茶番
7/1 (土) 午後 普人宅
「へー、あの呼刀君がそんなに落ち込んでたんだ。でも仲のいい普人君に大怪我させちゃったら落ち込むのも無理ないよ」
「んー、たしかに昨日は僕と戦ってあんなことがあったばかりだから弱気になってただけかもしれないし、僕の目が治ったことを知った今はもう忘れちまって平気な顔してるかもしれないけどね」
そう言う割には普人君の表情は晴れない。逆に呼刀君よりも彼のほうが悩んでいるふうにも見えてくる。
普人君はいつも自分のことを根暗でぼっちと言ってはいるが、仲間意識はかなり強い。でなければ私のことをあんなに突っ込んで助けてくれたりはしなかっただろう。
しかし、普人君と呼刀君がこれほど仲がいいとはちょっと意外だ。性格は真逆を行っているし、現に呼刀君たちのグループで他に普人君と仲良くしている人は見たことがない。
なんだか不自然なくらい呼刀君が普人君と付き合っているようにも見える。
私と両子ちゃんの関係もこんな感じなんだろうか。
最近は両子ちゃんとの距離が遠くなったような気がして少しさみしい。とはいえ両子ちゃんに無理やり周りと仲良くしろとも言えない。両子ちゃんはどっちかというと引っ込み思案な性格で、普人君の前では強がっているが、その性格は普人君に似ている。
それでも両子ちゃんは私にとって大事な親友に変わりない。その彼女が悩んでいたら、私も心配するに決まっている。
「普人君は間違ってないと思うよ。友達にはなしを聞いてもらうだけでも気持ち的にラクになれるからね。それに模擬戦を代わりに戦うことなんてできないんだし、結局は呼刀君の気持ち次第だから周りができることには限界があるんじゃないかな?」
「うん、そだね。また何か悩んでるふうならそれとなく話を聞いてみるよ」
やっと普人君が笑顔になった。ほっとしたところでアイスコーヒーのグラスを口へと運ぶ。もちろんガムシロとミルクを入れてワタシ好みの甘口にしてある。
だが、胸元まで持ってきたところで突然
ぱこんっ
と手にしたグラスに何かがぶつかる。その衝撃で手からグラスが弾かれ、胸元から股にかけてアイスコーヒーが”ドバシャッ”と豪快にぶちまけられる。
「ひゃっ!」
っとその冷たさに思わず悲鳴を上げてしまう。
床には透明なボールが転がる。2匹の魔物が気まずそうにこちらを見ている。
「ご、ごめんリキ……」
「きゅきゅうきゅきゅ……」
どうやら2匹でリキッドのゴムボールを使ってキャッチボールをしていたようだ。
わたしの真っ白なブラウスと青のロングスカートには茶色いシミが広がり、普人君が慌てて台拭きを私に手渡す。
「うわっ、万屋さん取りあえずこれで拭いて! いまタオル持ってくるから」
普人君がタオルを取りに行ってる間、私は手渡された台拭きでシミになった服を拭くが……ふくをフくってなんか寒いんですけど、ププッ……シミは全く取れず気休めに水分がとれる程度で、このやりきれない気持ちを2匹の魔物へとぶつける。
「ちょっと握徒にリキッド。こんなところでキャッチボールしちゃ危ないでしょ。せっかく普人君と2人になれるから気合入れてお気に入りの服着て来たのにぃ。もう、ばかばかっ!」
「ごめんなさい……」
「きゅきゅうきゅきゅぅ……」
白い上着にはコーヒーの跡がはっきり残っている。青のスカートのほうはまるでお漏らしでもしたように股間周辺にシミが集中している。
これは洗濯しても落ちないかなー。
「万屋さんごめんね。これで一応拭いてみて」
普人君が真っ白なタオルを持ってきて、手渡してくれる。
「ああ、Tシャツとジーパンでよければ僕の服代わりに着てもらえるかな? さすがにその服はすぐ洗った方がよさそうだしね」
そう言って普人君は自分の寝室へと入ってゆく。
「コホン……えー、まあだれにでも間違いはあるから、2人とも今後は気を付けてくれたまえよ。おっほっほっ」
「リキぃ、なんでよろこんでるの?」
「きゅきゅう?」
よし! ピンチはチャンス、メンチにソース! ここは一か八かでここで脱ぐ!
ブラウスのボタンを外し、スカートのジッパーをおろす。白のブラジャーとパンティに靴下という思い切った格好で普人君を待つ。
「おわっ! リキがおかしくなった!」
「きゅきゅっ! きゅうきゅきゅっ!」
2匹が恥ずかしそうにしながらも私の下着姿を見て騒ぎ出す。
よ、よーし。モチつけモチつけ。かなり恥ずかしいが、これで普人君も私のエロボディにメロンメロンのソーダソーダになるはずだ。
そのままソファーに押し倒されてしまうことも無きにしも非ずだ。非ずなのだ!
もしくは人前で脱ぐドヘンタイ女と思われるか……
寝室の扉が開き、着替えを持った普人君が出てくる。
「万屋さーん、これでいいか……な……」
顔を真っ赤にしながら下着姿で恥ずかしそうに立つ私を見て、普人君が固まる。
「つ、冷たかったから……服脱いじゃった……なんてね」
捨て犬のようにプルプル震えながら務めて明るく答える。
「……」
「……」
沈黙。
そして失敗の予感。
2人と2匹の時が止まる。
はじめに動いたのは普人君だった。
彼はその場で回れ右をし、後ろ手に着替えを持ってゆっくり後ろ歩きでこちらに近づいてくる。
そうか! 普人君はムッツリスケベだと思っていたが、いざ積極的に来られると紳士的に振る舞うめんどくさいタイプのやつか。
誤算だった。私は彼をただのオッパイバカだと思っていた。ぐぬぬ、不覚。
これでヘンタイ女確定です。オワタです。完全にオワターですよ。
「シントー、がんばれー!」
「きゅうきゅきゅー!」
えっ……何これ。
2匹の魔物が普人君に謎の声援を送りはじめる。
「シーントっ、シーントっ!」
「きゅーきゅっ、きゅーきゅっ!」
2匹の声援のなか、後ろ向きの普人君がゆっくり歩を進め、やがて私の目の前に到達する。
後ろ手のTシャツとジーンズを彼から受け取ると、
「やったー! シントぉー!」
「きゅうきゅー!」
「ぃやったぞー、おまいらー!」
2匹の駆け寄る魔物を普人君が屈んで抱き止める。
バカ騒ぎするオスどもの傍で、私は受け取ったシャツとズボンを着る。
ブカブカだが、普人君の着た服だと思うと悪い気はしない。いや、正確にはメチャクチャ嬉しい。
「普人くーん。ベルトも貸してもらえるかな?」
「かしこまりました、よろこんでー」
居酒屋店員のような返事で普人君はベルトを取りにダッシュしていった。




