戦う相手は悪人か?
「正直、他人と殺しあうのが楽しいとは思えません。判定試験と模擬戦を1度経験しただけですが、どちらもやる必要がなければやらないほうがいいと僕は思ってます」
堀田先輩はサンドイッチを食べながら僕の話に聞き入っている。
「よく『拳で語る』とかいいますけど、僕はそんな器用なことはできないみたいです。2度戦って分かったのは死ぬのが怖いってことくらいですよ。
まあ、戦った相手が両方ともいい人だったってのもあるかもしれませんけど。僕は聖人君子じゃありませんし、根暗なんでけっこう根に持つタイプだと自分では思ってるんで、相手が嫌な奴だったら『楽しい』と思えるかもしれませんね。
むしろそのほうが気が楽でいいかもしれません。なんの恨みもない善人を殺したがるのは快楽殺人者くらいなもんだと思いますけどね」
缶コーヒーを一口飲んで少し落ち着く。
調子にのってしゃべりすぎてしまったかな? 堀田さんはタマゴサンドをモグモグしながらも思案顔で机の上を見つめている。
……
微妙な沈黙。
「なるほどねー。たしかに相手によって戦う精神状態は大きく変わってくるのは間違いない。でも誰もが憎む極悪人と戦うことってのはこの学園でも、ここを卒業してからでもあんまり無いかもしれないね。
悪人を殺す正義の味方ってのは、悪人の側からすればただの人殺しだ。”正義の反対はもう一つの正義”なんて言うし、大抵の人間はさっきも言ったように、いい面と悪い面を持っているものだろう?
僕も明らかに悪い人間を擁護するつもりはないけれど、悪人ってのはどこからが悪人なんだろうか?
まっとうな金持ちから金を盗んで貧しい人に配るのは悪人だろうか?
災害時に何人も人を救った消防士が、たった1度ポイ捨てをしたら悪人だろうか?
ダイナマイトを発明したノーベルは悪人だろうか?
……君が戦った2人は聖人君子だっただろうか?」
今度は僕がハムサラダサンドをモグモグやりながら机の上を見つめる番となった。
これはもう、ぐうの音も出ない状態というやつだ。さっきまで得意げに持論を展開していた自分の浅はかさを先輩の前で露呈した、恥ずかしさと居心地の悪さといったらない。まさに『ぐう恥ずかしい』ってやつだ。
穴がなくてもその場で掘って、砂風呂にでも入ってデトックスしたい気分だった。砂風呂入ったことないけど。
「いやー、すまん。今のは忘れてくれ。こんなのは暇人がやる只の禅問答ごっこだよ。なんてことはない屁理屈さ」
「いいえ。堀田先輩のおっしゃる通りです。僕の思考はまるで中学生レベルのつまんない思い込みでした。は〜、自分のバカさ加減に幻滅しましたよ」
溜め息をつき、うなだれる僕を見て堀田先輩はすかさずフォローしはじめる。
「いやいや、そう気を落とさないでくれ。僕だって対戦相手が気に喰わないヤツなら思いっきりぶん殴りたいと思うし、僕自身も人に説教できるほど『できた人格者』じゃないんだよ。
ただ気になったことを考え出すと、いろいろ余計なことまで考えてしまう癖があってね。だからこんなデカい”なり”してるくせに優柔不断で、周りからよく呆れられるよ、お恥ずかしい」
「あー、僕もつまんないことたまにずっと考えることありますよ。買い物で何時間も何買うか悩んで、結局何にも買わないで帰ってきたり」
「あるある。それは僕も何度もあるよ。で、火田君に『迷ったら君はいつもどうしてる?』って聞いたら、彼は『好き嫌いで決めてる』って言ってたよ。
結局は自分が気に入るか、そうじゃないかで判断するのが人間だからって。後先考えたり、善悪で迷うのは後悔しかしないってさ」
なるほど、養ちゃんらしい回答だ。
「しかしまあ、凡人にはそれを実行するのはなかなかに難しいですね」
「ああ、僕にとっては『好き嫌いで選択する』っていう新しい選択肢が増えてしまったよ」
「ははっ、それは言えてますね」
堀田先輩はなかなかにおもしろい人だ。養ちゃんや節家先輩とはまた違ったタイプだが、僕が一番共感できる人だと思う。
昼食後も雑談タイムはしばらく続いたが、模擬戦が始まる時間が迫ったため堀田先輩は先に席を立った。
僕も、今日の第1試合は是非とも見たい試合だったのでゴミをくずかごに捨て、模擬戦場へと行こうとした。
……が、少し気になることがあり、先に学園玄関ホールへ寄ることにした。
掲示板の上に掛けられた、模擬戦順位の名札をチェックするためだ。
なんとも浅ましい了見だが、堀田先輩の順位がどうしても気になった。養ちゃんは模擬戦の順位なんかで友達を選ぶはずはないが、堀田さんはそこそこ上の順位ではないかなーと勝手に予想していた。
『堀田 皐月』と書かれたプレートはすぐに見つかった。皐月という女性っぽい名前だったため同じ苗字のプレートが無いか念のため確認したが、堀田と書かれたモノは他には見つからなかった。
見た目とかけ離れた名前にも驚いたが、もっと意外だったのは僕の予想が外れていたことだ。
堀田先輩のプレートは『火田 養助』の右隣にあり、その上には『2』という数字が書かれていた。
今日、自分の浅はかさを認識したのはこれで2度目だ。




