悪魔と子犬
7/14 (金) 午後 第1室内模擬戦場
「いやー、観客はほとんどこっちの会場に集まってるみたいだねー」
「うーん、まあこの組み合わせじゃあ仕方ないよ。1年対3年の構図がモロに出てるからなー」
第1室内模擬戦場には20人以上の生徒たちが観覧席に座り、試合が始まるのを今や遅しと待っている。僕とサックもその中に含まれているわけだが。
なにせ、今日の模擬戦は宮ノ本対堀田さん、万屋さん対養ちゃんとゆー3年のトップ2人と1年の期待の2人が対戦する注目カードだ。
これはちょっと狙い過ぎの感もあるが、否が応でも注目せざるを得ないだろう。
いつもは無駄に広い観覧席も、まだまだ余裕があるとはいえこれほど人が集まった景色は見たことがない。
しかも自然と中央から右は3年、左は1年と分かれていて、若干ピリついた空気さえ漂っている。
「なんかちょっと怖いよね、この空気」
サックが怯えたように僕に言う。
「あ、ああ。たしかに今までにない感じだね」
僕らの座る最後列からは観覧席全体の様子がよくわかる。いつもは試合前といえば他愛もない雑談をしたり、携帯をいじったりとのどかな時間なのだが、今日は会話もヒソヒソ声がほとんどで、多くの生徒たちが判定員の先生たちが準備をしている会場の様子を見つめている。
「あら普ちゃん、お久しぶりねぇ」
突然背後から声を掛けられ後ろを振り向くと、そこには標準よりもかなり短めの制服のスカートを履いたモデル体型の黒髪女性が右手を腰に当て、立っていた。
「げっ、森ノ本先輩」
座ったまま振り向いた僕の斜め上には、1段上の通路に立つ先輩の黒のパンティが間近に迫る。
このひと、わざと見せてんな。と、わかってはいるものの、その大人びた下着に眼球が吸い付いたまま離れない。
まずいっ、まずいぞっ! この人は養ちゃんの彼女。しかもかなりの性悪。確実に僕をおちょくりにかかっている。
分かっていても視線は先輩の股間に張り付いたまま、なかなか外せない。
「こ、こんにちは。今日はどうなされたんですか?」
黒のおパンティに向かって話しかける。
「普人くん、どこ見て挨拶してるの!」
激しく僕の肩を揺するサックのことばに我に返る。
「あーら、普ちゃんってとんだムッツリさんねー。養助くんに言い付けちゃうぞぉ」
おそロシア。なんつーくそビッチを彼女にしたんだ、養ちゃんは!
「あっ、それより両子ちゃんに言ったほうがいいかなー?」
やばい、やばいよっ! 俺の人生が社会的に抹殺されてしまう予感しかしないおっ!
「ゆ、ゆるしてください。靴でもなんでも舐めまわしますんで」
震え声で森ノ本先輩に許しを請う。
「んもぅ、冗談よ。私と普ちゃんの仲じゃないのー。じゃあ、今日はここで観よーっと」
そう言って先輩は僕とサックの間に強引に割って入る。
しばし呆然とするサックの肩に、先輩が腕をまわす。
「それでー、きみは普ちゃんのおともだちかなー? かわいいわねー。まるで女の子みたーい」
ゾクッとするほど妖艶な笑みで絡んでくる森ノ本先輩に、柵平君は完全にフリーズする。
やばいっ! サックの秘密がバレてしまう。しかも最悪最凶な相手にぃ!
「あっ、彼は友人の柵平君でして。結構なかよくしてるんですけど、彼はこう見えても男の子でして……」
慌てて説明するものの、先輩は一向にサックから離れようとしない。
「へーそうなんだー。まあ制服で男の子ってのはわかるけど。
……あー、柵平ってもしかして、あの柵平スタッフの?」
「あ、はいぃ……」
消え入りそうな声でサックが返事をする。
森ノ本家も有名な異能の家系だ。発現者の人材派遣業最大手であるサックの家のことを知っていても不思議ではない。
「柵平スタッフにはウチもいろいろお世話になってるわー」
「そ、そうなんですか? じゃあ森ノ本先輩って3大本家の?」
ほー、サックも3大本家を知ってたのか。
「ええ、そうよ。両子ちゃんとは幼馴染みなのよねー。そうでしょ、普ちゃん」
宮ノ本の名前を出され、ビクッと反応してしまう。
「そ、そそ、そうですよね。ですよねー」
冷や汗びっちょびちょで答える僕を、先輩はたのしそうに眺めている。
もういいんじゃないかな? 宮ノ本のはなしはもういいんじゃないかな?
よりによってサックの前でこの悪魔に遭うとは。
このあいだもなんとかなだめたばかりだと言うのに、宮ノ本とのイチャイチャがばらされてしまったらまたサックが口を利いてくれなくなってしまうかもしれん……
「あれー? でもおかしーなぁ」
ビクンッと心臓が跳ね上がる。
な、なんですかその媚びっこびの声は。これは僕への死刑宣告開始の合図なのか?
「たしか柵平家のお子さんは一人娘だって聞いた覚えがあるんだけどなー」
どうやらサックへの死刑宣告だったようだ。
これにはサックがリアルにベンチから跳び上がる。
プルプル震える美幼女は涙目で森ノ本先輩に懇願する。
「ゆ、ゆるしてください……クツを……靴を舐めさせてください……」
これはさすがに度を超えている。リアルにサックが心配になる。
黙って見ているには余りに忍びない光景だった。
「森ノ本先輩、その辺はどうか御内密に願えませんかねー」
僕からも先輩にお願いする。
「大丈夫よー、2人とも。森ノ本家と柵平家の関係を考えたら、私がそんな秘密言いふらすわけないじゃない。サックも泣かないでー」
まあ森ノ本先輩もそこまで後先考えない行動はしない……とは思いたいが、この人の性格からすると少々不安ではある。
「普人くーぅん」
サックが先輩の腕をやんわり払いのけ、泣きながら僕の左隣の席に移動する。
「むう〜、よく手なずけてあるわねー、普ちゃん」
森ノ本先輩のご機嫌は少々傾いてしまったようだ。自業自得という言葉が浮かぶが、これ以上不機嫌になられたら僕とサックにいいことは1つもない。
「まあまあ、先輩。ここは大人の女性として広い心で接してあげてください。サックも悪気はないんですから。
サックももうだいじょぶだって、よしよし」
困り顔で泣きつくサックのあたまをなでなでしてあげる。しかし間近でみる泣き顔のサックもかわいくてドキドキしてしまう。
ちいさな身体からは女子特有のイイ匂いがする。ここが公共の場でなかったら確実にギュッとしてるとこだ。
「でもなんで普ちゃんまでサックの秘密しってるのよ……あ、まさか普ちゃん」
「ちょちょっ、違いますよぉ。サックはあくまで友達なんですから。先輩の考えるような関係じゃないですって」
慌てて否定するものの、森ノ本先輩はニヤニヤしっぱなしだ。
「へー、普ちゃんって意外とモテモテなんだー。知らなかったわ―。
ちなみに何股してんの? 本命は?」
悪意満載で質問攻めしてくる先輩と、子犬のようにしがみ付いてくるサックに挟まれながら困り果てていると、前列の客席がざわっとする。
会場に目を移すと、男子と女子の控室からそれぞれ宮ノ本と堀田さんがほぼ同時に姿を現したところだった。
宮ノ本は制服にスパッツを履いた格好で、堀田先輩は制服のズボンに上は白のTシャツ姿だ。ピチピチのTシャツの上からははちきれんばかりの大胸筋が盛り上がっているのがはっきりわかる。
助かったと思いつつも、普段おとなしい2人の見たことのない殺気を放つ姿に、僕もサックも息を飲む。
いや、僕らだけでなく会場全体の空気が重く張りつめ、自分の聴覚が無くなったのかと疑うくらいの静寂が訪れる。
「これはたのしくなりそうねー」
僕の右隣に座る森ノ本先輩だけはうれしそうにつぶやく。
ゆっくりと模擬戦場中央へと歩いてゆく2人からは、まるでこれから殺し合いでもするんじゃないかと心配になるほどの魔力オーラが、遠く離れた観客席にもはっきり伝わってくる。
判定員である3年担任の一ノ関先生と、もう1人の若い男性教師を挟んで対戦する2人が向かい合う。
先生から試合前恒例のルール説明を聞き、最後におたがい会釈してから向かい合ったまま2、3歩下がる。
「では第1試合、堀田対宮ノ本、はじめっ!」
一ノ関先生の合図で模擬戦がはじまった。




