15.塔に招かれし新たな客人
「え? あっ、ちょっ、ココロ!!??」
キャシーは一瞬で姿を消し、そして再びミノタウロスの懐で姿を現したココロを見てその名を叫んだ。相手は強力な魔物。いくら彼女でも単騎突入は危険すぎる。
「はああああああ!!!!」
ココロは左手に短剣を、右手に勇者の剣を持ちミノタウロスに斬りかかる。先手必勝。考えるより行動。今の自分の全力をぶつけて、それからその後のことは考える。猪突猛進。そんな言葉がココロにはお似合いだった。
シュン……
「あれ!?」
ミノタウロスの不意を突いたココロの斬撃。確実に入ったと思ったココロは、まったく手応えのない攻撃に思わず転びそうになる。
「えっ、なに……!?」
後方で見ていたキャシーが思わず声を出す。それもそのはず。ココロが斬りつけたミノタウロス。それがまるで幻だったかのように、薄くなり消えていった。
「あれ? ミノタウロスは?? えっ、どこ行った!?」
剣を構え周りをきょろきょろ見回すココロ。先ほどまでいた恐ろしい牛の魔物の姿が見えない。ぽかんとする彼女にキャシーが言う。
「消えちゃった。ココロ、ミノタウロス消えちゃったよ……」
「え、うそ、マジ!? なんで消えちゃったの!?」
「分からないよ。でも嘘みたいにいなくなっちゃった……」
再び周りを見回すふたり。ココロが剣を収め言う。
「良かったじゃん! ラッキー!! あんなのと戦わなくて済むなんて」
「そ、そうね! 確かにそうだよ! あ、階段がある!!」
ミノタウロスが消えた後方に、今まで気付かなかった上へ登る階段が出現。ふたりは顔を合わせて頷き歩き出す。
「もお、ココロったらいきなり飛び掛かるし。びっくりしちゃったよ~」
「だって、躊躇していたらきっとやられちゃうよ! まずは戦ってみる。ダメだったら考えればいいし」
「あははっ、そうだね。その通りだよね! 今度は私も頑張るよ!!」
「うん! じゃあ、とりあえずあの魔物たちを退治しようか!!」
「了解!!」
ココロとキャシーは新たな階層で現れた魔物の群れを見て剣を抜いた。
「あ、あの、すみませんが、もう少し馬車のスピードを上げて頂くことはできませんでしょうか……?」
馬車の客車に乗っていたサヤカが馬を操る御者に言った。少しでも早く街に着きたい。そう思ってのことだった。
「おいおい、無茶言うんじゃねえよ。そんなことしたら馬がダメになっちまうだろ? それとも何だい、お嬢ちゃんが新しい馬を買ってくれるのか?」
「いえ、それは……、すみませんでした……」
軽くあしらわれたサヤカが、暗い顔をして俺の隣に戻って来る。まあ、聞かなくても分かる。断られたのだと。
「申し訳ございません、エリート様。やはりこれ以上のスピードは出せないとのことでした……」
「まあ、そうだろうな」
御者としてはきちんと仕事をしている。決して手を抜いているわけではない。馬や他の乗客のことを考えれば無理な仕事はできないのは当然だ。
俺の高速移動で走っていくと言う手もあるが、残念だが俺は持久力はない。瞬間的爆発力こそあれど、ココロが登っている塔までサヤカを抱えたまま走り切る自信はない。魔神とて万能ではないのだ。
「仕方がない。これでもあいつの近くへ向かっているんだ。気にするな」
「あ、ありがとうございます……」
サヤカが下を向き少しだけ頬を赤らめてそれに答える。
「あの、エリート様……」
「なんだ?」
「ひとつだけお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「詮索はするなと言ったはずだ」
馬車の馬の音。流れる風。揺れる客車。平和な空気だった二人の間に、一瞬緊張が走る。サヤカがすぐに頭を下げて謝罪する。
「ご、ごめんなさい。そうでした、申し訳ありません……」
俺は酷く落ち込む彼女を見て、なぜか自然と言葉が出た。
「まあ、いい。なんだ、言ってみろ」
それを聞いたサヤカの表情がパッと明るくなり、そして風に靡く赤髪を耳に掛けながら尋ねる。
「あ、ありがとうございます。あの、どうしてエリート様はココロには、その、殴られてしまうと言うか、やられてしまうと言うか……、どうしてもそれが解せなくて……」
ああ、そうだった。俺はまだサヤカにココロの前では無力になることを話していなかったと思い出す。まあ、ここも上手く誤魔化すしかないだろう。
「そうだな。まあ、詳しいことは言えないが、ココロは俺の護衛対象であると同時に、あいつが持つ特別な力で俺は能力が発揮できなくなる。よく分からないとは思うが、まあそう言うことだ」
「ココロが持つ、特別な力……ですか?」
サヤカが驚いた表情となる。妹分だと思っていたココロ。どんな力があるのか一体想像もつかない。
「以上だ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
まだ何か尋ねたそうな顔をするサヤカに俺は冷たく言い放つ。これ以上の詮索は不可。今は話すことはできないし、もし必要な時が来れば彼女にも打ち明けることもあるだろう。
「次の街まであとどの位だ?」
俺は悲しげな顔をするサヤカに話しかけてやった。
「あ、はい! 多分、明後日の夕方には着くかと思います!」
俺から話しかけられたのが嬉しかったのか、サヤカの暗い表情が一変する。
「天空の塔までは街から歩いて半日ほど。街に着いたら一泊して向かった方がいいと思いますが、いかがでしょうか?」
「……任せる。色々頼むぞ」
「はい!」
サヤカは決して悪い奴ではない。と言うより心底いい奴だ。嬉しそうに鼻歌を歌う彼女を見ながら、俺はなぜ彼女が『恥晒しのサヤカ』などと言われているのか、ほんの少しだが知りたくなった。
「バルザック様。見えてきました、あれが天空の塔です」
ココロとキャシーが天空の塔に入って数時間後、その異様な集団が塔の麓へとやって来た。
バルザックと呼ばれた男は見上げるような巨躯の男。全身けむくじゃらのゴリラの獣人。半身裸体で獣の羽織を纏っている。
「俺の名前を出すなと言っただろ。気をつけろ」
「も、申し訳ございません」
部下の数は五名ほど。全員分厚い鎧と盾を持つ強者たち。バルザックが塔の壁にある大きな穴を見て言う。
「この塔は入り口などないと聞いていたが、ふん。そう言うことか。ここから入ったようだな」
ここに来る道中、天空の塔について聞き込みをした。恐ろしい魔物が棲んでいるとか入り口がないとか。だがそんなことはどうでもいい。バルザックは握りしめた両拳をガンガンぶつけて鳴らし、皆に言う。
「さあ、行くぞ。キャシー様の確保、これより目的を遂行する!!」
「「はっ!!」」
バルザックは精鋭の部下と共に、天空の塔へと足を踏み入れた。




