12.ココロ、依頼を受ける!!
「ふうーーーっ、ここまで来れば大丈夫かな?」
ココロは三日三晩、スキル【高速移動】を使い駆けて来た。辿り着いた見知らぬ街。レンガ造りの家や商店が立ち並ぶ大きな街。澄み切った青空の下、勇者になると言う目標に向かってココロが歩き出す。
「それにしてもサヤ姉、信じられないわ。あんな魔族とつるむなんて! 私、絶対捕まらないから! 鬼ごっこだけは昔から誰にも負けたことないし!! ……とは言え、まずはギルドね。お金、全然ないし……」
サヤカへの怒りはあったが、それより今はお金。正直今夜の宿代もないしお腹も減った。とにかく何でもいいから簡単な依頼を受けて、日銭を稼がなくてはならない。ココロは街の中心にある大きなギルドの建物へと向かった。
「うわ、すごい人!」
大きな街に比例するようにギルド内にもたくさんの人で溢れていた。ベテラン冒険者風のおじさんや、獣族の戦士。エルフの魔法使いなど種族も様々。受付カウンターもとても広いのだが、それでも順番待ちができている。
ココロは壁一面に貼られた依頼書の前に立ち、顔を上げ見つめる。
「いっぱいあるな~、どれにしよう……」
様々な依頼書に目をやる。とは言え自分はランクEの底辺冒険者。受けられる依頼は大した内容ではない。
「うそ!? 王女様の捜索なんてのもあるじゃん。金500!? すごいけど、ランクA以上か……」
難易度や重要性が上がるほど報酬の額も増えるが、受けられる条件も厳しくなる。
ココロは壁の隅に貼られた【クルクルの実の採取】の依頼書を持ってカウンターに並んだ。出現する魔物も大したことはない場所での果実の採取。ついでに食べてしまえば自分のお腹も満たされる一石二鳥の依頼だ。
「あ、あの、これをお願いします」
受付カウンターでココロが依頼書を提出する。初めてのひとりでの仕事。どうしても緊張する。
「クルクルの実の採取ですね。冒険者カードをお願いします」
「あ、はい」
ココロは懐から冒険者カードを取り出して渡す。それを見た受付嬢が驚いて尋ねる。
「え? ココロさん? ココロ・ホワンシュガーさんですか!?」
驚いたのはココロも同様。何か悪いことでもしたのか。戸惑いながら返事をする。
「あ、はい。ココロ・ホワンシュガーですが……、何か……?」
恐る恐る答えるココロに、受付嬢が明るい声で言う。
「お探ししていました! 魔王討伐の報酬が出ております。ちょっとお待ちください」
(え? 魔王討伐!? あ、あのゴブリンか……)
ココロはそこでようやく、先の洞窟で死にかけていたゴブリン魔王を叩き斬ったことを思い出した。でも申請も何もしていない。どうなっているのか。そう首を傾げるココロに、受付嬢が一枚の書類を持って戻って来て言った。
「はい、こちら報酬の金500です。ギルド銀行にもう振り込まれていますから」
「え!? き、金500!!??」
もう何年も遊んで暮らせるほどの報酬。驚くココロに受付嬢が言う。
「はい、何せ魔王討伐ですからね。ラーズリー副騎士団長からの申請ですので、安心して受け取ってください。あ、それから冒険者ランクもDに昇格です。おめでとうございます!」
そう言って手渡される新しい冒険者カード。そこにはデカデカとランクDの文字が光っている。さらに受付嬢は小さな木片を渡して言う。
「これはギルドから魔王討伐のお礼です。『守りの護符』と言って、持っているだけで守備力に補正の掛かるレアアイテムですよ」
「あ、ありがとうございます! 嬉しい……」
ココロは目に涙を溜めて喜ぶ。早く勇者になりたい。強くなって困っている人を助けたい。その道のりを順調に進んでいる。確かな手応えがあった。ギルド嬢が尋ねる。
「それで依頼はこれでいいですか?」
その手には【クルクルの実の採取】。少し考えたココロが返事をしようとした時、冒険者が並ぶ後方から少女の声が響いた。
「お願いです!! お願いだから助けてください!!!」
ココロが振り返ると、そこには金色の髪をした幼い少女が、列を作る冒険者に必死に何かのお願いをしていた。少女は手にした紙を見せ、涙ながらに言う。
「お願いです! お母さんを、助けてください……」
それを見つめるココロ。受付嬢が囁くように言う。
「あの子ね、一応依頼主なの。お母さんが呪いの毒を受けていてね。でも報酬が『焼き菓子』なので、さすがに誰も……」
「これ、やっぱり辞めます。ごめんなさい!」
ココロは手にしていた依頼書を受付嬢に渡すと、小走りで少女の元へと駆け寄る。
「大丈夫?」
腰を下ろし、そう尋ねるココロに少女が顔を上げて言う。
「お姉ちゃん、冒険者さん……?」
「そうよ。どんな依頼なの?」
少女は涙を拭き、そして依頼書をココロに手渡して言った。
「お母さんがずっと毒になって苦しんでいて……、その、どんな呪いも解くって言う薬草が天空の塔に生えていて、それを採ってきて欲しいの。お母さんを助けて欲しいの……」
涙声の少女。報酬は『ブルック』と呼ばれる焼き菓子。彼女の依頼はランクフリーと呼ばれる誰でも受けられる依頼だ。後に知ることになるのだが、彼女の依頼は高難易度にもかかわらず報酬の低さから、特別枠のランクフリー扱いとなっている。
ココロが少女の両頬に手を添え、笑顔で言う。
「任せて。その依頼、私が受けるわ」
困った人は放っておけない。それが勇者候補、ココロ・ホワンシュガーであった。
「おはようございます! エリート様」
翌朝、一階のギルドへと降りてきた俺にサヤカが挨拶をする。汚れた服も洗濯され、昨日よりは幾分ましになっている。大きな胸の谷間は、まあそれはそれでいい。
「うむ。それでどうやってココロを探す?」
光速で消えたココロ。俺としてはすぐにでも追いかけたかったが、サヤカの疲労困憊を考え一晩休むことにした。サヤカが答える。
「はい。実は私、【索敵感知】のスキルを持っていまして、ココロが強い気を発すればおおよその場所を感知できるんです」
「ほう」
魔神である俺も似たような索敵スキルは持っているが、ココロ程度の弱い気では見つけることは困難。この女の言葉が本当ならばそれは助かる。
「よし、じゃあ、行くか」
今日は是が非でも馬を探したい。そう思った俺に、背後から声が掛けられる。
「あ、エリートさん! お待ちください!!」
昨日の受付嬢が声を掛けてきた。サヤカも振り向いて彼女を見る。受付嬢が言う。
「あの、昨日ちょっと忘れてしまっていたんですけど、今、ギルドでは冒険者登録の特典として装備品のプレゼントキャンペーンをやっているんです! あちらの中から好きなものをどうぞ」
そう言ってギルドの隅に置かれた装備を付けた人形を指さす。
「鉄の剣に、皮の鎧。冒険者ハットに火球の指輪。どれかお好きなのを一点、お持ちください! 全部中古ですけど♪」
(ふ、ふざけるな……)
俺は人形に付けられたくたびれた装備品を見て苛立った。これはある意味神への供物。それをこのような中古品を献上するとは言語道断。だがそんなことを気にしない受付嬢は更に続ける。
「おすすめは火球の指輪かな。一回だけですけど、ファイヤの魔法が放てるんですよ。いざと言う時のお守りにぴったり! あ、でもエリートさんの場合、皮の鎧でもいいかも知れません。その服は、ちょっと戦いには向かないですよ」
暗にこの俺の黒服に黒マントを否定する受付嬢。すべて焼き尽くしてやろうかと思った俺に、サヤカが小声で言う。
「エリート様、ここは堪えてください。問題を起こすと、登録抹消になる恐れがございます……」
(ちっ)
それは困る。ココロ捜索、それを続けるためにも日銭を稼がなければならない。俺は人形に向かって歩き、その腰に付けられた古びた剣を手にして言った。
「これでいい。まあ、こんなもん、あってもなくても変わらんけどな」
俺はその古びた鉄の剣を腰に差しギルドを出る。だがギルドの出口で手を合わせ、立ち止まるサヤカに気付いて尋ねる。
「何をしている? 行くぞ」
「あ、はい。でもちょっとだけお祈りをさせてください」
(?)
俺はサヤカが目を閉じ、両手を合わせる姿を見て体が固まった。
「神よ、魔王から救って頂きありがとうございます。そしてこれからの旅も何卒、私達をお守りください。どうか神のご加護を……」
人族の神への祈り。俺はその美しい姿を生まれて初めてこの目で見た。
(ああ、何だこれ……、ふわふわと、温かい感覚……)
俺の体を優しく、温かなオーラが包み込む。初めてこんな間近で受ける祈り。湧き出す力。それは快感に近い満足感であった。
「サヤカ」
「え? あ、はい!?」
初めて名前を呼ばれたサヤカが驚き、やや緊張しながら答える。
「心配するな。俺が一緒だ」
「はい! ありがとうございます!」
何も案ずることはない。何せその神が一緒なんだから。俺は黒いマントを靡かせながらサヤカと共に歩き出した。




