募金箱
6/2 (金) 午後 第2室内模擬戦場
目の前で2本の腕が折れる。
痛みは全くない。
驚く表情で外側に曲がった腕を眺める。
観覧席から女生徒の悲鳴が聞こえてくる。
だが、ブザーの音は鳴らない。
ありがとう、霧真者先生
「約束は守れよ」
握徒が抑揚のない声で言う。
ここだっ!
レインコートの下から両腕を突き出す。
右手は骨のように細いヤツの左の二の腕を、左手は灰色をした人の体のような右肩をがっちりと掴む。
「リキッドっ!入って来いっ!」
間髪入れず叫ぶと、握徒が掴んでいた両腕は無色透明になり、ズルッと奴の手をすり抜けると空中で2匹のゆるキャラに変形し、そのまま2匹とも宙返りして俺の胸へと吸い込まれる。
「なっ! ……ぐっ、きさまっ!」
驚きと怒りで声を詰まらせる握徒は、狙いどおり完全に動きが止まっている。
こっからが真骨頂だ。
「吸い尽くせっ!」
この1週間、召喚状態から最速で憑依への移行、最速での魔力吸い上げへの連続動作をリキッドと練習し続けてきた。
体に染みついた一連の動作で一気に奴の魔力を奪い、俺の全身には一瞬で魔力オーラが溢れ返る。
対する握徒は既に大量の魔力を失い、虫の息だ。本物の俺の腕を掴むものの、その手にはもう握り潰す握力など残っていない。
そのまま押し倒し、ヤツの上に馬乗りになる。
「貴様ぁ……卑怯な真似を……」
魔力を大量に吸われたからか、俺に負けたのが悔しいからか、握徒は呻くような声で負け惜しみをぶつける。
「散々偉そうにしといて今更なに言ってやがる。負けたついでに俺の説教に付き合ってもらうぞ、握徒」
こんな勝負に勝ったところでなんの意味もない。こいつが約束を破ればすぐに元に戻るだけ。だから僕ができるのはこいつと話すことくらいだ。
「握徒、募金箱って知ってるか? コンビニのレジとかに置いてある、恵まれない人間に寄付するってゆーあれだ」
「くっ、なんの話だ……それくらい知ってる……」
訳が分からないといった口調のエイリアン型の魔物に話を続ける。
「あの箱に小銭を入れるヤツの目的ってのは大抵、どっかの誰かを助けたいわけじゃーない。自分が良いことをしたっていう満足感が欲しいからだ。
箱に入れた金がどこにいって、どうやって使われてるかなんてのは小さなことだ」
「それがどうした、くだらん……」
「おまえがやってるのはそのくだらねーことと同じだってことだよ」
握徒が怒りを露わに否定する。
「そんな暇人と俺を一緒にするなっ! 俺は……俺は理紀を守ってるだけだ」
「近づく人間をただ攻撃してるだけ、万屋さんを守ってることをアピールしたいだけ、万屋さんを守った満足感が欲しいだけ。
誰だか知らねーけど、適当に腕折っとけば守ったことになるだろう。
何に使われるか知らねーけど、小銭を箱に入れとけば誰か助かるだろう。
……変わんねーだろ?
どこの誰だか知らない人間を助けるんならそれでもいいが、身近にいる大事な人は箱に小銭入れるだけで助けられるわけがない」
「お、俺は理紀の魔物だぞ! 俺自身も理紀の一部だ、オレは理紀そのものだっ!」
「お前は万屋さんじゃない。確かに万屋さんから生まれたかもしれないが、万屋さんとは別の人格だ。
現にお前は、彼女が苦しむことを正しいと勘違いしている」
「ちがう……俺は理紀の望むことをしているだけだ。理紀には俺が必要だ!」
模擬戦場内は静まり返っていた。
俺と握徒の会話だけが館内に響いている。
「魔物ってのは、発現者の子供に近いと俺は思ってる。親に大事にされれば、子供は親を理解する。
握徒、お前は親に大事にされているか? 万屋さんを守っていると言ったが、万屋さんはお前を守ってくれるか?」
両手を握徒の胸の真ん中に重ね、宣言する。
「今からお前の魔力を完全に吸い尽くす。俺の能力で1度でも完全に魔力を吸い尽くされれば、その魔物は死ぬ。
助かりたかったら万屋さんに助けてもらえ」
俺はゆっくりと握徒の魔力を吸い上げはじめた。




