ、遠慮なく仮眠をとるわね。魔物が来たら起こしていいから」
「了解~」
ココロが親指を立ててそれに答える。横になった途端寝息を立てるキャシー。ココロは窓から見える星空を見ながら思う。
(サヤ姉、何やってるのかな……、やっぱりちょっと会いたくなっちゃうな……)
得体の知れない『怪しい魔族』と行動を共にするサヤカ。もしかしたら騙されているのかもしれない。もしそうだったら次会った時に目を覚まさせてやろう。ココロはそんなことを考えながらひとり睡魔と戦った。
「ココロ、おはよう。朝だよ~」
翌朝。東の空がうっすらと明るくなり始めた頃、ココロはキャシーに呼ばれて目を覚ました。キャシーがハンカチを取り出して言う。
「くすっ、よだれ垂れてるわよ。ほら、ちゃんとして」
「ふわぁ? ん、あぁ、ありがと……」
寝起きが弱いココロ。キャシーに口元を拭かれながらようやく目が覚めて来る。
「今日も頑張ろうね」
「うん、頑張ろ!」
ふたりは軽く朝食をとり、やや軽くなった体でさらに上層階を目指す。
「はあ!!!」
「うおおおおお!!!」
魔物は続けて出現するものの幸いそれほど強い魔物は現れず、ふたりは順調に階層を登っていた。
だがもう下が見えなくなるほどの高層に辿り着いたふたりの前に、その見覚えのある巨躯の魔物が立ちはだかるように姿を現した。
「コ、ココロ。あれって……」
それは一階層で出会った牛の魔物。巨大な角を生やし、手には巨大な斧。片目が潰れ、身体中には多くの傷跡をもつ魔物ミノタウロスであった。
「ウググッ……、汝らは何をしにここへ来た?」
ミノタウロスが巨大な斧を肩に担ぎ、ココロたちに尋ねる。
「私は、私たちはこの塔にある薬草を採りに来たの! お願い、先に進ませて!!」
ココロはミノタウロスの後方に見える小さな階段を見つめながら懇願する。明らかに格上の相手。昨日から戦い、消耗した今のふたりには勝ち目は薄い。
「否。そのようなものはない。早々に立ち去れ」
ミノタウロスの大きな呼吸音と共に、その冷酷な言葉が発せられる。一階のミノタウルスは幻影だったのか。だがここまで来て退くわけにはいかない。ココロがキャシーの隣に並び小声で言う。
「まともにやっても勝ち目はないわ。とにかく動いてかき乱して、後ろの階段から上へ行きましょう」
「うん。そうしかないね」
大きな体のミノタウロス。対照的に上への階段は小さく、恐らく相手は追って来られない。ふたりは剣を構えミノタウロスに対峙する。
「はあああ、フレイムソード!!!!」
先陣を切ったのはキャシー。宝刀フレイムソードを振り上げ、一期に間を詰める。
(今のうちに私は!!)
ココロがスキル【高速移動】を発動。キャシーの相手をするミノタウロスの隙を見て後方の階段へと一気に走り出す。
ドオオオン!!!!
「きゃっ!!」
瞬間、ココロの目の前に紫色の爆発が起こる。爆風で吹き飛ばされるココロ。
「ココロ!!」
フレイムソードで斬りかかっていたキャシーが踵を返しココロへと向かう。
「大丈夫!? しっかりして!!」
床に倒れたココロ。キャシーの声に反応して答える。
「やっば~、これってポインズンボム。魔法使うなんて聞いてないよ……」
毒魔法であるポインズンボム。爆発と共に、強力な毒を付与する。キャシーが青くなったココロの顔を見て唇を噛む。迂闊だった。もっと注意すべきだった。そんな悔しさが彼女を襲う。
「毒消しは?」
「もうない。でも大丈夫。短時間なら、動ける」
あのミノタウロスを相手に短時間でどうすると言うのだ。キャシーはココロの手を握りながら迫りくる絶望の足音に震える。
(どうしよう……、退却した方がいいのかな……)
きっとココロはそれを良しとしない。だが毒に冒され、さらに目の前にはミノタウロスと言う強敵。この状況をどう打破する? ゆっくりと歩み寄る牛のバケモノを前にキャシーが必死に考える。
「……ウグッ?」
そんなミノタウロスの足が急に止まった。そして見つめる階段。ココロたちが登ってきた階段だ。この時になってようやくキャシーの耳にも、その複数の足音が聞こえてきた。
「また客か。今日は騒がしい」
ミノタウロスが階段の方へとゆっくり体を向ける。そこに現れたのは異様な集団。全身を分厚い鎧と盾で身を固めた一団。それを率いる全身毛むくじゃらのゴリラの獣人。纏っていた獣の羽織りを靡かせながら言う。
「宝刀フレイムソード。やっと見つけましたぞ、キャシー様」
「え、うそぉ!? やっぱバレた? それよりバルザック。どうしてここに……!?」
ゴリラの獣人バルザックを見て驚き、思わず声を出すキャシー。体を起こしたココロが尋ねる。
「え? 誰? キャシーの知り合いなの??」
「う、うん、知り合いと言うか、何と言うか……」
歯切れが悪いキャシー。どうも知り合いと言うよりは『会いたくない相手』と言う方がいいのかもしれない。キャシーが言う。
「バルザック。毒消しって持ってる?」
ココロの青い顔を見てからキャシーが尋ねる。バルザックが小さく頷き答える。
「ありますぞ。差し上げても良いのですが、我々と一緒に帰還してもらいます。良いですか?」
「わ、分かったわ! 分かったから早く頂戴!!」
「言質、取りましたぞ! ウホホッ!!」
興奮するとゴリラ気質が出てしまうバルザック。すぐに部下のひとりに毒消し薬を持って行かせる。
「聖域を荒らす邪魔者。排除する」
そんなやり取りを見ていたミノタウロスが、巨大な斧を構えバルザックたちに言う。
「キャシー様をお守りするぞ!! 隊を組め!! ウホホッ!!!」
「「はっ!!」」
バルザックの合図で部下たちが隊列を組み始める。
「愚か者め! このシュガルツ王国・王国副騎士団長がひとり、バルザック・エストモンドが直々に成敗してやろう!! ウホオオオオオ!!!」
派手に獣の羽織りを投げ捨てたバルザック。鋭い眼光で牛の魔物を睨みつけた。
(ん? なんだ、この違和感……)
街から歩き続けて半日、俺とサヤカはようやく目指すブルック村に辿り着いた。木々に囲まれた長閑な村。ありふれた光景だが、この村に入った瞬間、俺は不思議な違和感を覚えた。
「この村、何か臭う……」
直感。そう言った俺にサヤカが答える。
「えっ、あ、はい! ブルック村は焼き菓子で有名でして、あの、煙突からたくさんの煙が、ああ、甘い香りと共に漂って来て……」
昨日、街であれだけ焼き菓子を食べたのに、まだそんなことを言っているのかと俺がため息をつく。そんなことではない。俺を包む違和感。そうこれは言ってみれば、
(魔神を否定するような、圧……)
長閑な田舎の村。こんな場所に対魔神対策が取られているとは思えない。気にはなったが、今はそれより早くココロに追いつかなければならない。俺の思惑を察したのか、サヤカが村の子供に声を掛ける。
「あの、すみません。天空の塔ってどちらでしょうか?」
金色の髪をした幼い少女が俺とサヤカを見てから答える。
「天空の塔? ええっと、あっちだけど……」
そう言って村の郊外を指さす。お礼を言って立ち去ろうとするサヤカに、その少女が言う。
「お姉ちゃんたち、天空の塔に登るの?」
振り返るサヤカ。そして答える。
「そうですよ。それが何か?」
「私ね、今、ココロさんって言う冒険者さんに薬草を採って来て貰うようお願いしているの! もし、ココロさんが困っていたら助けてあげて欲しいの! お願い!!」
そう言って勢い良く頭を下げる少女。俺とサヤカは驚き、しばしその少女を黙って見つめた。




