信念のオタク
「うまいっ! うますぎるぅ!」
片付いたリビングで霧真者先生が僕の作ったカレーを頬張る。
なんやかんやで日付が変わってしまっていたが、なんとか部屋も片付き、カレーライスも完成した。
先生は僕と同じ辛党だというので、僕が普段使う辛口のルーで作ったが気に入ってもらえたようだ。
「普人君は料理もできるのね。これからは一家に一台普人君の時代ね」
これは褒められているのか、家政婦ロボと勘違いされているのか、判断の難しいところだ。
しかし自分の作った料理をよろこんで食べてくれるのはうれしいもんだ。
サックも僕にカレーを作ってくれたとき、こんなことを感じてたのかな? 今度作ってもらったときはもっと喜んで食べよう。
辛口のカレーを食べながら、霧真者先生は手酌で缶ビールを美味そうにグビグビやる。
「ぷはぁー! この1杯のために生きてる……ってのは言い過ぎだけど、そのくらいの美味さを感じているのよ! それが大人っ!」
「はいぃ……」
今のは独り言だろうか? 一応相槌を打ってはみたんだが。
僕も自分のカレーを食べながら、素朴な疑問を訊いてみる。
「先生は普段何を召し上がってるんですか?」
「うーん、だいたいスーパーやコンビニのお弁当かな? それにビールがあれば言うことナシよ」
あまり健康的とは言い難い食生活なのは間違いない。
「普人君は結構自炊する派なのかしら? かなり手馴れてるみたいだったけど」
「僕もスーパーの惣菜で済ませることが多いですよ。まあご飯やみそ汁くらいはつくりますけどね。
先生も毎日出来あいのものばっかりだと体に悪いですよ」
「だいじょーぶ! 週3で商店区の食堂に通ってるから! 普人君は外食しない?」
「いやー僕は引きこもり体質なんで、人目があるとこで食事するとなんだか落ち着かないんですよねー」
最近は食堂やファミレスなんかでもおひとり様のお客が多いというし、実際この学園のお食事処でもほぼカウンター席が常備されている。
といっても、そのカウンター席にすら座ることが僕にはなかなかできない。
周りから寂しいヤツと思われてるんじゃないかとか、隣りの席の人が迷惑がってるんじゃないかとか、根拠のない被害妄想に駆られて食事どころではなくなるのだ。
「じゃあ今も落ち着かないのかな?」
霧真者先生が心配そうに尋ねる。
「あ、いや、仲いい人と食べるのは全然だいじょぶですよ。ここは人目もないですし」
実際、うちでサックと一緒に食事することも多いし、そのときはなんともない。先生とも一緒に食事するのは今日が初めてだが、かなりリラックスしている自分がいる。
「やだぁ、仲いいだなんて。普人君に口説かれちゃった。じゃあ普人君のとなりいっちゃおー」
霧真者先生が絨毯を這って、向かいの席から回り込んで僕の隣りに来る。テーブルのお皿とコップ、缶ビールもこちらに引き寄せ、僕の左腕にしなだれかかる。
胸元の大きく開いたVネックのシャツからのぞくボリューミィな胸の谷間に、ひらひらのミニスカートから伸びる白く眩しい太ももが僕の視線を釘付けにする。
「ねーねー、普人君はクラスの女子で誰が好みなの? せんせーにおしえなさい」
かなり酔っているのか、赤ら顔の先生が絡むように質問してくる。
「好み……ですか? いやーなんとも……」
「はーやーくー。おしえておしえてー」
僕の左腕を胸の谷間に挟みながら、霧真者先生が駄々をこねる。おっぱいの柔らかさを左腕に感じながら、すぐ左下に迫る先生のメガネ越しの潤んだ瞳と”ぷるんっ”とした唇に、緊張で体が震える。
好みの女子と言われると難しい。
女子といえばやはり万屋さんだろう。明るくて誰にでも優しく、包み込むような母性を感じる。理想の女性像ではあるが、ちょっと完璧すぎるとゆーか、恐れ多い感じがしてこちらが卑屈になってしまう。
その点サックは身近で、何の気兼ねもなく話せるし、一緒にいて毎日楽しい。それにときどきとんでもなく可愛く見えるときがあって思わず抱きしめたくなるのだが、女性としてより友達として接しているので自分でもよくわからない。
宮ノ本はけっこうカワイイし、僕と同じボッチ属性なところがあり、共感するところも多い。しかし、頑固なところもあり、僕の手に負えない感も少々ある。
とまあ偉そうに女子を評価しているが、結局僕は誰かに特段好かれてるわけでもなく、クラスでもパッとしない存在のまま平凡な日常を送っている。
あー、なんか虚しくなってきた。僕にリア充は無理だな。
あ、あと八田さん。あの不思議ちゃんが、好き嫌い云々ではなく、どんな人間なのか最近気になる。
クラスでちょっと浮いた存在なのだが、本人はそれを全く気にしてない。それになぜか僕にちょっかいを出してくる。
僕とサックの関係を怪しんでいるとは言っていたが、本当にそれだけだろうか? それに自分でも言っていたが、たしかにカワイイ。
「あのー、八田さんなんですけど……」
「ほほー、そうきたか普人君。あーゆう不思議ちゃんがタイプとはねー。まあ確かに可愛いコだしねー」
「いやいや、そうではなくてですね。ちょっとどんな子かなーと気になったもので、先生に聞いてみようかと思いまして」
先生のコップに右手で缶ビールを注ぎながら尋ねる。
「ありがと。まあ私もよく分からない子なのよねー。かなりのオタクちゃんみたいで、それを周りにも隠そうとしない。だからまー、みんな気味悪がって近寄らなくて、自然と1人でいることが多いみたいね。
普通は普人君みたいにオタクであることを隠して、周りと上手く合わせようとするじゃない。あ、ごめんなさい、傷ついちゃった?」
「いえいえ、確かに僕はオタクですからね。隠れオタクからしてみると、八田さんのような主張できるオタクはスゲェと感心しますよ。
周りの目も気にせずに好きなことを好きって言えるのは、ある意味ヤンキーにも似てるんじゃないですかね」
元ヤンの霧真者先生に敢えて投げかけてみる。
「おっと、オタクから元ヤンへの仕返しかしら? まあオタクでもヤンキーでも、その人間の持つ信念の問題よねー。
ただ我がままに好き勝手したい、目立ちたいってのと、自分の信じるモノを貫きたいってのは似ているようで雲泥の差だから。
八田さんはどっちかしらね?」
「今のところは後者だと信じてますよ。意外と礼儀正しいですし、人を傷つけるようなタイプでもなさそうですし」
この前の食堂の一件でも、確かに変わってはいるが悪い印象は無かった。
「そーいえば、このあいだの模擬戦でも彼女は相手を圧倒したまま傷つけずに倒してたわね。彼女の魔物はかなり強いわよ」
金曜日なので今日も模擬戦は行われたが、1年生では2人の生徒が医務室に運ばれた。模擬戦では互いの力が拮抗していれば、それだけ大怪我をする確率も高くなる。
攻撃タイプの魔物で相手を傷つけずに倒すことは、かなりの実力が無ければ至難の業と言える。
「聞いた話だと、グレネードの召喚能力とガトリングの憑依能力でしたよね、確か」
「ええ。正確に言うと小さな兵士の魔物が手榴弾を出してくれるのよ。それに憑依能力は当たった相手の魔力を奪うガトリング銃。
武器タイプの魔物は大抵高い戦闘能力を発現直後から持っているからね。宮ノ本さんの魔物がいい例よ」
確かに宮ノ本も模擬戦では圧勝していたな。
「つまり武器タイプの魔物を持つ発現者は生まれつき強いってことですか……」
まあ発現者においても、世の中の常である『持って生まれた才能の差』ってヤツがあるということだろう。
そして僕は当然、その他大勢の生物タイプの魔物なわけだ。
「でもね、武器タイプの魔物にも欠点はあるわ」
先生は僕の左腕に抱きついたまま、陶器のコップに注がれたビールを一気に煽った。
「ぷはぁ。普人くーん。せんせい、ビールもう1本飲みたいなー」
やれやれ、霧真者先生は相変わらず人をこき使うのが上手いな。
話の続きが気になる僕は、キッチンの冷蔵庫へ缶ビールを取りに向かった。




