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欲望=魔物  作者: クニクニ
4章
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今は逃げる時にあらず

6/30 (金) 深夜  病室


 食事をしたせいか、体調も幾分回復してきたように感じる。しかし、さすがに疲れは完全には抜けず、まだ体が重い。


 遅い夕食を済ませたあと呼刀(ことう)とメールのアドレスを交換し、明日の朝、左目の結果を知らせる約束をして別れた。そうでもしないと呼刀が帰りそうもない雰囲気だった。

 あいつも模擬戦のあと、ずっと俺を待っていたはずだから相当疲れてるはずだ。朝寝ているところを起こすのも悪いから、電話じゃなくメールで知らせることにした。今日はゆっくり休んでくれるといいんだが。


 途中トイレに寄り、病棟のエレベーターで2階の病室へと戻る。

 制服を脱いで患者用ローブに着替え、しわにならないよう夏服を畳んでからベッドに入る。胸と腹の傷口に噛み付きながら巻き付いていた蛇たちは、仰向けに寝た僕の上にとぐろを巻いて治療を続ける。頭の蛇も、枕と頭に挟まれて潰されないよう巻き付く位置をずらす。

 おし、寝る準備万端(ばんたん)!……なのだが、昼間たっぷり寝たあとなので体は疲れていても眠気はない。

 就寝時用の薄明るい照明のなか、病室の天井を眺めながらボーっと時間が過ぎるのを待っていると、ベッドの周りに引いたカーテンの境目から誰かが入ってきた。

 三つ編みにメガネの女教師、霧真者(きりまじゃ) 知華(ともか)先生だ。


「あ……」


 と短く声を上げた僕に、”シーッ”と唇に人差し指をあてて静かにするよう合図する。何事かと固唾(かたず)を飲んで見守ると、ゆっくりとベッドの右脇に近づき、左の手のひらを僕の右目にそっと載せる。


「だーれだ?」


 え?


 なにこれ。

 大怪我を負って病室で寝てる生徒にボケを強要する先生なんて、この平和な現代社会に存在するのだろうか?

 だが、すぐそばに居るもんはしょうがない。とりあえず乗っかるしかないか。


「うーん、ちょっとわかんないっすねー」


 オーソドックスにすっとぼけてみせる。


「じゃあヒント。き? き? きり? きりま?」


 もうほとんど答え言っちゃってますけど……


「きりまじゃ? きりまじゃせん? きりまじゃせんせ? きりまじゃせんせい? きりまじゃせんせいか、そうじゃないか?」


 もう2択になっちゃってますけど……


「きりまじゃせんせいカワイイか、そうじゃないか? きりまじゃせんせいカワイイか、超カワイイか?」


 もう趣旨(しゅし)変わってきてますけど……


「きりまじゃせんせい超カワイイです? きりまじゃせんせい超カワイイですと言え。きりまじゃせんせ……」


「カワイイです。超カワイイです。霧真者先生超カワイイです」


 キリが無いので要望どおりの答えを棒読みする。

 右目を塞(ふさ)いでいた手が取り除かれ、満面の笑みの霧真者先生が目の前に姿を現す。


「そーだよね。先生ちょーカワイイよね」


 いつの間にか胸元のシャツのボタンが数個外され、白く透き通るような肌のプルンッとしたおっぱいの谷間が僕の間近に迫る。

 ブラジャーのカップ部分も見えてしまうくらい大きくはだけた胸の迫力に恥ずかしくなり目を逸らすが、じっくり見たいという男の性(さが)が顔をのぞかせ、結果イヤラシい目でちらちら見るとゆう、人として最低な挙動になってしまう。


「やだー、普人(しんと)君きんもぉおおーい 」


 もうキモいのなら恥ずかしがることはない! そのタプンタプンをじっくり見せやがれください。

 薄暗い部屋のなか、目の前のおぱーいを穴が開くほど凝視する。

 重力に引っ張られ楕円(だえん)状に垂れ下がりながらも、プリンとした張りのあるその双球はまさに熟した果物のようにみずみずしく見える。


「卑怯! なんとゆー卑怯なおっぱい! キモくてもいい、このおっぱいを見つめられるなら!」


「んもー、大袈裟ね。でもそんなに褒められるとまんざらでもないわねー」


 そう言うと先生は靴を脱いで、ベッドに潜り込んでくる。


「ちょっちょっ、霧真者先生! さすがにそれはマズいのでは?」


「いーじゃない、もうチューした仲なんだからぁ」


 確かに先生のうちでチューはされたが、


「あれはほっぺにでしょ? しかも酔っぱらった悪ふざけででしょ?」


「えー、普人君先生を捨てる気? やだやだぁ、知華こまるぅ」


 右腕にしがみつき、ぷにぷにとおっぱいを押し付けながら上目使いに困ったような顔をする。

 くっそー、めちゃくちゃカワイイじゃないですか。

 いや、だめだ。いくら小悪魔にみえても中身は極悪大魔王。油断すれば生き地獄に引きずり込まれてしまう。


「そ、それで今日は何ですか? また頼みごとですか?」


 先生が甘えてくると、条件反射で厄介事を押し付けられると身構えてしまう。


「ちがうわよ。今日は単なるお見舞いよ。箱入(はこいり)先生から聞いて来たわ。左目の傷、かなり深かったんだって?」


 教師の声に変わり、真剣な目つきでこちらを覗き込む。


「いやー、油断しちゃいましたよ。僕がバカやったばっかりに迷惑かけてすみません」


「何言ってるの。そのための教師なんだから。

 それよりあの後大変だったのよ。模擬戦終わったら万屋(よろずや)さんたちが医務室に押しかけて来たもんだから邪魔になるって説得して帰したし、呼刀君は何言っても廊下でずーっと待ってるし」


 たしかに模擬戦で怪我する毎(ごと)に周りが医務室に来たんじゃ、箱入先生や医療スタッフも迷惑だろう。重症なら尚更だ。僕も気を付けないと。


「さっき呼刀といっしょに食事しましたよ。責任感じてるみたいで、ずっと落ち込んでて。左目の結果をメールで知らせるよう約束したらやっと帰りましたよ」


「呼刀君って、普段明るくて友達も多いんだけど、精神的に弱い部分があるのよね。模擬戦が始まってからずっと落ち込んでる感じ。

 まだ勝ち星がないってのもあるけど、もともと争いごとが嫌いみたいで、意気込みはあるんだけど土壇場でどうしても躊躇(ちゅうちょ)しちゃう感じはあるわね。

 彼の魔物のメインは探索能力だし、防御や拘束には不向きなタイプだから、どうしても相手の魔物を倒すか相手を傷つける戦い方しかできない。優しい彼にはつらいでしょうね」


 確かに攻撃しかできないタイプの発現者は、模擬戦では相手を殺してしまうかもという罪悪感や恐怖を抱えながら戦うことになる。リキッドのような拘束が可能だったり、手加減がしやすい魔物ならそのハンデはかなり抑えられる。


「先生、万屋さんも言ってたんですけど、模擬戦がはじまるとクラスの雰囲気って今みたいに暗くなるもんなんですかね?」


「1年生は毎年ああなるものよ。仲のいい友達とも戦わなきゃならなくなるし、負け続けると進級や卒業への不安、焦りも募(つの)ってくる。なにより自分が殺されるんじゃないかっていうストレートな恐怖が目の前に迫ってくるからね。

 性格が粗暴になる生徒や、卑怯な手を使う者も出てくるわ。でもそれは戦闘に対する意欲だったり、知恵を絞った戦略ともいえる。行き過ぎはよくないけれど、前向きな変化ととれるわね。

 最悪なのは逃げることしか考えられなくなる人間。たしかに人生において逃げることは必要よ。無駄な争いを避けることはベストな選択といえるわ。

 でもこの学園は発現者として強くなるための施設。それから逃げるってのは自分の人生や将来から逃げてるのと一緒よ。それはやさしさなんかじゃない。ただ臆病でビビってるだけ。

 自分の保身だけ考えて、手を汚したくないと思ってる甘ったれたガキの理論」


 力説に熱くなったのか、先生の纏(まと)う魔力のオーラが目に見えて鋭くなる。いつになく怖い雰囲気の霧真者先生に、緊張で体が強張(こわば)る。

 普段は明るく優しいキャラクターなので忘れがちだが、発現者の教師をするほどだから当然この人はとんでもなく強い。


「あ、ごめんごめん。ついマジになっちゃった。てへぺろっ」


 おどけて誤魔化(ごまか)す先生だが、僕は引きつった作り笑いをかえすのがやっとだ。


「まあ人間ってのは慣れる生き物よ。3年生もはじめは傷つけあうのを恐れてたけど、今じゃみんな模擬戦慣れしてるから大怪我することも少なくなったわ。手加減はするけど手抜きはしない……相手を傷つけずに倒すってのも模擬戦の目的なのよ」


 だが、それは言うほど簡単なことではない。僕も呼刀のように逃げたいと思ったことは何度もある。でもそこから救ってくれたのは周りの人たちと、変わりたいという自分自身の強い思いだ。


「普人君はどう? 左目の視力を失うかもしれない目に遭って、もう逃げたくなっちゃった?」


「いえいえ、もう慣れました……ってのは言い過ぎですが、僕はまだここで楽しい学園生活を送りたいですよ。例え左目が見えなくなっても、そんなことは大したことじゃありません。

 もっと強くなりたいですし、もっと友達と一緒にいたいですし、もっと超カワイイ女教師とイチャイチャしたいですからね」


 霧真者先生の顔がパッとあかるくなる。


「うーれーしーい。知華うーれーしーい」


 ムニムニと右腕に押し当てられるおっぱいの感触に、先ほどの台詞が台無しになるくらい僕の鼻の下は伸びまくっていた。

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