意外な決着
7/14 (金) 午後 第1室内模擬戦場
始まりの合図と同時にザックとバランを両手に呼び出す。
堀田先輩も右腕に龍のような魔物が現れる。
チャイニーズドラゴンの形をした魔物はぬいぐるみのような顔で、目玉がマンガのように大きく、少しとぼけたような表情で先輩の太い前腕の外側を覆うように4本の脚でしがみついている。
籠手やナックルのような装備の仕方から私とおなじ武器タイプの魔物と予想できるが、ただ殴るだけの硬い装甲で模擬戦2位になれるとは思えない。なにか強力な能力があるはずだ。
「ザック!」
とりあえず様子見で遠距離からザックの衝撃波を放つ。
真っ直ぐ飛んだ魔力の衝撃波を、巨体の先輩が難なくかわす。体に見合わず動きも素早い。
「龍鉄っ!」
右拳をこちらに向け、堀田先輩が叫ぶと龍の口が開き、
「いくドラっ!」
龍の魔物がクセのある掛け声と同時に口から炎を吐きだす。炎は真っ直ぐ宙を走り、物凄い速さで私に向かってくる。
「くっ!」
思いがけない攻撃に、とっさに両手の剣をクロスして炎を受け止める。
ザックとバランの刀身には魔力オーラを纏わせてある。炎程度ならガードで弾き返せるはずだ。
しかし炎が剣に触れた瞬間、”グンッ”と何かに押されるような衝撃を感じる。そのまま炎に弾かれるようにして地面に倒された。
真っ直ぐ伸びた炎は約10メートルほどの長さで空中に留まり、燃え続けている。
これはどうやらただの火炎放射ではない。紐状にした魔力の塊を、燃やしながら伸ばしているのか。
次の瞬間、燃え盛る炎の帯がぐにゃりと蛇のようにまがりくねる。
まずい!
地面に倒れたまま横に転がりながら避難する。さっきまで私がいた地面に、しなった炎の鞭がバシンッと叩きつけられた。
地表には炎が燃え移り、ズブズブと土を焼いている音が聞こえる。
すぐに立ち上がり、ザックの衝撃波を放ちながら後退して距離をとる。
先輩は炎の鞭で衝撃波を軽く打ち払い、涼しい顔だ。
確かに厄介な魔物だが、その能力が分かったのは大きな収穫だ。
あのドラゴンの口からは魔力でできた燃える鞭が打ち出せる。長さはおよそ10メートル。空中に留めることも可能で、触れると炎が燃え移ってしばらく焼き続けることから炎も魔力で作られた特殊なものだろう。
となると対処法は攻撃範囲外の遠距離から攻めるか、鞭の当てにくい懐に潜り込むかだ。
「バラン、お願い」
「はいはい来ました、モチのロンですよー」
まずは鞭の射程外からバランを遠隔操作して攻撃する。
若干短めの刀のかたちをしたバランは動きも速く小回りも利き、刀身はもともと金属性の鋭い刃なので攻撃にザックほど魔力を必要としない。
空中を滑る様に移動して堀田先輩に近づき、回転する勢いを利用して切りつける。
「お命頂戴! ほいっ! ほいっ! ほほーいっ!」
向こうの魔物にも負けないくらいの奇妙な掛け声とともに2度、3度と斬りつけるが、先輩も龍の胴体部分で刃を受け止める。
金属のような光沢を放つ龍の体は見た目通り硬く、バランが打ち込むたびに”ガキンッガキンッ”と火花を散らしながら甲高い音が響く。
もちろんバランの攻撃だけでは倒すのは難しい。こちらもザックで衝撃波を飛ばしながら距離を詰める。
先輩もそれを予測していたようで、飛んでくる魔力の刃を冷静にかわしながらバランの打ち込みを受け流す。
遠距離から真っ直ぐ放たれる衝撃波が目視で避けられるのは想定の範囲内だ。ただ懐に潜り込むまでの間、炎の鞭による攻撃を出させなければいい。
だが、あと少しのところで突然ドラゴンが大きく口を開け、バランの攻撃を受け止めてその刀身をがっちり咥え込む。
「捕まえたドラぁ!」
「ぎゃっ! まって、ちょっとタンマっ!」
バランの叫びを無視し、そのまま堀田先輩は龍の頭を地面に向け、叫ぶ。
「爆っ!」
気合声とともに龍の口元に魔力が集中し、爆発音とともに”ガギンッ”という嫌な金属音が聞こえた。
「うぎゃあぁっ! なんじゃーこりゃあぁ!」
バランの刀身は真っ二つに折れ、その体が炎に包まれる。
燃え盛るバランは徐々に消えてゆき、やがて完全に強制帰還される。
バランを失ったのは大きいが、先輩との間合いは既に3メートルもない。
あの噛み付きからの爆破、燃焼は強力だが、動きの単調なバランの攻撃だから捕まった。この距離で私の剣技なら絶対の自信がある。
先輩の憑依能力がどんなものかはわからないが、斬り倒すまで攻撃し続けて憑依する隙も与えなければ問題ない。この近さなら『しなり』を利用する鞭での攻撃は圧倒的に不利。
ザックに魔力を送り込み、透明に輝く刃を生成する。
一気に間合いを詰め、一言も発せず静かに、最速で斬りつける。
光る軌跡は弧を描き、大男の左肩めがけて袈裟切りを放つ。
キンーッ!
と、澄み切った金属音が響き渡る。
刃は龍の籠手で防がれていた。致命傷を避けようとインパクトの寸前で剣の勢いにブレーキをかけたため、籠手での防御が間に合ったか。
だが、よく見ると今の一撃で龍の体に傷が付いている。
すぐにバカ力で押し返されるが、なんとか踏みとどまる。ここで間合いを取っては勝機を逃す。ザックの剣で連続して斬り込み続ける選択肢がベスト。
しかし相手も低く身をかがめ、籠手で器用に防ぎ続ける。
キンッカッカカッ カキーッカンッ!
くそう、私が手足を狙っているのがバレバレだ。模擬戦では致命傷を避けようとするため、その分攻撃も読まれやすい。
だがそれは相手も同じ条件のため、文句をいうのは筋違いだろう。
龍の体には既に無数の斬り傷が付いている。
「ぐぬうぅ、キツいドラぁ……」
相手の魔物も消耗しているようだ。このまま攻撃を続ければ強制帰還もあり得るかもしれない。
「ふっ、はあっ、せいっ、はっ!」
もう何十回と全力で斬りつけ、私の呼吸も乱れ始めている。声を出して気合をいれるが、全身には珠の汗が滲んできている。
「も、もうダメドラぁ……ご主人キツいドラぁ……」
「くっ、耐えろ龍鉄! あと少しだ」
堀田先輩も額に汗を浮かべ、自分の魔物を励ます。
いける! 相手の魔物は確実に弱ってきている。もうすぐ強制帰還まで追い込める。
だが、
「あ、あるじどのぉ……ちょっと、ちょっと待って……」
振り続けていたザックが不意に呻いたかと思うと、魔力の刃が突然消えた。私の魔力供給が尽きたからではない。
マズイ! もう限界だったか!
鈍器のような刀身が”ぐにゃり”と曲がり、エンブレムに刻まれた埴輪のような顔の口から透明な液体が流れだしている。
次の瞬間、
「おぅぇええぇ……」
ボタボタッと胃液らしき謎の液体を地面に吐き出し、青ざめた顔で埴輪がしゃべる。
「主殿ぉ……しばし……休息をぉ……」
そう、ザックはこう見えて三半規管が弱く、あまり長く、激しく振り続けると素振り酔いしてしまう。まあ剣の魔物に三半規管がある前提の話だが。
逆にバランは酔ったことは無く、何回転してもふらつく素振りさえない。
「ちょっとがんばんなさいザック! あとすこしなのよ!」
喝を入れてもグッタリしたまま『うーうー』言うだけだ。
「おおっ、ご主人、チャンスドラぁっ!」
「よし! 龍鉄、やるぞ! ……いや、やらなくてもいいか」
私の右手に握られたザックは完全に戦意喪失で、刀身は布のように柄から垂れ下がった状態だ。
判定員の先生2人も駆け寄ってくる。
「おーい、もう無理かー?」
主審の一ノ関先生が私に、というかザックに呼びかける。
「……」
しかしもう返事をする気力も残ってないらしい。
「すみません、この子振り過ぎると酔う体質なもんで」
「一応魔物が戦闘不能になると負けになる決まりなんだけど。これはしかたないな、一応戦闘結果によって魔物が戦えなくなったと言えるし。
堀田の勝ちってことでいいかな?」
「いやー、僕は口を出せる立場ではないんで先生方の判断に従いますが」
堀田先輩も困ったような表情を浮かべる。
「じゃあ代前先生と宮ノ本さんも異議はないかな?」
「僕は一ノ関先生の意見に賛成です」
若い代前先生はメガネの一ノ関先生に同意する。
「あ、はい……すみません、ご迷惑をお掛けしました」
私が先生方と先輩に謝ると、一ノ関先生がブザーを鳴らした。
「あるじどのぉ……しばし猶予をぉ……」
柄のついたボロ雑巾と化したザックを、私はため息交じりで帰還させた。




