油断
6/30 (金) 午後 第2室内模擬戦場
目の前には見慣れた顔が、見慣れない表情で立っている。その男の周りには3匹の両刃ナイフのような魚型の魔物が浮いている。
「普人、悪いが手加減するつもりはないからな。そっちも本気でやってくれ」
何時になく気負った表情の呼刀が俺に言う。このあいだ、サックに一方的にやられたんでかなり焦っているようだ。
こいつらしくない殺気だった雰囲気だが、初戦で勝てなかった生徒はみなこんな感じだ。来週からは3年生とも戦うようになる。いまのうちに1勝でもしておきたいと思うのが自然だろう。
もちろん俺も初戦負け組だ。それほど執着してはいないが、勝ちたいのに変わりはない。
「ああ、わかったよ」
俺もゆるキャラのリキッドを呼び出し、自分の左肩に載せる。まだ試合ははじまっていないが、試合前に魔物を召喚するのは反則でもなんでもない。
呼刀のダガーフィッシュは最大4匹まで召喚できるはずだ。目の前には3匹しか見えないということは、1匹は未召喚か、どこかに隠れているのだろう。
おそらく試合開始と同時に3匹が一斉に攻撃してくる可能性が高い。当然こちらもリキッドを膜状に変形させ、1匹でも多く粘着膜に絡め取って捕獲するつもりだ。そこで4匹とも捕まったら試合は終わってしまうため、呼刀は大事をとって1匹は残しておく作戦だろう。
しかしダガーのスピードは侮れない。しかも流線型の細く小さな体のため、変則的な軌道で泳げるので捉えにくい。あのカジキのような突き出た鼻がトップスピードで突き刺されば、大怪我も有り得る。
「じゃあ、2人とも始めるわよ。本日の模擬戦第2試合、はじめっ!」
霧真者先生の合図と同時に、3匹のダガーが俺の周囲を遠巻きに囲む。
こちらも肩のリキッドを闘牛で使うムレータのような薄い布状に変形させ、闘牛士よろしく魚たちの攻撃に身構える。上辺を硬めにすることで片手で簡単に振れ、咄嗟の動きにも反応しやすい。
同時に、空いた左手にはボール状のリキッドを呼び出す。呼刀の魔物は防御には不向きなため、ダガーフィッシュはすべて攻めに集中させるほうが効率がいい。となると自ずと奴本体はがら空きになりやすいから、被弾覚悟でこっちから攻めるのも有効だろう。
「ダガー、突っ込め!」
呼刀の合図と同時に3匹が猛スピードで接近する。
とりあえずは前方の1匹に集中だ。目の前のダガーは蛇行しながら俺の真正面へ突っ込んでくる。体勢を低くしてムレータを構える俺の右ふくらはぎと背中に突如、激痛が走る。背後に回り込んだ他の2匹が先に刺さったようだ。
次の瞬間、正面のダガーはUターンする。くそっ、正面のは囮か。ならこちらも作戦変更だ。
ムレータの粘着状にした布部分でふくらはぎに突き刺さったダガーを撫でると、すぐに魚型の魔物は引っ付いて捕まる。引っ付いたダガーはそのまま全身をリキッドに包まれ、布の中に埋め込まれる。
その間に背中のダガーは身をよじって鼻先を引き抜き、空を泳いで離れてゆく。
背中と右足が多少痛むが、それほど深刻な傷じゃない。足の傷は走るのに支障が出そうだが、何より1匹捕獲できたのは大きい。透明な布のなかに取り込まれたダガーが必死にもがくが、出られるはずもない。
「出てこい」
呼刀が4匹目のダガーをじぶんの目の前に呼び出す。
よし、隙だらけだ! ムレータのリキッドをその場に落とし、左手のボールリキッドを右手に持ち替えてオーバースローで軽く投げる。
若干山なりに放られたボールは、最後のダガーを召喚し終わったばかりの呼刀めがけて飛んでゆく。
「広がれ!」
ボールは薄い膜状に広がり、呼刀の上半身に降りかかる。
「うわっ!」
召喚に気を取られていた呼刀は気付くのが遅れ、両腕で膜状のリキッドを防ごうとするがもう手遅れだ。彼の両腕と胴体にはべったりとスライムのような物体が張り付き、そのまま体を締め付けるように広がってゆく。
「もういっちょ」
追加で呼び出したボール型のリキッドを、もがく呼刀に投げつける。ボールはヤツの腹部にあたる瞬間”ベチャッ”とジェル状に変化し、あらかじめ引っ付いていた膜状のものと融合して呼刀の上半身全体をスライムが包み込む。
「締め上げろ!」
張り付いたリキッドは僕の命令に従い、呼刀の両腕を腕組みした状態のように胴体の前面に張り付けて、そのまま強力なゴムのように締め付ける。
「ぐぐっ、くっそぉ……」
呼刀は顔を真っ赤にして、力ずくでリキッドを引きちぎろうとするが、握徒ならまだしも生身の人間が引きちぎれるほど軟な代物ではない。
「悪いが呼刀、本気でやるって約束だからな」
胴体を締めあげているリキッドが更に上へと登ってゆく。首筋を這うようにせり上がり、顎を伝ってマスクのように口、鼻を塞ぐ。
「ぐむおむむっ、むぐううぅっ!」
気道を塞がれた呼刀は酸欠でもがき始める。
友人を攻撃するのは気が咎めるが、少々苦しい思いをしてもらわにゃならん。もちろん、危なくなったらすぐに顔のリキッドは離すつもりだが、呼刀の方も黙ってやられるわけがない。
すぐに地面に落ちた布状のリキッドを拾うと、3匹のダガーフィッシュが一斉に襲い掛かってくる。
だが酸欠状態で勝負を急いでいるのか、先ほどの蛇行した泳ぎとは違い、まっすぐこちらに向かってくる。その分軌道は読みやすいが、威力は上がっているはずだ。
正面にきたヤツをムレータで受け止めるのと同時に、左腿の裏と右肩に2匹が深く突き刺さる。
「ぐあっ!」
骨にまで達するほどの深い刺し傷に思わず叫び声をあげる。だがこれはチャンスだ。深く刺さった鼻先がなかなか抜けずに、2匹の魔物は尾ひれを激しく振って暴れている。
肩とモモの痛みに耐え、刺さったまま暴れる2匹を布状のリキッドに埋め込み、体から引き抜く。
4匹すべてを埋め込んだムレータ型のリキッドを立方体に変え、右手のひらに載せる。
透明で大きなサイコロに胴体部分が埋まった状態のダガーフィッシュたちは、採れたての鮮魚よろしくリキッドからはみ出た顔や尾ひれを左右にピチピチ振って、なんとか逃げ出そうともがいている。
「はい、捕獲完了」
霧真者先生はそれを確認し、ブザーを鳴らす。
ビイイィーーーッ
という電子音が鳴りひびいたのを確認し、俺はすぐに呼刀に張り付いたリキッドを帰還させる。
「ぶはぁっ! はあっ、はあっ……ぐへっ、げほっ!」
上半身を縛られ、鼻と口を塞がれて苦しんでいた呼刀は、むせ返りながらその場にへたりこむ。
「だいじょぶか、呼刀?」
苦しそうな友人に声を掛けつつ、手のひらの四角いリキッドも帰還させる。
自由になった4匹のダガーフィッシュは”びくんっ”と宙に跳ね上がったかと思うと、まだ受けていた主の命を実行に移す。
胸に、肩に、腹に、そして左目に。
4匹の魚が俺の体に一斉に突き刺さる。
その衝撃で後ろに倒れ、後頭部を地面に強打する。
不思議と痛みはさほど感じず、ジンジンという鈍い痛みと血が流れる熱い感触が、ダガーの刺さった傷口と後頭部から伝わってくる。
「普人君っ! しんとくんっ!」
こちらに駆け寄る霧真者先生の叫ぶような声が、遠く薄れてゆく意識のなかで最後に聞こえた。




