医務室の常連
6/30 (金) 深夜 病室
目覚めると、ベッドの上だった。
いつもより視野が狭い。
……左の瞼が開かないのに気付く。
徐々に記憶がよみがえってくる。たしか模擬戦をしていたはずだ。そう、呼刀と戦ってたはずだが……
よくは思い出せない。それになんだか体がダルい。疲れきった感じがする。だが、眠気はない。相当ながい間眠っていたのだろうか?
腹がへった。面倒だが起きて学食にでも行こうか。
いや、起きたらマズいのかな?
そもそもここはどこだろう。周りは薄いカーテンで遮られているから、また医務室だろうか。
そーいえば、しょっちゅう医務室に来てるなぁ。箱入先生にまた迷惑をかけてしまったのだろうか。
かけられたシーツのなかの手を動かすと、お馴染みの患者用ローブを着ていて、腹部と胸部に紐状の物体の感触がある。どうやら先生の蛇が2匹、傷口に噛み付いてるようだ。
「そーか、たしかダガーを喰らって……」
4匹のダガーフィッシュが突き刺さって倒れたのを思い出す。
左目……
左目にも突き刺さったはずだ。どうなっているのか気になる。
左手をシーツから出し、左目に触れようとすると、鱗の感触が伝わる。どうやらこちらの傷口も蛇が治療してくれているようだ。
頭部周辺をまさぐると、包帯を巻かれた上から蛇が左目に噛み付き、節家先輩に殴られたときと同様に僕の頭に巻きついているようだ。
しかし、ダガーはかなり深く突き刺さったはずだ。左目は潰れてしまった状態から治るのものなんだろうか。
まあ生きているだけでかなりラッキーだな。右目も見えるし、贅沢は言えない。なにしろ自分の油断が招いた結果なので、高望みなどできるはずもない。
自業自得とはよくいったものだ。
ガラッ
と、引き戸を開ける音がする。キュッキュッというわずかな靴音が近づいてきて、薄いカーテンが開かれる。
「よう、常連さん。お目覚めかな?」
白衣の箱入先生が笑顔であいさつしてくる。
「毎度毎度、すみません」
いつもジャストタイミングで先生はやってくるが、蛇の感覚で患者が起きたのがわかるのだろうか。
「しかし今回はまた手ひどくやられたなー。さすがに全箇所は無理だったんで、傷の深いとこだけアスクレピオスに噛ませといたぞ」
この蛇、そんな名前だったのか。だが長くて言い難そうな名前は、聞いた傍から忘れてしまう。
「先生、左目は治るんでしょうか」
一番気になる点を質問する。治らないにしても、早めに知っておいた方がなにかと気が楽だ。
「正直微妙なところだ……と、思っといたほうがいい。アスクレピオスが治せない傷ではないが、目の器官ってのは繊細だからな。治っても視力が戻らない場合もある。
治ったらラッキーぐらいに考えといたほうがあとあと楽だぞ」
いつになく真剣な眼差しで箱入先生が説明する。
それなりの覚悟はしておけってことだろう。それだけ聞ければ十分だ。
「ありがとうございます」
「蛇は大事をとって明日の朝まで治療を続けさせよう。もうほぼ傷口は塞がってるはずだがね。
今日はここに泊まってもらうぞ。ああ、メシは食堂の購買部がまだ開いてるから自分で好きなもの買ってくれ。ここで喰っても、食堂でもかまわんよ。マズい病院食なんて嫌だろ?
ここは病棟2階の病室だから、食堂までそんなに遠くはない。でも激しい運動はダメだからな」
そーいえば今何時なんだろ?
「先生、いま何時ですかね?」
「おお、すまん。えーと……いま夜の10時半だ」
つまり8時間近く寝てたってことか。それは傷口も塞がるわけだ。
にしても体のダルさがまだ残る。食堂までの道のりが遠く感じるなぁ。
「あと、君が起きるのを待ってた人間がいるぞ。通していいか?」
「え……ええ。大丈夫ですよ」
こんな遅くまで待ってたのか? 霧真者先生かな?
「じゃ、メシ喰ったら安静にしてるんだぞ。治るもんもなおらんからな」
箱入先生が病室を出ていったあと、程なくしてコンコンッとドアをノックする音がした。
「どうぞ―」
ベッドから上体を起こし、扉に向かって答える。
入ってきたのは呼刀だった。
「だいじょぶか、普人?」
「ああ、大丈夫だって。お前こそ、こんな時間までわざわざ待ってたのか?」
「そりゃ、心配だったからな。俺のせいで大怪我させちまったんだし……」
どうやら責任を感じて、俺が起きるまで待っていてくれたようだ。
呼刀は見た目はチャラくて明るいが、けっこう素直でマジメな性格だ。そこが周りに好かれる理由なんだが、少し素直すぎて周りや自分が見えなくなることも多々見受けられる。
ボッチの俺から見ても、時々危なっかしく映る。
「なーんだ、そんなこと気にしてたのか。こんなの事故みたいなモンだろ?
そんなことよりメシ喰いに行こーぜー。って、もう喰ったか?」
「いいや、まだだよ」
素直な性格の分、落ち込んでるのもわかりやすい。
「じゃあ問題ないな。ちょっと待っててくれ、すぐ着替えるから」
呼刀が廊下に出て待つあいだ、ベッド脇のキャビネットの上に用意された新品の夏用の制服に着替え、靴を履く。さすがにあの穴だらけの制服は捨てられたようだ。
スマホと財布も控室のロッカーから持ってきてくれたようで、キャビネットの上に載っていた。
多少足元がフラつくが、呼刀の前でこんな姿を見せたのでは気を使わせる。気だるい体に無理やり喝を入れ、胸を張って廊下に出る。
「おまたせ。んじゃいこかー」
呼刀とメシを喰うなんて初めてだな。勢いで誘っちまったが、リア充と楽しい会話をする自信など毛頭ないんだが……どうしよう。




