学園と3大本家
6/21 (水) 放課後 喫茶店
こんがりと焼けたホットサンドは、パンの耳を切り落とした食パンに具材をはさんでプレス式のホットプレートで焼いたのがフチの潰れ具合から容易に想像できる。
2つにカットされた三角形の切り口からはとろとろアツアツのチーズがお皿に流れ出し、薄目のハムも断面から垣間見える。あまりハムが厚すぎてもとろとろのチーズの存在感が薄くなってしまうので、このくらいが丁度いい。
切り口の一方の角に噛み付くと、パリッというトーストの軽い食感に濃厚なチーズ、それをささえるようなハムの肉質が、口のなかで噛むたびに一体となっていゆく。
「うんまいなー、ここのホットサンドは。ありきたりの味なんだけどそこがまたいい。予想どおりの味ってのは求める者にとっては最上級だ。サプライズや変化球は大した感動は与えない。寸分違わぬ再現だけが満足感をみたしてくれる。
だからまた喰いたくなるんだよなー」
周りからの冷たい視線を感じる。さすがに場の空気を読めていなかったか。だがどうしてもここのホットサンドが喰いたかったんだ。そのためにここに来たようなものなんだ。
ここはスイーツ喰う場面だろとか、空気読めねーなとか、そんな批判を背負ってでも喰いたいものがここにある! そう、それが珈琲館のホットサンドなんだ!
まあグルメレポートはこのくらいにして、そろそろ本題に入らないと結の機嫌がまた悪くなるからな。
「ところで結、話があったんだろ? 宮ノ本さんにも聞かせたいってことは実家関連のことかな?」
「さっすが養助くん、鋭いわねー。また惚れ直しちゃうじゃないの」
いやいや誰にでも分かるし、君の好意は今でも十分満足してるよ。
「あ、じゃあ僕席外しましょうか?」
普ちゃんが気を使って席を立とうとする。まあ話の内容にもよるが、普ちゃんはおしゃべりじゃないし、秘密が漏れる心配はまずない。
僕に意見を求めるような結の眼差しに、アドバイスを送る。
「普ちゃんなら大丈夫さ。他人の秘密をベラベラ話して回るようなことはないよ。それに静かな店内じゃどこにいたって嫌でも聞こえるだろ」
「わかった。じゃあ普ちゃんにも聞いてもらおうかしらね、まんざら無関係ってわけでもないし」
ほー、そりゃまた気になるねー。何の話だろ?
ホットサンドを食べ終わり、コーヒーを一口すすってプリンアラモードに取り掛かる。
「異能者の家系は古くから長年続いていてね、少ないとは言われてるけど分家や枝分かれで増えて、数もけっこうあるのよね。
なかでもウチの森ノ本家と宮ノ本家、そしてもう1つの月ノ本家が昔からある名家で、『3大本家』って呼ばれてるわ。
それに自然発生する発現者も昔から存在していてね。もちろん今ほど多くは無かったけれど。そういった人間の管理や、戦における傭兵、要人の警護や暗殺なんかも3大本家は権力者から請け負っていたそうよ」
その話は結から以前何度も聞いている。宮ノ本さんも家柄、よく理解しているだろう。まあこれは普ちゃん用の説明だな。
「まあ、強い力を持った人間の中にはかならずそれを悪用するヤツや、生まれついてのイっちゃってるヤツも出てくるのよねー、どうしても。
この学園にもたまにいるくらいだから、異能の家系でもまた然り。
で、そーゆう迷惑な奴が月ノ本家のほうから去年出たらしいのよ」
「月ノ本家のところの兄弟さんなら半年ほど前に会いましたよ。特に変わった様子は有りませんでしたけど」
宮ノ本さんが口を挟む。どうやら宮ノ本家は月ノ本家とも交友はあるらしい。
「いや、正確には月ノ本の親戚の月代家の息子さんらしいわ。歳は20代前半くらいかな? この学園の卒業生でもあるんだけど。その人がなんでも自分の魔物に憑りつかれたって噂らしくて、両親を殺して行方不明になったらしいのよ」
そりゃまあ、なんとも悲惨な話だな。自分の息子に殺されるとはやりきれないだろうに。
僕らが入学したときには月代って先輩はいなかったから、歳は3つ以上は上だな。
「で、大事なのはここからで、その殺された両親ってのがまだ40代だったのに、遺体は2人とも白髪だったそうなのよ」
白髪? それって……
「それで月ノ本家じゃ大騒ぎになってね。本家も分家も総動員して、いなくなった月代家の1人息子を探し回ってるそうよ」
「あのー、なんで月ノ本家は1年前の時点で森ノ本家や宮ノ本家に知らせなかったんですかね? 3大本家で探した方が速いと思うんですが」
普ちゃんの意見はもっともだ。それに、いまさらなんでそんな話題を森ノ本家に知らせたんだ?
「月ノ本家は昔は他の家より位が上だったっておじい様から聞いたことがあるわ。そのせいか一族全体で妙にプライドが高いし、他の家ともあまり交流を持たないのよ。
私も月ノ本家の人に会ったのは2、3回だし、ほんの挨拶程度だったわよ」
宮ノ本さんが普ちゃんの疑問に答える。つまり一族の恥はできることなら隠したいってところだろう。
「でも今になって森ノ本家にそのことを話したってことはだ……」
続きは結に譲る。
「そう、自分たちじゃあ手に負えませんでした。手伝わせてやってもいいぞときたもんよ……傍迷惑なはなしよねー」
「それで結姉、その月代家の人は何か事件を起こしたの? ただの行方不明なら身内の恥をわざわざ晒さないで、放っておけばいいんじゃない?」
「失踪当初の2か月間、月代家の近所で連続死亡事件があったそうよ。死んだのは若者3人で、いずれも遺体は白髪頭。でもそれ以来は1年間全く音沙汰なし。
人間の社会ではね……」
白髪の件で薄々は感づいたが、どうやら僕の予想は事実だったらしい。
「去年ここの1年を皆殺しにしたのはそいつか……」
「ええ、ここの学園長は3大本家とも付き合いが深いから、月ノ本家側は口止めを頼んだらしいわ。もちろん折谷学園には月ノ本家からそれなりの寄付金が払われたそうよ」
つまり節家君はそいつと1度戦っている。
「こんな話を僕らにするってことは、その月代はまだ生きていて、またここの生徒を狙う可能性があるってことだよな」
「察しがいいわねー、さすがは養助くん。そのクソ野郎がまたここの生徒を襲うかもって昨日実家から電話があったわ。
宮ノ本家にも連絡がいってるそうだから、両子ちゃんにももうすぐ実家から知らせが来るかもねー」
クソ野郎はあまりお上品じゃないなー、結ちゃん。まあ君のそういう感情的なところも好きなんだけど。
しかし発現したばかりの1年生とはいえ、発現者10人を殺害して、あの節家君でも勝てなかったとなると相当に強いな、その月代って男。
「そのことは節家先輩には知らされているんでしょうか?」
普ちゃんが結に質問する。
「さあ、そこまでは私も聞いてないわね。でも今になって月ノ本家がこちらに協力を求めて来たってことは、当時はまだ生徒たちを殺したのが誰だかわからなかったはず。つまりは、生徒たちに事実を公表しなかったのは学園独自の判断ってこと。
たとえ当事者といえど、学園側は生徒に余計な動揺を与えたがらないんじゃないかしら」
「つまり、学園も月ノ本もさっさと月代なにがしを片づけて、なかったことにしたいんですね。でも結姉だけには情報が漏れてしまった……」
結や宮ノ本さんの意見も一理あるが……
多分学園側は正直ばれても問題ないと考えてる。自分たちのせいで生徒が死んだのではないと分かった今、むしろばれたほうが生徒が警戒するから好都合だろう。
森ノ本、宮ノ本側も月ノ本から口止めはされているだろうが、他の家のことで自分の家の大事な娘たちを危険に晒すはずがない。事情くらいは話すだろうと予想しているはずだ。
いや、むしろ学園側が月ノ本家に森ノ本、宮ノ本の両家に協力を仰ぐよう提案したんではないだろうか?
口止め代わりの寄付金をもらった手前、生徒におおっぴらには発表できない。だから結と宮ノ本さんには知らせるように学園側が仕組んだのかもしれない。
月ノ本側も、身内が生徒を10人も殺した負い目もあるし、実際自分たちの手に負えない状態だったのかもしれない。
まあただの憶測だが、ここの学園長ならあり得る話だ。
「まあどっちにしてもこのことは他言無用ってことにしとこうよ。もちろん、節家君にもね」
僕の意見に他の3人も頷く。
不確かな情報を流して生徒の不安や節家君の感情をむやみに煽ったところで仕方ない。それにこんな話は結か宮ノ本さんからしか漏れないのは誰でもわかる。2人に迷惑が掛かるのはなんとしても避けたい。
ここにいる4人が知っているくらいが丁度いい話だろう。
「でもなんで月代はわざわざ発現者を狙うのかしら。ただの快楽殺人なら普通の人間でもよさそうなのにね」
結の言う通り、問題はそこだ。僕らからしてみれば大人たちの事情なんぞ知ったこっちゃない。
知りたいのは月代の目的と、奴から身を守る方法だ。それに、結が言った『魔物に憑りつかれた』ってのが気になる。これは本人の意志か、それとも月代は自分の魔物に完全に乗っ取られてしまったのだろうか。




