尋問という名の拷問
7/4 (火) 放課後 玄関ホール
「んー、困った」
僕とサックは放課後、自宅へ帰る途中玄関ホールの掲示板前で立ち話をしていた。
「何が困ったの、普人くん?」
サックの問いに当然のように答える。
「そりゃこの対戦のことだよ。こんな不公平な組み合わせがあるかい? 八百八町の匂いがプンプン丸じゃーないの」
「なんで江戸の町長屋のはなしになってるの。それを言うなら八百長でしょ。あとプンプン丸の使い方まちがってるから」
毎度おなじみの丁寧な突っ込みに僕のテンションはアゲアゲだ。
「いやー、今日も柵平先生のツッコミが冴え渡りますなー。もうわたくし、先生なしではいられないカラダになってしまいましてよ」
「な、なにいってんの昼間っから。そんな、カラダの関係を迫られるなんて……普人くんならべつにイイけど……」
おっとボケを返されてしまった。ここはツッコんでおかないと。
「おいおいサック、そんなこと一言もいってないだろ? それにもう夕方だよ」
「えっ……言ったじゃん。ボクのカラダ、なんどもめちゃくちゃにしてやるって言ったよね? 一生放さないって言ったよね? いったよ、普ちゃん……言ったよ」
潤んだ目でこちらを見上げ、困ったような表情で甘えてくるサック。
えっ? えっ? なにこれ怖い。僕そんなこと言ってないよね……いって、ないよね?
サックの迫真の演技に、本当に自分が言ったかのような錯覚さえ覚えてくる。
潤んだ唇を半開きにし、いまにも泣き出しそうな表情で上目使いで見つめてくる美少年もしくは美少女に、僕の心臓がキュンキュンいいだす。
ぐうかわっ! ぐうかわいいんですけどっ! ぐうの音もでねーほどにかわいいのですけれどっ!
「ところでなにが不公平なの、普人くん?」
僕が目の前の美少年or美少女に抱きつく寸前、サックが真顔にもどって尋ねてくる。
くっそうサックのやつ、いつのまにこんな『お預けテク』を覚えやがったんだ。危うくホントにめちゃくちゃにしちまいそうになったではないか。
「あ、ああ。今月の模擬戦の相手さ。僕の相手があの森ノ本先輩なんだよ。28位の僕がなんで3位の人と戦うんだってはなしだよ。
実力見て対戦決めてるんじゃなかったのかよぉ。これは不公平だろ、誰がどう見ても」
「森ノ本先輩って、確か火田先輩と恋人ってウワサの女の先輩だよね?」
そうか、サックはまだ彼女に会ったことがなかったんだ。とはいえ社交的な性格から人のウワサ話には詳しい。養ちゃんと森ノ本先輩のカップルはどうやら有名みたいだな。
「でも森ノ本先輩は今は8位だよ」
なんだって?
掲示板の上の模擬戦順位の札を見ると、確かに8位の位置には『森ノ本 結』の札が掛けられていた。
「あれ? ほんとだ」
今週から月が替わったので模擬戦の順位にも変動があったようだ。とはいえ36人中8位ならかなり上位に変わりない。
「普人くんは握徒を倒したってことで、今じゃちょっとした有名人だからね。それに、実際強いんだから先生たちも期待して上位の先輩と組んだんじゃないの?」
うわー、めんどくさいことになったわー。真ん中くらいの順位で可もなく不可もなくの平和な日々を過ごそうと密かに計画していたのに、早速プランが台無しじゃないですか。
そーいや模擬戦トップになるっていう霧真者先生との約束もあったよーな気もする。まああれは自由参加的なモノだからね。それほど力入れなくてもいいんじゃないですかね。
でも万が一僕が1位になったときはおっぱい揉み放題の約束は絶対守ってもらうっ! 絶対だっ!
「ところで普人くんはなんで森ノ本先輩のこと知ってるの?」
「あっ、いやー、それは……こ、このまえ偶然商店区で養ちゃんと出会ってね。そのとき一緒に居たんで紹介してもらったんだよ、うんうん」
う、うそは言ってないからな。そのとき宮ノ本とイチャイチャしてたなんて知られたら、またサックのご機嫌が斜めになってしまう。ここは余計な情報はカットだ。
「ほんとうに?」
サックがジト目でこちらを見つめる。
ぐぬぬっ、なぜだ! なぜ疑われている?
「も、もちろんだよ。疑うのなら養ちゃんに聞いてもらっても構わないぞ、ぞ」
マイフレンドはジト目で見つめたまま、僕の周りをウロウロしだす。
「ほんとうかなー? もし本当だとしても、ボクになにか隠してないかなー、普人くん?」
な、なんだコイツは! 恐ろしく鋭いじゃマイカ!
体じゅうの毛穴からヒエヒエのおつゆが一斉に吹き出す。お、おぅおぅお、おちつけ。まだ何もバレてない。まだ何も嘘付いてないんだ。なにを慌てる必要がある。
心臓バクバクの僕にサックが真正面からズイッと近づく。左下から見上げるように僕の顔を覗き込む。
その視線に恐る恐る目を合わせると、
「そのとき普人くん、1人だった?」
なっ、ななななんでっ! なんでっ!
慌てて視線を外し、サックの尋問から逃れる。
だが、冷や汗でべっとりの僕の顔を柵平捜査官が両手でつかみ、無理やり目を合わせる。
「1人だったのかと聞いているのだよ、普人くん!」
「ひぃいいぃっ!」
恐怖に思わず情けない悲鳴を上げてしまう。
だが、柵平さんは僕の脂汗でヌルつく両手をフェイスラインにやさしく滑らせながら、妖しい笑みを浮かべて尋問を続ける。
「1人……だったのかな? もしかして、誰かといっしょだったんじゃないのかなー」
ブルブルと震えだす体を止めようとするが、どうにも治まらない。目から透明な液体が勝手ににじみ出てくる。
「ひっ、1人……じゃ……なかった……かも……しれません……」
涙声でなんとか答えを搾りだすが、友和さんは尋問を止めようとはしない。
「誰といっしょだったの?」
「い、いやー……ちょっと……おぼえてない……かなーと……」
「覚えてないわけないよね? 誰といっしょだった?」
「あのー……呼刀……だったかなー……」
「ちがうよねー。誰といっしょだった?」
だ、だめだ……もう……だめ……ぽ。
「……み、宮ノ本……と、いっしょでした……」
あームリだったー。やっぱムリだったー。
「まーた宮ノ本さんとデートしてたの? 隠れてコソコソコソコソと。エッロいことしてたのかよー、普ちゃん」
サックはベトつく両手を気にもせず、僕のほっぺたを両サイドからムニムニと挟み込む。
「ひ、ひへまへんおぉ。たらひょっと、おはなひひたらへでふおぉ」
「だったらボクと万屋さんもいっしょにお話すればいいでしょーが。ねえ、いーでしょうが」
サックがやっと両手を放してくれたが、まだ不機嫌なままだ。
「いや、宮ノ本はあの性格だろ? みんなの前で本音を話すなんて難しいじゃない。人付き合いの上手いサックならその辺わかるだろ?」
ボクの正論に、ヒートアップしていた尋問マシンは途端にしょげかえってしまう。
「うーん……それはー、わかるけどさー……」
制服のポケットからハンカチを出し、僕の脂汗でベタついた両手のサックに渡す。
「ほら、手ばっちいからこれで拭いて」
「う、うん。ありがと」
今度は顔を赤くして恥ずかしそうにハンカチを受け取る。
しっかしこの子はなんでこんなにカワイイんだ? 反則だろ。
笑顔で手をフキフキするサックに、本気でハグハグしたくなる。
「あ、ハンカチは洗って返すね」
言ってサックは僕のハンカチを自分のポケットにしまう。
かわいくて、気も利いて、誰からも好かれる彼と一緒にいるのがなんだか分不相応な気がして、ときどき腰が引けてしまう。
「でも宮ノ本さんのことはまだ根に持ってるからね」
「あ、はい……」
強いて欠点を言うなら、意外と嫉妬深いことくらいだろうか?
「よー、普人に柵平」
不意に声を掛けられる。
振り向くと、節家先輩がそっぽを向いて立っていた。
いつもどおりの恥ずかしがり屋でそっぽを向くクセは変わらないが、先輩に名前で呼ばれたことに妙な違和感を覚えた。
このあいだまでは『小林』と呼ばれていたのだが、1年に小林が2人いることで不便だから名前に変えたのかな?
「あ、節家先輩。このあいだのボウリング場ではありがとうございました」
「先輩こんにちはー。ほんとあのときはみんな助かりましたよ。ありがとうございました」
「いやいや、礼には及ばんよ、大したことはしてないしな。それより、あれだ……こんなところで立ち話もなんだし、学食でコーヒーでもどうだ?」
相変わらずそっぽをむいたままだが、人付き合いする気ゼロの節家先輩が自分から僕らを誘うなんてはじめてだ。
無論、断る理由もないし、何か大事な話があるのだろうかと気にかかる。
「いいですね。僕も普人くんもよろこんでお供しますよ」
サックが根暗な僕と先輩に気を使って、先頭に立って食堂へと向かう。
「いきましょうか、先輩」
「ああ、すまんな」
まるで行進でもするように、サック、僕、先輩の順で縦一列に廊下を突き進む。
しかし何の話だろう。僕に思い当たる節はないんだが……




