前向きの決意
6/27 (火) 放課後 学生食堂
「いやー、さすがに疲れたね、普人君」
自販機で買ったペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら万屋さんが僕に言う。
「それにしても万屋さんって結構運動神経いいんだね。驚いたよ」
放課後、学園のトレーニングルームで自主トレをしようと訪れると、万屋さんとバッタリ出くわした。
当然僕はいつも1人か、サックといっしょなのだが、万屋さんが1人でいるのははじめて見た気がする。
2人は挨拶はしたものの、トレーニング中は余計なおしゃべりは気が散るのでそれぞれ別々に自分のメニューをこなした。これはサックと一緒のときも同様で、体格差からやりたいメニューも違うし、1人の方が効率的に集中してできるので別れてやることにしている。
僕はいつものランニングマシンを30分ほど行ってから器具を使っての筋トレを1通り行い、最後に再びランニングを行うメニューで終わらせた。
万屋さんは軽くストレッチと筋トレをしたあと、かなり長い間ランニングマシンの上で走っていた。広いトレーニングルームには他にも自主練をしている生徒はいたが、彼女が一番長く走っていたようだ。
商店区にもスポーツジムがあり、もちろんそちらも誰でも無料で利用できる。向こうは室内プールの利用も可能なのだが、わざわざ商店区にいかなければいけないというデメリットもあり、一長一短と言ったところだろうか。
授業でも体力づくりは重要な要素として行うし、放課後に自主トレをするのは個人の裁量に任されている。模擬戦場や実習室での魔力を使ったトレーニングも可能だし、全くやらなくても問題ない。
結果さえ出せばokというのが折谷学園の流儀だ。
「一応、宮ノ本家でもトレーニングは少しやってたからね。まあ両子ちゃんほどみっちりはやってないけど」
「へ、へー……そうなんだ」
宮ノ本の名を聞いて、すこしドキッとする。先週、宮ノ本が抱きついてきたのは未だに夢ではなかったかと疑っている。
学校で会ってもあの時のことは全く触れないし、何事もなかったかのように淡々と過ごしているように見える。
サックといい、宮ノ本といい、女の子ってのはみんな秘密を隠すのが上手なんだろうか。
でも、目の前の万屋さんは握徒の一件以来、見違えるように変わったよな。
以前は明るい性格だったけど、どこか影があってよそよそしい感じを周りに与えていた。しかし最近は暗い部分がすっかりなくなって、クラスの人気者の仲間入りだもんなー。
それに引き替え僕ときたら、判定試験をパスしても、握徒を倒しても、相変わらず根暗でボッチだよなー。
「はー、これが生まれ持ったキャラクターのちがいかー」
「えっ、なになに?」
万屋さんが少し驚いたように僕の独り言に反応する。
「ああ、ごめんごめん。ただの独り言だよ。気にしないで、万屋さん」
手を振ってなんとか誤魔化すと、こんどは万屋さんのほうから話を振ってきた。
「ねーねー、ところで普人君。最近クラスの雰囲気が変わったと思わない?」
それは確かに僕も感じていた。
「うーん、なんとゆうか……暗くなったよね。まあ僕は前から暗かったからあんま変わんないけど」
「そーなんだよねー。……あっ、この『そーなんだよねー』はクラス全体のことだからね。決して普人君のことではないからね。
わたしは普人君が暗いなんて思ったこと1度もないよ。普人君は明るいよ、普人君は楽しいよ、普人君はハッピーだよ、『やあ、普人君だよっ』だよ!」
ちょっと何いってるかわかんないっすね……
ま、まあ、万屋さんなりに僕を励ましてくれているのだろう……と思うのだが、これは万屋さんのボケとも取れるので判断に迷う。ツッコまないとマズイかなとも思うし、まじめに言ってたのならツッコんだら只々僕の印象が悪くなるだけだし。
「い、いやー、それほどでもー……」
でたっ! 殿下の宝刀『いやー、それほどでも』!
やんわりと受け入れてるようにも取れるし、ボケに対してもう一度ボケを乗せているようにも見える。仲の良い友達がわけのわからないことを振ってきたときには効果抜群の受け答えだ。
「そんなことない! 普人君と一緒に居ると、あたしとっても楽しいし、両子ちゃんや柵平君も楽しいって言ってるよ」
あぶねー、マジなやつだったー。ヘタにツッコまなくてよかったー。
「そうなんだ、ありがとう万屋さん」
「ごめん……両子ちゃんも柵平君も実際に言ってるのは聞いたことないんだ。で、でも、ほんと2人とも普人君といると楽しそうだなーって思って、その……」
マジメかー、マジメすぎですよー、万屋さん。そこはニュアンスでだいたいわかるから流してもいいんじゃないかなー?
なんとゆー万屋迷宮! これはもう脱出不可能に思えてきた。早めに話を戻したほうがよさそうだ。
「ま、まあ僕のことは置いといて、クラスが暗くなったってはなしだよね?」
「そうそう。やっぱり模擬戦が始まってから、みんなどことなくピリピリしてる感じなんだよねー」
まあこれはある程度予想できたし、仕方ないことだとも思う。
いままで普通の高校生と変わらない学園生活を送ってきたのに、クラスメイトといきなり死を覚悟して戦わなければならなくなったのだから平気な方が異常だろう。
入学当初から模擬戦のことは知らされてはいたが、頭ん中でかんがえてるのと実際にやるのとでは大違いだ。
不適合者判定試験で僕が経験したことをみんなも今、感じているに違いない。
ただ……
「多分、今はまだマシなほうだと思うよ」
「うん? どうゆうこと?」
不思議顔の万屋さんに理由を説明する。
「今月は1年生同士だからお互い遠慮したり、本気を出すのを躊躇したりしている人間も多いんじゃないかな?
でも7月からは上級生を相手にすることも多くなる。今の2年生は節家先輩1人だから、実質2年間も経験を積んだ3年生と、発現してから3ヶ月のほぼ初心者の僕らが命を落とす危険のある戦いをすることになるんだ。
やさしい3年生が僕らの力量に合わせて手加減してくれるなら今より安全になるかもしれないけど、油断したら殺される危険な戦いで手を抜くような真似は普通はしないんじゃないかな?
むしろ、負けの込んでる上級生にとっては僕らはいいカモだと見られてるだろうね」
「うう〜、どうしよう普人君。私なんてカモが深谷ネギ背負って伊賀焼の黒土鍋に卓上コンロ持参で隣りの晩御飯に突撃してるようなもんだよ。やばいっ、やばいよー!」
意外とグルメなんだな、万屋さんって。
「万屋さん、落ち着いて。握徒はかなり強いって評判だから上級生も迂闊には近づかないよ。それに実際強いんだから、落ち着いて戦えば大丈夫」
万屋さんと戦いたがるのなんてかなり上位の人たちだろう。それこそ養ちゃんや堀田さんクラスだから、あの人たちならむしろ安全といえる。但し森ノ本先輩は除く。
先輩でも1年でも、弱い相手と戦って少しでも上位になりたいと思うのが普通だろう。模擬戦の成績によって卒業後の進路が有利になるのだから、どんな相手でも手を抜かないのは悪いことではない。
「大半の1年生は来月の模擬戦は負けるだろうと僕は思ってるよ。だから今よりみんなもっと落ち込んで、もっと暗い雰囲気になるかもしれない……
模擬戦が嫌になって、ヘタをするとこの学園から脱走しようとする生徒もいるかもしれないね」
「まさかー。だってこの敷地から許可なく出たら校長先生の魔物に憑りつかれちゃうんでしょ?」
僕らの体には小型の発信機が埋まっている。これは入学前、折谷学園に連れてこられたときに新入生全員が体に埋め込まれる決まりだ。
ただ、どうやって埋め込まれたのかはわからない。健康診断の後、係りの発現者の能力によって眠らされ、目覚めたときには処置は終わったと聞かされた。
どこに埋め込まれているかは保安のため教えてもらえないし、体には手術をしたような痕跡も全くない。
これは暗示による精神的な枷を与えただけ、つまり発信機は実際には埋め込まれずに言葉だけで僕らを学園内に留まらせるためのフェイクとも考えられるが、これだけの規模の施設でそんな危険な賭けを学園側がするとは思えない。きっと、物体を体内に埋め込める能力の発現者がいるのだろう。
そして、学園の敷地から無断で離れた生徒には折谷校長の魔物が憑りつき、学園に戻らない者にはそれなりの処置をくだすという話だ。
なんとも曖昧で胡散臭いはなしではあるが、今年の1年生でここから逃げ出そうとした者はまだだれもいない。
「まあ、噂じゃあここから逃げ出せた生徒は1人もいないって聞くけど、まだ僕らのクラスじゃ誰もそんなことする人間はいないから真偽は定かじゃないけどね。
人間ってのはいくら話を聞いても実際に自分で体験しないと理解できない生き物なんじゃないかな。現に模擬戦をやるまではみんな普通の高校生と変わらない、平和な様子だったしね。
おっと、いまのは嫌味な言い方だったね。聞かなかったことにしてくれ、万屋さん」
「うん、まー私も実際、握徒と普人君が対戦するまではちょっと他人事っていうか、なんとかなると思ってた部分もあるんだ。ごめんね、普人君。
でもね、せっかくみんなと一緒のクラスになれたんだから、明るくたのしい学園生活をできないものかなーって思ったの」
万屋さんらしい前向きな意見だな。この人と友達になれて、僕は本当に良かったと思う。
「学園生活がたのしくなるかは……もっというと、人生がたのしくなるかは本人が前向きになれるかどうかじゃないかな。模擬戦っていう現実に絶望するか、自分が強くなって勝とうと決意するか。
みんなが決意すれば自然とクラスの雰囲気は明るくなるんじゃないかな、今の万屋さんみたいに」
「私はまだこれからだよ。いままでは普人君や両子ちゃんに助けられてばかりだったから。
普人君は決意したんだね。だって判定試験で発現したし、私と握徒も助けてくれた。何より普人君といると、あかるくなるもん」
なんともうれしい言葉だ。思わず目頭が熱くなる。
「いやいや、僕だってまだ途中だよ。決意が鈍ればすぐに元の根暗で、後ろ向きで、ひとりぼっちの自分に逆戻りさ。
だから、今できることはやっとかないとね。あとで後悔はしたくないから」
手にしたペットボトルを口に運び、スポーツ飲料で乾いた喉を潤した。




