自由奔放に感化され
6/21 (水) 放課後 喫茶店
「快楽殺人者なら、ただの人間では面白くないと感じたのかもしれないね」
火田先輩が話し始める。私と小林君、結姉はパフェを口に運びながらその仮説に聞き入る。
「簡単に殺せる人間ではなく、ある程度のスリルを楽しみたいと考えたのなら発現したばかりの1年生を狙ったことの説明もつく。
強敵と命の駆け引きをしたいのなら、彼を探している月ノ本家の人間と戦えばいいわけだし。
結、月ノ本家の人間で死傷者は出てるのかな?」
「さあねー。出ていたとしても面子を大事にする家柄だから私たちには言わないと思うけど、月ノ本家の大物が死んだら発現者界隈でウワサになってるはずよ」
「なら多分月代の居場所がわからないだけで、奴を倒せる戦力は月ノ本一族には揃ってるんだろう。
だが、殺された人間が白髪になるってことは、人殺しは楽しむためじゃなくて、相手の生命力のようなものを奪うのが目的なのかもしれない。
普通の人間ではなく発現者を襲うようになったってことは、魔力を奪う能力をもつ確率が高いんじゃないかな」
つまり月代の魔物の能力は吸血鬼のように相手の魔力を吸い上げる能力。
それなら、戦闘経験の未熟な学園の1年生を狙ったのも納得がいく。
「結は月代が自分の魔物に憑りつかれたって言っただろ? ならその魔物が他人の魔力をエサにしているか、他人の魔力で強くなるタイプとも考えられる。
もうすでに月代の自我は無くて、魔物が月代を動かしてる可能性もあるね」
隣りの小林君に目をやる。彼の憑依能力も相手の魔力を吸収するものだ。
小林君も月代のように、私たちを襲う存在に変わる可能性も……いや、彼に限ってはあり得ない。私もバカなことを考えたものだ。
「ん、どうした? 宮ノ本」
不意に小林君がこちらの視線に気付き、怪訝な表情を向ける。
「え……いいえ。なんでもないわ」
私は昔から嘘や隠し事がヘタで、よく結姉からもからかわれたものだ。今も、顔にはっきりと動揺が出てしまったらしい。
「俺の能力のことか?」
完全にバレていた。はぁ〜、私はホントこういう才能はゼロね。
「あら? 2人でナイショ話かな? やっぱ仲いいじゃないの、付き合っちゃえばー?」
結姉がからかってくる。また自然と顔が真っ赤になり、反論しようかとも思ったが、どつぼにハマるだけとわかっているので塞ぎ込む。
「いえいえ、僕の憑依能力も魔力を吸収するものなんで、宮ノ本がちょっと気にしただけですよ」
小林君が私の代わりに落ち着き払った態度で謙虚に受け答えする。普段はなんとも頼りない印象だが、今日はなんだか頼もしく見える。
「へー、そいつは凄いね普ちゃん。なら月代の魔物も普ちゃんと同じタイプかもしれないな」
「能力が似ていると魔物も似るもんなの?」
小林君はまだ発現者の経験が浅いから知らないようだ。
「ええ、一般的に魔物のタイプが似ているほどその能力も似通ったものになりやすい傾向があるのよ。もちろん例外もあるけれど。
月代の魔物もリキッドのような不定形の性質を持つ可能性は十分あるわ。そうなるとかなり厄介な相手だけど」
実際、リキッドは幅広い応用が効くオールラウンドタイプだ。パワーやスピードこそ無いものの、その能力は魔物としてはトップクラスと言える。
敵には回したくないタイプだ。
「普ちゃんも宮ノ本さんも1年生とはいえどかなりの実力者だ。でももし月代のような襲撃者と出会っても、極力戦わないほうがいい。逃げられるならすぐに逃げて、対処は教師に任せるべきだ。そのための教師だからね。
回避ができないときだけ戦うのが鉄則だよ。特に、1年生とはいえ発現者を10人も一度に倒せるような奴を相手にするのはバカのすることだ。言い方は悪いけど、これは事実だからね。
もちろん僕と結もそうするつもりだよ」
火田先輩の話は的を得ている。いくら経験の浅い発現者の隙をついたとしても、10人という数は尋常ではない。そんなバケモノとは戦わないのがベストな選択だ。
パフェを食べ終わった私と小林君は、3年生のカップルを残して店を後にした。いつまでも2人の時間を邪魔するほど私たちも野暮じゃない。
外はいつの間にか雨が上がり、畳んだままの傘を手に2人で家路に就く。
「でも意外だったわね、あなたが模擬戦首位の火田先輩と幼馴染みだったなんて。しかもその恋人が結姉とはね。
模擬戦1位と3位のカップルとは、恐れ多いって感じだわ」
「俺だって驚いたよ。宮ノ本がそんなにお偉いさんの出身とはねー」
なんだか嫌味な言い方ね。
「だが森ノ本先輩は、なんとゆうか……俺は苦手かもな、ははっ」
まあそうでしょうね。
「私だってそうよ。簡単に言えば油断ならない人なのよ、結姉は。得意な人なんて火田先輩くらいじゃないかしら」
昔から結姉は自由奔放で、周りもそれに積極的に巻き込む困った性格だ。私は結姉といるといつも生きた心地がしない。でも悪い人でもないので嫌いなわけでもない。
しいて言えば『疲れる』のだ。
「でも模擬戦3位ってことは相当強いんだろ?」
「ええ、蜘蛛型の魔物を使うんだけど、主に相手を生け捕りにするのが得意でね。模擬戦には打って付けの能力よ。
私もよく捕まえられて、いたずらされたわ」
言って、忌まわしい過去が脳裏に蘇る。思い出しただけでも恥ずかしい仕打ちの数々……
「えっ、もしかしておっぱい揉まれたってのはホントだったのか?」
「そんなのマシな方よ。私の初キスは結姉に奪われたんだから……あ、いや、これはそーゆうことじゃないのよ。ただのイタズラだから……いや、このイタズラはそっちのほうの意味じゃなくて、あのー、その……」
つい口を滑らせてしまったが後の祭りだ。やっぱり結姉に絡むことはロクなことにならない。
小林君の脳内では今頃、『百合キモチわりーな』の大合唱だろう。あー、珈琲館でのイイ雰囲気だった記憶も上書きされてしまうのか。
「なんつーうらやましい光景だ! 俺も巨乳美女の乳を揉みながらチュッチュしたいぞ! したいぞ宮ノ本っ!」
「えっ! ちょっと……そ、そんな……急に言われても……」
こ、これってもしかして、誘われてるのかしら……こ、こいつ私にやっぱり気があるってこと? 今確かに私のこと超絶巨乳美女って言ったわよね。性的な視点からキャッキャウフフしたいって言ったわよね?
今考えれば何かにつけて私と2人っきりで出かけようと誘ってきたわね、まだ2回だけだけど。私も友人であるコイツに恥をかかせないため、しぶしぶ仕方なくやる気ゼロでほんの爪の先ほどの慈悲心で、2回も誘われたうちのたった2回だけ付き合ってあげただけだけどね。
フンッ、この程度の付き合いで簡単になびくようなアフォ女だと思ったのかしら。舐めないで貰いたわね。
「まあ宮ノ本は俺とそんなことしたがるわけないよなー。冗談冗談、はっはワロス」
「と、当然じゃない……そんな……まあ……でも……」
で、でも、理紀を助けてもらった恩もあるしー、小林君がどうしても私のぷるんぷるん極上おっぱいを1度でいいから揉ませてくださいおねがいします両子お嬢様と土下座しながらわたしの靴を舐めまわすとまで言うのならー、わたしもそこまで鬼女じゃあないんだからー、仕方なく、ほんっとうに仕方なく私のおっぱいを揉みくちゃにしながら5、6時間ペロペロいちゃいちゃさせてあげても……よ、よくってよ。
「あ、あ、あなたが……どうしてもっていうなら……し、仕方なく……」
「それにしても月代ってのはやっかいだなー。節家先輩でも勝てないほどの強敵らしいし」
「あっ、でも……か、勘違いしないでよねっ、これは……理紀を助けてもらったお礼的なものだから……」
「まあ、奴がまた学園の生徒を襲ってくるとは限らないからな。そんな気にすることでもないか」
「べ、べつに……あなたに好意的なものとか、下心なんて1マイクロも、1ナノも、1ピコも持ち合わせてないのよ……」
極度の緊張で途中、どんな会話をしたか全く聞こえなかったが、2人はとうとう私の家の玄関まで辿り着いてしまった。
ど、ど、どうしよう……いきなり玄関開けた途端、中に押し込まれてはじまっちゃうとか、そ、そんなことないわよね? 私にも心の準備ってものが必要だし……
あっ、今日雨降ってたから洗濯物部屋干ししてたんだった……どうしよう、リビングはいったら速攻取り込むしかないか……
「じゃあな、宮ノ本。今日は付き合ってくれてありがとな」
え? え? イチャイチャは?
小林君はそのまま帰ろうと玄関に背を向ける。
「あ、あのー……」
思わず彼を呼び止めてしまう。振り返った小林君が不思議そうな顔でこちらを見つめる。
「どうした、宮ノ本。何か俺に相談事か? 遠慮しなくていいぞ、俺は見た目通り口が堅いからな」
笑顔で優しく私を気遣う小林君に、心臓を素手で撫でられるようなゾクゾクした感覚が体の奥底から湧き上がるのを感じる。
知らないうちに涙が込み上げてきて、過呼吸になったように息苦しい。
とてもこの場面で『ウチでイチャイチャしてかない?』などと尻軽な発言ができるわけがない。
「おい宮ノ本、大丈夫か? どこか具合悪いのか」
私の異変に心配する小林君が、すぐ近くまで歩み寄って確認してくる。
その胸に吸い込まれるように抱きつき、両手を彼の背中にまわしてギュッとする。
日没間近の薄暗い曇り空の下、まるで時間が止まったかのように2人は密着しつづける。
互いの心拍音がからだを伝い合い、そのビートが混ざり合うような感覚が心地いい。
「……みやの……もと……?」
抱きついた私の耳元に、少し戸惑ったような彼の声が聞こえる。
私も荒くなった息遣いをととのえ、彼の耳元に囁く。
「……すき……」
そのままゆっくりと彼から離れ、俯いたまま振りかえり、とびらを開けて1人で中へ入る。
”バタン”と扉を後ろ手で閉じた途端、手からビニール傘が滑り落ち、腰が抜けたかのように玄関にへたりこむ。
ドアの向こうには茫然と突っ立っているであろう小林君の気配がする。
緊張でぶるぶると震えるじぶんの身体を抱きしめ、まだそこに残る彼の匂いとぬくもりを再確認する。
言ってしまった。
ほんとは言うつもりなどなかったはずだが、結姉の当てつけに触発されたからだろうか。それともその奔放さに感化されたからなのか。
しばらくして冷静になれば、なんて恥ずかしいことをしたのだろうと後悔の念に襲われるにちがいない。それに次に小林君と会ったとき、どんな顔をすればいいのだろう。
でも今は、なんだかふわふわした気分で、いままで感じたことのない充足感がわたしを満たしていた。




