健全優良腐女子
「おぅわっ、あっ……ハッタ……さんでしたっけ?」
突如現れた少女に困惑しながらも、見覚えのあるツインテールと赤のメガネに記憶を辿る。
こないだの模擬戦で、試合前に僕に話しかけてきた不思議少女だ。
「そうなのです。末広がりの八にたんぼの田で『八田』なのです。正確に言うと八田ヒノメなのですよ。日曜の日にカタカナのノ、発芽玄米の芽で『日ノ芽』です。
気軽に『八田さん』、もしくは『ラブリー日ノ芽ちゃん』と呼ぶことを強くおすすめします」
スゲー落差のある2択を強要されている気がする。しかも『八田さん』って、かなりフォーマルな呼び方じゃないですか?
「あ、ああ。よろしくね、八田さん。僕は小林。クラスに小林は2人いるけど、普通の人って書いて普人のほうです」
「ボクは柵平。あ、名前は友和だよ。よろしくね、八田さん」
八田さんは紙パックのイチゴオレにストローを刺しながら、僕らの自己紹介を聞いている……たぶん。
「普人にサックですね、よろしくおねがいします」
うぉっ、いきなり名前呼び捨て。しかもサックを初対面でサックと呼ぶ。でも丁寧語で話す。
最近の不思議ちゃんはオジサンにはよく分からん。
しかし、このあいだの模擬戦では男子の佐野君に圧勝したらしい。試合を観ていたサックと呼刀の話だと、彼女の能力は手榴弾とガトリングガンだという。
にもかかわらず、相手には傷一つ付けない勝ち方をしたそうだ。
僕は彼女が少し気になっていたので、話しかけられたのは好都合だ。僕から女子に話しかけることなんて、恥ずかしくてほぼムリだったから。
「ところで今日はどうしたの? 八田さん。初対面のボクらに話しかけてくるなんて」
サックがうどんを食べるハシを止め、八田さんに尋ねる。
「お聞きしたいことが2点ほどありまして。勇気を出して、イチャイチャしているところをお邪魔した所存です」
「い、いや、イチャイチャはしてないけど。聞きたいことって何ですか、八田さん?」
さきほどの欲望丸出しのやりとりを必死に隠しながらも、八田さんに質問を促す。
「普人はこないだの超カッコイイ雨合羽もう着ないのですか? あの姿を見てアタシ、ワクテカしてーのです。ああ、すみません。ワクテカしたいのです」
丁寧語にはこだわるのに、呼び捨ては平気なようだ。
「いやー、あれは模擬戦で戦うために着ただけだから。たぶん模擬戦でももう着ないと思うけど」
あれは僕の能力がバレてないから成り立つ作戦だ。既にクラスのみんなにはリキッドのコピー能力が知れ渡っている状態なので、もうレインコートを着る意味が無い。
「そーですかー、とても残念です。痛恨の極みです。『はぁ〜、マジはぁ〜』です。
まあ、そんなどーでもいい質問はこれくらいにして、大事なのは2つ目の質問なのですよ」
この子は情緒不安定なの? それとも僕らはただ単にからかわれているんだろうか。
「お二人は付き合っているのでしょうか? それともカラダだけの関係なのですか?」
いろいろ突っ込みどころはあるが、これはマズい展開ではないのかな? 少々不躾な質問は置いといてだ、この子は僕とサックがどっちにしても恋人同士と思っている。
つまり必然、サックが女だということがバレているということになる。
僕もサックがどうして男としてふるまっているかは知らないが、女であることを隠している以上はそれがバレるのはよろしくないだろう。
「あー……いやっ、ボクたちは付き合ってないよ。八田さんの思い違いだよ、ね、普人くん」
いつもは得意の話術でうまくあしらうサックも、冷や汗を流しながらこちらに助けを求める。
「ん? ……えー……あ、ああ。それは、た、たしかに八田さんの思い違いですよ」
口下手な僕は緊張し、不自然な丁寧語でしどろもどろに答える。我ながら最悪の受け答えだ。
「ほほー、つまり肉体関係のみということですな?」
不思議ちゃんの誤解はまだ解けないようだ。
「いやいや、僕とサックはただの友達。恋人でもないし、肉体関係もない。以上!」
ズバリ言い切る僕に、八田さんはストローからイチゴオレを吸い上げながら疑いの目を向ける。
「ホントーですか? 別にアタシはお二人の関係を周りに言いふらそうというんではないですし、ホモォがキんもぉいとゆー了見の狭い美少女ではねーのですよ。じゃなかった、ないのですよ」
なんだ、この子はサックが女だというこを疑ってたんじゃなくて、僕らがホモォだと疑ってただけなのか、よかった……ん?
こいつ今何気に自分のこと美少女と言いやがりおったな……いあいあ、そんなこたーどうでもいい。僕らがホモォだとあらぬ疑いを掛けられたのでは正さねばならぬ。
「我々は同性愛者でもホモォでもない。ただのお友達、フレンズなのですよ、八田さん。根拠のない疑いは控えていただこう、キリッ」
「むむうぅ、どーしても認めないとのたまうのですか。ついさっきまでお互いに脳内で獣欲をたぎらせていたとゆーのに」
ぐっ、コイツなかなかに鋭いな。先程の激闘を気取られていたとは。
「そもそも八田さんは、なんでボクらの関係がそんなに気になるのかな?」
サックが至極もっともな質問をする。
「よくぞ聞いてくれました、サック。実はアタクシ、BL大好きな健全優良腐女子なのですよ。まあノンケもいける口なのですが、やはりホモォがやめられないとまらないカラダなのです。こう見えても同人BL漫画家でもあるのですよ。
つまり取材とかこつけて2人のイチャペロを生ガン見したいのでござるよ。あ、まちがえた、ガン見したいのですよ」
なんだ、ただの腐女子か。とはいえ、なんともどストレートなヘンタイっ娘だな。
「八田さん、残念だけどボクらじゃその期待には応えられないと思うんだ。よそを当たってくれないかな」
サックがヘンタイ少女に丁寧にお引き取り願う。
「それはあまりにつれないお言葉。ここまで恥をさらしたというのに……んぐんぐ、ぷはぁ……アタシを弄んでボロ雑巾のように捨てるとおっしゃるのですか……んぐんぐ」
ちょいちょいイチゴオレを貪りながら、完全な逆切れ居直りスタイルを貫く八田さん。あんたが勝手に腐女子アピールしたんだろーに。
「この際ノンケでも演技でもイイのです。お二人のイチャイチャする体を……んぐんぐ……一目見せてはもらえませぬか……んぐんぐっ、ぷはぁ、美味し!」
そんなの無理に決まってるだろう。つーか、人様におねだりするときはそんなにイチゴオレ豪快に飲むもんじゃあないぞ。
「そこまで言われたら仕方ない。ボクと普人くんがペロペロするところを見てもらうしか……」
「まてまてまてっ! ストップストップ! サックも乗っかってどーするの。ダメなものはダメだかんな、八田さん!」
危ないところだった。まさか味方に後ろから撃たれるとはな。サックのヤツめ。
「ぐぬぬぅ。普人のバカバカっ! この恨みと、『ラブリー日ノ芽ちゃん』の下りをスルーされたことは一生わすれないのですよ!」
逆切れの八田さんは立ち上がり、座っていた椅子をきちんと席に戻してこちらに一礼する。
「お邪魔しました」
そのまま八田さんは何事もなかったかのように立ち去って行った。
要望は無茶苦茶だが、いちいち礼儀正しい性格のようだ。
「またメンドウなことになりそうな予感しかしないな」
「なかなかイイ子じゃないの。また友達が増えたね、普人くん」
裏切りのサックが、呑気にふたたびお揚げをハムハムしはじめた。




