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欲望=魔物  作者: クニクニ
4章
73/172

足りない覚悟

6/16 (金) 午後  第2室内模擬戦場


 柵平(さくだいら)君の能力は、召喚時はステルスの物理バリア、憑依時は無敵状態だと分かっている。

 憑依状態なら攻撃は喰らわないが、向こうも攻撃はできないはず。つまり魔力の無駄遣いをするだけだ。だからほぼ召喚能力のみで戦うと予想できる。

 勝負はどっちが速く召喚できるかだ。


「本日の模擬戦第1戦目、はじめっ!」


 霧真者(きりまじゃ)先生の合図と同時に、最速で召喚する。


「ダガー!」


 右手をかざし、細身の魚の形をした魔物を1匹だけ呼び出す。1匹だけでいい、とにかく最速で召喚するんだ。

 目の前の柵平君は、まだゴールデンピースを呼び出す素振りも見せない。それどころか、そのまま後ろを向いて全力で逃げ出す。

 なんだ? 俺のダガーフィッシュから走って逃げるつもりなのか。いや、彼もこちらの魔物の速さは知っているはずだ。何かの罠か?


 目の前に呼び出したダガーを待機させ、あたりを警戒する。


「どうします? 呼刀(ことう)さん」


 眠そうな目をしたダガーが俺に尋ねる。

 迷っているうちに柵平君は向こうの壁際まで辿り着いていた。そしてゆっくりこっちを向いて言い放つ。


「バリアッ!」


 え?


 彼の周りに輝く球体が現れる。なんで召喚してないのに……あっ、試合前から既に召喚していたのか! 召喚した魔物を制服のポケットにでも隠していたんだ。

 俺はバカか。


「ダガー、相手の脚を狙え!」


 俺が命令したときには既に柵平君の姿は見えなくなっていた。真っ直ぐ飛んでいったダガーは魔力防護膜が張られた室内模擬戦場の壁に当たり、カキンという金属音と共に跳ね返され、地面に落ちる。


「戻って来い、ダガー」


 ダガーは起き上がり、空中を泳いで俺の目の前まで帰ってくる。

 慎重に行き過ぎたか。俺のビビり癖が出ちまったなー、まいった。柵平君を完全に見失った。


 こうなれば作戦は変更だ。残り3匹も呼び出して、周りを適当に泳がせる。

 憑依能力で索敵するのも考えたが、見つけたあとに憑依を解いて召喚状態にしていたんでは逃げられてしまう可能性もある。 

 魔物がバリアに触れればすぐに居所は分かる。そうすれば、悪いが脚を攻撃して移動できなくすれば俺の勝ち……


 ドンッ


 と、不意に背中に柔らかい衝撃を喰らい、前方に吹っ飛ばされる。右肩を地面に強打し、そのまま地べたを転がる。

 一瞬何が起きたか分からなかった。混乱しながらも、早く立ち上がらなければと上体を起こす。

 だが、地面に四つん這(ば)いで着いていたはずの両手足が、なにか柔らかい感触に変わる。よく見ると、うっすら輝く透明な膜の上に乗っているようだ。そのまま目の前の地面が離れていく。

 俺は完全にパニックだった。なにがなんだかわからないまま、俺の体がどんどん上へと上がって行く。

 かなりの高さまで上がったところで不意に止まる。相当な高さだ。落ちたら両脚骨折は確実だろう。


「呼刀くん」


 不意に、上から声がする。四つん這いのまま首を後ろに向けると、天井を背に柵平君が浮いていた。


「なっ……柵平……クン」


 もう何が何だかわからない。空を飛べるのか……そんな能力まであったとは。


「君はいま、僕のバリアの中にいるんだ。これからバリアの面積を小さくするから、そのままじっとしててね」


 そういうと、彼の背後の透明な膜に穴が開き、それがどんどん広がって行く。

 やがて透明に輝く球体の膜は下半分になり、さらに小さくなってお皿型になり、とうとう僕の這いつくばっている周りの分しかなくなった。


「さて、これからどうしようか。実を言うと、ここから先はどうするか考えてない……というか、どうやってもいい案が考え付かなくてね。

 ここまでやれば霧真者先生がブザー鳴らしてくれるかとも思ったんだけど、だめだったみたいだね。

 そこで、呼刀くんをここから落とさない代わりにギブアップするって取り引きはどうだろう。だめかな?」


 先生やみんなからは、既に俺たち2人は見えているようだ。眼下に見える観覧席からは、ざわざわとクラスメイトが不安がる声が聞こえる。

 しかし、試合終了のブザーが鳴る気配はない。

 ここから地面までは10メートルほどだろうか。およそ3階建ての高さくらいはありそうだ。

 俺は今、狭く柔らかい膜の上に載っているだけで、しかもその膜は透明で下が丸見えの状態だ。高所恐怖症ではないつもりだったが、恐怖で手足がガクガク震え、正直目を閉じたいし、本気でチビりそうだ。


 俺は覚悟が足りなかった。命を懸けるつもりで今日ここに来たつもりだったのに、今はここから落ちたくないとしか考えられない。

 おそらく、足から落ちれば死にはしないだろう。だが、両脚の骨は折れ、激痛でのたうちまわることになる。


 今まで戦ったクラスのみんなは多かれ少なかれこの恐怖を味わったのだろうか。みんなは怖くないのか、この状況が。

 普人(しんと)はもう2回もこんなことをしている。判定試験では発現していない状態だったはずだし、この前はあの握徒(あくと)とも戦った。俺よりもずっと不利な状況のはずなのに結果を出している。


 なんでそんなことができるんだ。


 召喚してあった4匹のダガーを呼び寄せると、空中を泳いで傍まで集まってきた。


「どうします? 呼刀さん」


 1匹のダガーがいつものように指示を請(こ)うが、こいつらでは今の状況をどうにもできないことは分かっている。柵平君を攻撃したところで、落ちる人数が2人に増えるだけだ。


 俺の負けだ。

 この状態にさせないための手段はいくらでもあった。はじめに攻撃を躊躇していなければ、倒されたときすぐに反応していれば、上に登るときにダガーを呼んでバリアに穴を開けていれば……


 すべて俺の判断ミス。反応の遅さ。


「ダガー、帰還してくれ」


「いいんですか?」


 魔物が聞き返す。


「ああ」


 ダガーたちが指示通り消えてゆく。


 こんなところで、こんな程度でビビってたんじゃ俺にはどのみち先がない。

 負けるにしても、このままなんのリスクもなくギブアップしたんじゃ負け癖が付くだけだ。


 1度ゆっくり深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。震えはまだ止まらなかったが、覚悟は決まった。


「じゃあ柵平君、落としてくれ」

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