ぶっかけたぬきそば
7/10 (月) 正午 学生食堂
これは面倒な子が来たなー。ボク的には結構たのしいんだけど、問題は呼刀くんが八田さんに耐性があるかどうかだ。
クラスの常識的な一般人には彼女は受け入れられない傾向にある。なにせヲタクのなかでも腐女子というかなりマニアックな人種であり、さらにそれをまわりに隠そうとしないという致命的な欠点がある。
現に呼刀くんと八田さんが話しているところを1度も見たことがないし、呼刀くんと仲のいい人たちは彼女を避けているのがほとんどだ。
まあ、それをいうと普人くんも同様なんだが、彼は周りの目を気にするという正常な判断能力を有しているので比較的軽度といえる。
「おやおや、これはもう1人の小林君ではございませんか。普人は節操がないですなー。サックという者がありながら他の男にも手を出すとは。
だがその心意気やよし。アタシは嫌いじゃーないのですよ、『泥沼トライアングルサイコーやでー』ですぞ」
これはまずい。
いきなりのド直球を喰らわすのはかなり危険があぶない。呼刀くんは口をあけたまま固まってしまった。
「おいおい八田さん、そのノリははじめての人にはよろしくないんじゃーないかな? それに呼刀とはほぼ初対面じゃないのかい?」
普人くんは冷静に不思議ちゃんをなだめる。
「そーだね。一応自己紹介はしといたほうがいいんじゃないかな、八田さん」
ボクの提案に八田さんも空気を読んだようで、蕎麦を摘まもうとした箸を置き、正面の呼刀くんに挨拶する。
「どーもはじめまして。クラスでちらちら見ていたとは思いますが、八田 日ノ芽と申します。BL大好きっ娘な100,015歳です。以後、お見知りおきを」
固まっていた呼刀くんは我に返り、八田さんの小ボケには全く触れずに自己紹介する。
「……あ、どーも小林 呼刀です。よろしくね、八田さん」
「それはそうと皆の衆、この奇跡を見てくれたまえ。ぶっかけたぬきそばが普人と被るとゆーミラクルが発動していますぞ。これはクルミパンを買ったと思ったらレーズンパンだったくらいの奇跡ですぞ」
「どーでもいいが例えがまちがってるぞ、八田さん。クルミパンとレーズンパン間違えるのはただの不注意であって奇跡でもなんでもねーからね。
まあたしかにクルミパンとレーズンパン間違えることたまにあるけど」
普人くんのツッコミを豪快にソバをすすりながら八田さんは聞き流している。
「ずぞぞっ……んー、美味しっ!夏といえばやっぱりぶっかけたぬきそばに限りますなー……ずぞぞぉ、もぐもぐ……『ぶっかけたぬきそばはじめました』の看板を見かけるようになると、あー夏きたなーと感じますなー……ずぞぞぞぉ」
「ずぞぞっ……そんな看板見たことねーけどな」
2人は蕎麦をすすりながらボケとツッコミのやりとりをする。
「柵平君、いつもこんな感じなの?」
「まあ、わりと」
こちらは冷やし中華を食べながら呼刀くんと会話する。
「一応言っとくけど、ボクと普人くんはそーゆう間柄じゃないからね」
「あ、ああ。なるほど」
「八田さんがBL好きってのはホントみたいだけどねー」
「なるほど……」
麺を口に入れようとした呼刀くんが箸を止め、まじめな顔でボクに言う。
「一応言っとくけど、俺も普人とはそーゆう間柄じゃないからね」
「なるほど」
「ところで100,015歳のボケをスルーされたことは大目に見るとして、私を除け者にして3人で何の話をしていたのでしょうか」
悪魔的年齢設定のボケに釘を刺しながらも、ボクらの話題に興味をもった八田さんの質問に呼刀くんが真面目に答える。
「あーいや、八田さんを除け者にする気はないんだけど、模擬戦で俺が負けたって話をしてただけさ」
うーん、これはまずい。せっかく済んだ暗い話題を蒸し返されてしまう。
「そ、そーいえばサックも先週模擬戦だったんだろ?」
普人くんが察したのか、話題を変えようとボクに話を振ってくる。
土曜に普人くんちに遊びに行ったので、そのときにボクの模擬戦の様子をすべて話したのだが、ここははじめて話すフリをしたほうがよさそうだ。
「いやーそれが相手はハリネズミみたいな魔物でね。針を飛ばすこともできるんでバリアが穴だらけになっちゃってあせったよ。
まあ相手の3年生がボクの能力をあまり知らなかったからなんとか勝てたけどねー」
「アタシも見ていたのですぞ、サックの華麗に勝利する雄姿を……フーフー……なお、観客席で見ていた雌どもはみな、キャッキャウフフと涎を垂らしながらよろこんでいた模様。
やはりこれは昼飯に冷やし中華とぶっかけたぬきそばを食する違いですなー……フーフー……普人も見習ってはどうですか?」
八田さんが冷たいたぬきそばをフーフーするとゆー渾身のボケをこれ見よがしに見せつけながら、普人くんに尋ねる。
「模擬戦のほうかい、それとも冷やし中華のほうかな?」
「フッフーっ、無論冷やし中華ですぞ!」
しつこく続くフーフーのボケに居た堪れなくなったのか、普人くんがやさしくツッコむ。
「わかったわかった。いいかげん冷たいお蕎麦をフーフーするのやめなさい」
「えへへ、わかればよいのです……ずぞぞーっ」
ようやく突っ込んでもらえたからか、すこしうれしそうにしながら八田さんがフーフーしていたソバを一気にすする。
「ところで八田さんは模擬戦をどう思ってるんだい? 相当強い魔物だって聞いたけど、やっぱそれほど苦じゃないのかな」
普人くんが今度はまじめな質問をする。
「なにをおっしゃる普人さん。そりゃアタシだってやんなくていいってんなら平和的に行きたいに決まってるのですよ。
だが、こうやってぶっかけたぬきそばを食べられるのは我々が日々精進しているからに他ならないのですぞ。
それに今強くなっておかないと、将来ぶっかけたぬきそばを食べられなくなってしまうかもしれないのですよ。
働かざる者ぶっかけたぬきそばを食うべからずなのです。それが社会の摂理とゆーものですぞ」
へー、こう言っちゃなんだけど意外とまともな考え方なんだなー、八田さんって。
たしかに今の恵まれた環境はボクらが発現者として訓練しているからに他ならない。いわば会社で働く社会人と同じ扱いだ。
しかも、ボクらには毎月学園からお小遣いも支払われている。そう考えると、ずぶの素人に戦い方を1から教えてくれて何不自由なく暮らせる環境も提供してくれ、卒業後も高額の働き口が引く手あまたの折谷学園は超のつく優良企業だ。
こんなおいしい条件で『模擬戦やりたくないでござる』なんて、我がままもいいところだ。これは正論すぎて返す言葉が見つからないなぁ。
ただ、『ぶっかけたぬきそば』を言いたいだけじゃないかって節が若干見受けられるが……
「んー、たしかに八田さんの言うとおりだね。強制的に入学させられたとはいえ、こんな贅沢な暮らしは普通の高校生じゃできないよ。
働かざる者ぶっかけたぬきそばを食うべからずとはよくいったもんだね」
ボクは彼女のことばに納得する。
「ほんと、単純明快で的を得てるな。このぶっかけたぬきそばも、将来ぶっかけたぬきそばを喰えるのも、模擬戦で僕らが強くなるからなんだよなー。
危ないからーとか、相手を傷つけるからーとか、そんな言い訳してたんじゃこのぶっかけたぬきそばは喰えないんだよなー……ずぞぞーっ」
普人くんのほうも『ぶっかけたぬきそば』を連呼しながら、感慨深げにぶっかけたぬきそば大盛りをすする。
「まあそーゆうことだよ、呼刀。未来のぶっかけたぬきそばのためにがんばろうぜ!」
「がんがれ呼刀君。ぶっかけたぬきそばのためですぞ!」
「呼刀くんなら大丈夫だよ、すぐにぶっかけたぬきそばを食べれるようになる!」
これは流れ上仕方ない。ボクも呼刀くんを励ましつつ『ぶっかけたぬきそば』の語呂の気持ちよさを満喫する。
「あ、う、うん。ありがとう……でも……もしかしてだけど……いや、俺の気のせいかもしれないんだけど……
みんな、ただ『ぶっかけたぬきそば』言いたいだけなんじゃねーの?」
「……え?」
「……え?」
「……え?」




