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欲望=魔物  作者: クニクニ
4章
83/172

強くなる

6/30 (金) 深夜  学生食堂


 夜の11時近くともなると、食堂には人っ子1人いなかった。照明はセンサー式のもので、誰も居なくても完全には消えずに淡い光に切り替わるタイプのようで、僕らが中に入ると少し明るめになった。


 購買部には遅番であろうおじさん、とゆうか初老に近いメガネのおじいさんがレジのなかで椅子に座りながら新聞を読んでいる。

 僕と呼刀(ことう)は店内に入り、弁当の棚へと向かう。


「うーん、さすがにこの時間は数が少ないなー」


 商品棚はガラガラで、残ってるのは売れ残りの不人気商品だ。僕は幕の内弁当とポテトサラダに五目おにぎりを、呼刀は紅鮭弁当とゴボウサラダを持ってレジへ向かう。


「ああ、いらっしゃい」


 僕らにやさしく声を掛け、おじいさんは新聞を畳んで立ち上がると、商品のバーコードを機械で読み取ってはビニール袋に手早く入れてゆき、最後にぼくらの学生証をカードリーダーに通して清算してくれた。


「ありがとね」


 小さくお礼を言うおじいさんに、僕らも軽く会釈する。

 頭に蛇を巻きつけた隻眼(せきがん)の僕にも全く動じず、淡々と自分の仕事をこなしてからふたたび椅子に座って新聞の続きを読む。

 なんとゆープロフェッショナル。これが仕事の流儀か。


 弁当を食堂備え付けのレンジで温めている間、自販機で缶ジュースを買い、俺と呼刀は窓際のテーブル席に着いた。


「んじゃ、喰おうかね」


 軽く手を合わせて拝んでから弁当のラップをはがし、フタをあける。

 温まった小さ目のコロッケに付属のソースをかけ、箸で掴(つま)んで一口かじり、白米を追加で口のなかへ入れる。


「うん、うまい。幕の内もなかなかだな」


 中身がほぼジャガイモのコロッケだが、そこがいい。カボチャコロッケや肉じゃが風コロッケなど、変に凝ったモノで普通のコロッケへの期待を裏切られるよりは余程好感が持てる。

 サバの塩焼きやだし巻きたまごなど、小ぶりのおかずを白米といっしょに口に放り込み、味のバリエーションを楽しむ。これこそが幕の内の醍醐味だろう。

 決して派手なメインのおかずは存在しないが、食生活が偏りがちな1人暮らしにはたまにはこういう物も悪くない。

 何にしても、腹が減っている俺には皆ごちそうだ。

 ポテトサラダも啄(ついば)みながら、缶コーヒーもちびちびやる。緑茶にしようか迷ったが、やはり好きなものを飲むのが1番だ。


 五目おにぎりの包装を左右に引っ張り、パリパリ海苔をおにぎりとドッキングしている最中、呼刀が話しかけてきた。


「普人(しんと)、その左目……大丈夫なのか?」


 少し気は引けるが、嘘を言うことでもないので正直に答える。


「視力が戻るかはわからないってさ。まあ仕様がないさ。いまさら言ったってはじまらない」


 海苔を巻き終わったおにぎりの頂点をかじる。

 パリッという乾いた海苔の食感と、少し硬めの冷えた五目御飯のもっちり感が口のなかで混ざり合い、何とも言えないおいしさが広がる。

 やっぱりコンビニおにぎりはこの一口目がうまいんだよなー。


「ゴメン……ほんとごめん、普人……」


 呼刀が箸を置いて俯(うつむ)く。


 これは……気まずいなぁ……


「やめてくれよ。これは俺の不注意の結果なんだから。模擬戦が終わったからって何も考えずに、すぐダガーを放しちまったのは明らかに俺のミスだ。

 酸欠でお前の意識も朦朧としていることが分かってたし、ダガーフィッシュがまだ動ける状態なのも見えてた。実戦だったら俺は死んでてもおかしくないよ」


 五目おにぎりをモグモグしながら、あの時の状況を振り返る。

 模擬戦をただのスポーツの試合みたいにどこか捉えていた。今やっているのは命を懸けた実戦の練習だ。そういう意味では呼刀のほうがよっぽど真剣に取り組んでいた。

 俺はどこか、呼刀を甘く見ていたのかもしれない。こいつになら余裕で勝てると驕(おご)っていたのかもしれない。こいつはやさしいから、命を懸けるようなことはできないと。


 物思いに耽(ふけ)る僕を、呼刀の言葉が遮(さえぎ)る。


「俺は……正直もうこんなことはやりたくないよ。人殺しも、殺されるのもまっぴらだ。お前はそうは思わないのか、普人?

 ほかのみんなも、なんでこんなこと平気でできるんだ。たまたま発現者の才能があるってだけでこんなところに連れてこられて、なんでこんなことをしなきゃならない? おかしいだろっ!」


 めずらしく呼刀が語気を荒げてしゃべる。



「俺も平気じゃないよ、呼刀。不適合者判定試験のときは、一緒に受けた石場(いしば)ってヤツがいてさ。こいつがまあしょーもないクズ野郎でさー。

 こんなやつでも、ヤバくなったら最後は先生が止めてくれんだろうなーとどっかで思ってたんだ。

 そいつが目の前で2年生に燃やされながらあっさり死んでくのを見たときはビビったよ。あー、俺もこうなるんだと思ったら声も出なくなって、チビりながらヒーヒー泣きまくってたよ。

 ……あ、チビったってのは嘘だけどな。軽い尿漏れ程度だぞ」


「じゃあなんでお前は戦えたんだ? そんな怖い思いしたのに、なんで逃げようとしなかった。あのときまだ発現もしてなかったんだろ? そんな怖ぇ先輩にどうして丸腰で挑めたんだよ」


 先程よりは幾分冷静になったのか、尿漏れのボケは無視して呼刀が静かに疑問を投げかけてくる。


「そりゃ単純だよ。他に助かる方法がなかったからさ。逃げ出す隙はたしかにあったけど、怖くて体が動かなかったし、これだけの施設から逃げ切れるとは思えない。

 それに……諦めきれなかったんだよ、生きることを。

 ただ生きたいとだけしか思えなかった。他のことを考える暇がなかった。だから、素手で相手をぶん殴ろうって思ったんだ。

 今考えると恐ろしくバカなんだが、その時はそれしか考えてなかった。確かに相手を殺したくないし、自分も殺されたくないとは思ってたけど、なんとかなるんじゃないかと根拠もなく考えてたんだ」



 呼刀は俯(うつむ)いたまま、黙り込んでしまった。

 パリッパリッという俺のおにぎりを噛む音が響く。


「呼刀、おまえは発現候補者だとわかったとき、どう思った? 今みたいに逃げたいって思ったか?

 俺はもう嬉しくて浮かれまくってたよ。普通の人間にはない強い能力が手に入ると思ってさ。

 だから俺1人発現しなかったときは毎晩泣いてたし、試験でリキッドが出て来たときはすんげー嬉しかったよ。

 実際、俺もお前もいま、普通の人間がどう努力したって得られない力を持ってるんだ。周りがみんな発現者だからあんまり実感できないかもしれないけど、これってすげーワクワクしないか?

 自分に才能があるって目に見えてはっきり分かるなんて、普通だったらありえないだろ? だからその才能を磨かなきゃ、もったいなさすぎるよ」


「でも……俺のダガーじゃダメだよ。お前や、ほかのみんなのようには強くなれない。俺には発現者の才能なんてないし、命を懸けて戦う勇気もないよ……」


 普段は明るくて誰からも好かれる呼刀が、今は根暗で、卑屈で、中学のときの俺を見てるみたいだ。


「はっきり言っておく。それはお前の勘違いだ。

 俺だって全然弱っちいし、模擬戦は怖いよ。ほかのみんなも平気じゃないハズさ。最近クラスの雰囲気も暗いしな。

 でも今はやるしかないよ、呼刀。このまま現実の社会に出て行ってもロクなことにはならないだろ? 普通の人間からすれば発現者は厄介者だし、発現者の社会でも弱っちいヤツや役に立たないヤツなんて生きていけないんじゃないかな。

 とにかくここで強くなる。そうすりゃ、戦うことも、逃げることも、隠れることもできるようになるよ。弱いまんまじゃ、せいぜい諦めることくらいしかできないだろ?」


 俯いていた呼刀がやっと顔を上げ、こちらを見る。


「やさしい呼刀は嫌いじゃないよ。でも今日のことはお前のせいじゃない。だからもう気にしないで、お互いもっと強くなろぜ。

 しかし五目おにぎりもなかなかあなどれんなー……むぐむぐ」


「ああ、ありがとう……」


 ふたたび鮭弁に箸をつけ始めた呼刀だが、沈んだ表情が晴れることはなかった。

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